暑気払い 二
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。海はキラキラしてるから好き。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。潮風も苦手。
陣の目…インテリタスの保護者。
透明な球体に入った海を小脇に抱えて、マナブは特区のメインストリートを歩いていた。ここには友人が開いているカフェバーがある。今、店主に会ったら確実に海について言及されるだろう。何か嫌味を言われる前に……、と足早に店の前を通り過ぎようとしたものの、マナブは店の前で店主と鉢合わせした。どうやら相手は植木に水をやっていたらしい。
──なんで外に出てるんだよ!?
舌打ちをしてしまった。抱えている海を隠せなかったマナブは、どうにかこの場を乗り切らねばならない。店主がマナブと海とを交互に眺め、呆れた、と主張する視線を投げる。
「自分では楽しめもしないのに……。随分と他人に親切なことをするじゃないか」
「たまたま、海屋に会っただけだよ」
まずいタイミングで出くわしたな……、と思いながら、マナブは答えた。しかしながら、たまたま海屋に会った、という事情は夏にぴったりの言い訳だ。
「海遊びによい思い出もないだろう」
間髪入れずに追撃。店主の言う、良くない思い出と言うのは先日の海遊びの話だ。
マナブは海でひどい目にあった。気まぐれの散歩で海を買い、気まぐれで遊びに行った空き地で偶然化け物の娘に会い、その空き地で海を広げた。潮風はマナブの肌に馴染まない。もちろん、海の塩水も。だから、マナブは海には入らなかった。遠くから、ただ眺めただけだ。
しかし、案の定、人で非ざる娘は海に足を取られ、沈みそうになり、その細い身体を水の中から引きずり出すためにマナブの身体は海水にどっぷりと浸かったのだった。身体は潮塗れになってしばらくの間人の形が保てず、何度、水で洗い流しても身体の痒みが止まらない。潮風でさえひりついていたのだから、海に入ったとなればわかりきった事である。マナブが半分溶けた身体で友人にSOSを出したのをこの友人は覚えているのだ。
『もう海なんて買わないし近づかない』
マナブがそう宣言したのを悪友は知っている。
そんなことがあったにも関わらず、マナブの腕の中にはまた海がある。呆れた顔をされるのも無理はないだろう。
マナブが再び海を買ったのは、別に人で非ざる少女のためではない。家の前で呼び込みをしていた海屋が、夏なのに海を買わないなんて信じられない、という顔をしていたからだ。それ以外に理由はない。高い買い物ではないし、買った海はマナブ以外に必要としている誰かに譲ればいいことだ。
海を買った、その事実だけでマナブは人間並みの生活をしたという証になる。
「君は水に浸からないのだから、暑さに気をつけるように」
「自分の身体のことくらいわかっているよ」
暑さは天敵、塩は大敵。海遊びなんて、本当は以ての外なのだ。
どうだか、と肩をすくめる男を背に、マナブは通りを後にした。目指すは人外の少女がいるであろう空き地である。
***
空き地にインテリタスはいなかった。図書館に行ったか、あるいは家の中にいるのか。マナブは少女が住んでいる隣の建物を尋ねた。中には店主の陣の目がいて、直し屋の仕事をしている最中だ。
「お、海だねえ」
マナブの手に持った水の入った球体を見て老店主は顔を綻ばせた。昔はよく買ったんだよね~、と陣の目が話す。この好々爺が回顧する昔とはいつの昔の事だろう。海屋が特区で海を売り始めたのはここ十年くらいの話とマナブの記憶に残っているが……、はてさて。
「今年は買ってないんだよね。ほら、僕は機械カプセルを使っているから潮風には弱いし、野梨子はタイミングが合わないと買えないからさ。インテリタスも一人で海と一緒に置いておくと危ないし……」
