いつか近い未来に
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。小さな奇異。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。インテリタスを放っておけない。
モーリス…マナブの親友。カフェバーの店主。
バーカウンターの端で類まれなる美貌の青年が水の入ったグラスを揺らしている。男が持てば、ガラスの器の中身は甘露に変わったかもしれない。神秘的な青い瞳がその幻想を助長する。
この青年が持っている物ならば中身が毒薬でも飲み干したい、と思う人間がいるかもしれなかった。あるいは、男の虜にされたいと思い、媚薬のような効果を得てしまう人間もいるだろう。……内実は、本当にただの水であるのだが。
その若い男がグラスの中身を一気に飲み干したかと思うと、モーリスに変わった質問を投げかけてきた。
「誰かを自分の物だと思った事はあるか?」
「ない」
「だよな」
カフェの客は一様にカウンターに座る青年に視線を向けている。ある者は注文をするのも忘れ、ある者は手元にあるコーヒーを零したことも気にしていないようだった。注目せざるを得ない、男の顔は我を忘れさせるくらいに美しかったのだ。
モーリスからすると普段からミネラルウォーターしか頼まない癖に、特等席だと言わんばかりにカウンターを占拠する困った客なのだが、今日は特段、店内を妙に艶のある雰囲気に変えていく珍客になっていた。名をマナブという。モーリスの十年来の友人である。この光景に慣れてはいるものの、モーリスは店内の空気に辟易していた。
今日のマナブは不機嫌らしい。その心の中で整理できないことを解決したいのだろう。だからこそ、モーリスに聞いてもらうために、誰かを自分の物だと思った事はあるか? などというバカげた質問をよこしてきたに違いない。
「君はあるのかい、マナブ?」
聞き返すとマナブは子供のように、むすっと小鼻を膨らませた。
「別に、ないよ」
「じゃあ、何故聞いた」
ここのところ、マナブの感情を揺さぶるのはただ一人のみなのだが、青年はその存在については話を広げなかった。代わりに、水を含んだ後、口ごもりながら友達の話だ、と小さく言った。
「……友達。友達の話」
マナブ曰く、怪異に襲われた化け物を助けたマナブの友人が化け物に対して、これは俺の物だと主張をした、との話だ。
「怪異に襲われた化け物、ね」
「だから、そいつが『誰かを自分の物だと思ったこと』で悩んでいるんだよ。ちょっとは、協力しろ」
「なぜ、悩んでいる?」
モーリスの質問に、マナブが口をつぐんで俯く。その顰められた眉と伏し目がちな睫毛で店内がどよめいた。……一体、この美しい青年とどういった関係なのか、モーリスへの客の視線が痛い。カフェ中の客から責められているような視線から逃げるように、モーリスは手元で淹れているコーヒーに目を落とす。
「なぜ? なぜって。普通は思わないからだろう、他人を自分の物のように」
「じゃあ、その友達にとっては普通の存在ではないんだろうな」
「何、言ってんだよ。インテリタスは普通に友達だ」
口を滑らせたマナブがバツの悪そうな顔をした。焦った表情をしながら唇を尖らせ、眉を寄せて言い訳を探しているようだ。マナブの表情の変化を見た店内の雰囲気が騒がしくなる。
マナブが水! とモーリスに要求した。青年の出した空のコップに水を注ぐ。
「じゃあ、自分の知らない範疇に行っても構わないと?」
仕事を邪魔され、客から非難を浴びている……商売あがったりのこの状況に、モーリスはマナブをすこし詰めてみることにした。
「い、いいよ」
「何か怪異にとらわれて帰ってこなくても?」
「インテリタスがそんなに簡単にどっか行くわけないだろ」
人外の化け物で、破壊の概念で、力の加減が出来なくて、ちっこい癖に生意気だし、こういっちゃ腹立つけど、あいつ特区最強だぞ……、とマナブがインテリタスについて羅列する。
「でも、彼女は結構、怪異に好かれているだろう」
マナブがなぜ知っている、といったように眉を上げた。君がいつも話しているじゃないか、とモーリスは返す。
そうだ、マナブは最近、ほとんどの時間を破壊の概念に費やし、その結果を意気揚々とモーリスに話してくるのだ。活動内容は駄々洩れである。モーリスはその人で非ざる者と多少かかわった程度だが、その様子についてはかなりの情報を持っているのだった。
「怪異だけではなく、君が知らないうちに誰かとどこか遠くに離れていく可能性だってあるんじゃないか?」
そう聞くと、マナブが不機嫌そうに頬杖をつき、否定した。
「……行かないよ。この街にはあいつが好きなものがいっぱいあるんだ。チョコレートなんてその辺の怪異が持っているはずがないだろう。海で拾ったガラスも貝殻も、怪異について行った先にはないんだぞ」
「君は、インテリタスのことを良く知っているな」
「まあね」
インテリタスの足があるのを発見したのも僕だしな、とマナブがにやりと笑って思い出話を始める。海で足を見つけた。怪異には簡単に成り代わられる。食いしん坊で、甘いものが好き……。無表情なりに何かあれば反応をするのは面白い。元は何も感じていなかったはずなのに、この一年で季節を感じたり、いろいろなものを食べたり、しもやけになったりとまるで人間のような経験をして、面白い反応をするんだ。そうインテリタスの話をしながら、マナブは顔を綻ばせた。先ほどの伺うような視線から一転、モーリスとマナブをとりまく視線は穏やかなものになった。マナブの笑顔に再び客がぽーっとのぼせ始める。こうもカフェの雰囲気が変わるのは舞台装置としては上出来だな、とモーリスは思った。
「私もインテリタスと何度かあったことがあるが、そこまで彼女のことは知らないよ」
それを踏まえて、モーリスは次の言葉を出した。
「君が彼女をずっと見て、一緒にいて、語り尽くせないほどの思い出を覚えていることは、君にとって彼女が好きだという事にはならないのかい」
その言葉にマナブが呆気にとられ、それからたじろいだ。
「そんなこと、」
好きでも何でもない……、とマナブが小さく反論する。そして、困惑しながらも前のめりになり、自分に言い聞かせるように否定をし始めた。
「好きっていうのは、もっと相手のことしか頭に浮かばなくなるとか、そう言うのを言うんだ。そんなことは好きでも何でもない」
「そうか。……そんなことと言えるのならば。じゃあ、そんなことは頭から忘れてしまえ。他に頭に残した方がいいことなどいくらでもある。読書をして知識を蓄えるのもいい。素晴らしい音楽を聴くのも良い体験だ。手を動かすことに没頭してみてはいかがか? 別の誰かと触れ合うのも良いだろうな」
モーリスの言葉に、マナブは泣きそうな顔をする。
「忘れる? インテリタスを?」
「そうだ。行動範囲から消してみろ、そうしたら……!?」
モーリスは次の言葉を口にすることができなかった。マナブのアクアブルーの瞳からぼろぼろと涙がこぼれ始めたからだ。再び、店内にざわめきが走る。がちゃんと何かを落とすような音も響いた。
「な、なんでそんな酷いこというんだ。お前、モーリス、だからモテないんだぞ」
「モテないは余計だ」
いたたまれない気持ちになりながら、モーリスはマナブにハンカチを差し出した。素直とは思えないマナブに一言言ってやりたかっただけなのに、まさかこんな反応をするとは思わなかった。十年間で、マナブがこんな反応をしたのを見たことがない。マナブから影響を受けているインテリタス同様、この水の宇宙人である人外も彼女から影響を受けているのかもしれない、とモーリスは思う。
「なあ、マナブ。自分と同じ記憶を他人も持っているにも関わらず。他人はその記憶を特別大事にしたいと思っていない。曖昧な部分も多い。だけれども、その記憶は自分にとっては鮮明で忘れることはできない、忘れる事になるならば抵抗するだろうと言うのは、やはり特別なんじゃないか?」
「そんなこと、」
「そんなことでも、だ」
ぼたぼた涙を流したせいで、マナブの目はうさぎのようになっている。マナブが忘れたくないと言った少女も確かピンク色の瞳をしていただろうか。
「ただ、それを自分の所有物だという表現の仕方は難があるな」
「うるせー。お前に言われたくない」
マナブが、そんなこと……、と呟く。
「そんなこと。そんなこと、でも。僕はインテリタスを忘れたくない。僕には、インテリタスは特別な存在だ」
前年一年間、たくさんの方に愛されたお話とキャラクターたちでした。読んでいただきありがとうございました☺
不思議を愛する人たち、青年少女おにロリ愛好家たちに幸あれ…★
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9月19日に、歳の差をこえて2に出ます。そちらもよろしくお願いします。