老人が言うのは、インテリタスが海でおぼれた日の出来事だろう。泥まみれになった髪。汚れたワンピースから滴る塩水。インテリタスはまさに身体ごと海に入りましたといういでたちで直し屋の店に帰宅したのだった。店の床に溜まった塩水を見て、さすがに温厚な店主も閉口した。
「今日もインテリタスに付き合ってくれるのかい?」
「たまたまね」
そうだ。たまたま、だ。たまたま、マナブは海を買っただけで、インテリタスに付き合ってやるのはそのついでなんだ。
「それなら丁度良かった」
「なんでだよ?」
「この前のことを踏まえてね、対策を立てたんだよ」
陣の目が母屋に声をかけると、中からピンク色の水着を着たインテリタスが現れた。準備をしたのか水玉模様の浮き輪を小脇に抱えている。今日の人で非ざる者は普段と比べて趣が違う。
「どう、似合ってるでしょ」
かわいい水着は陣の目が選んだらしい。しかし、マナブはそれ以上に別のことが気になっていた。
「お前、脚があったのか」
突拍子もない第一声。だが、少女の姿をした化け物の胴体からは人間の脚と腕が生えているのだ。普段着ているワンピースの中に手足が隠れていた。このモンスターでも、人間の形を理解して擬態をしていたことに、マナブは驚いている。
「あし」
そんなことに何の意味がある? と、インテリタスが首を傾げる。
海に入る前、マナブが靴を脱がせた際にインテリタスに足と指がある事は判明していた。今日は水着を着ているから、人外にも脚があるとわかっただけの話だ。
「いや、忘れろ。……そんな事より、なんでそんなに準備万端なんだ?」
陣の目もインテリタスも、まるで海がやって来ることを見越していたようである。
「野梨子が海屋に会えたら買うって言ってたんだよ」
陣の目がその疑問に答える。その前にマナブが海を持ってやって来たという事だろう。
インテリタスが先日と同じようにマナブが持った球体をじろじろと眺めていた。中で泡立つ塩水が珍しいようだ。確かに、陽の光を反射して時折輝く液体は少女が好きそうな煌めきだった。その球体の中にある海を見ながら、これを使いたいとインテリタスが浮き輪を差し出す。
「言っておくけど、浮き輪を使いたいならもっと大きい海を買ってきてもらえよ」
「うん?」
再び首を傾げるインテリタスに、マナブは片手で持てるほどの小さな海を見せびらかした。
「今日の海は、この前のやつより小さいぞ」
この日も空き地で海を広げた。
先日の失敗をうけて、マナブはやや小さな海を買ったのだ。浮き輪で浮ぶことはできない。それでもインテリタスが遊ぶには十分な海だろう。この前は据わった目で水面を見つめていた瞳が、今は砂浜に座りこんで足に絡む波の飛沫に夢中になっている。塩水を跳ね飛ばしながら、見た目相応の遊びをする姿は本物の人間のようだ。
その様子を見ていると、マナブは人間になろうと躍起になっているようで少し嗤えた。人間に近づくと、人間になろうとするは、近いようでどこか遠い。
来年、インテリタスはもっと人間に近づく気がする。マナブも人間に近づけるだろうか。
***
小さな海の寿命は短い。
夕方になると、波打っていた水溜まりは徐々に小さくなり、砂浜はやがて干潟になった。インテリタスが泥の中に足を突っ込んで歩き回っている。泥が跳ねあがって、少女の太ももを汚した。
「うみ、きえる」
さっきまで目の前にあった海が、まるで幻でであったかのように感じた。海なんて、自分では楽しめやしない。にもかかわらず、マナブは少し寂しい。
ほとんど水がなくなった海から上がり、少女が握り締めた手をマナブに突き出す。その手から何かを受け取ると、マナブの手のひらには巻貝が乗っていた。
「のこり」
たった今まで、海がそこに存在した証拠だった。
読んでいただきありがとうございます☺
読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
もしよければ評価を頂けるととても嬉しいです。
各種リアルイベント、WEBイベントに参加しています。参加情報については、活動報告に掲載中です☺





