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翌なき春(あすなきはる)

水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。


■いる人

インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。

マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。

野梨子…インテリタスの保護者。

陣の目…インテリタスの保護者。車いすカプセルに乗ってる。

 直し屋の居住スペース、野梨子がのんびりと朝仕度をしている。その緩慢な動きに釣られたように陣ノ目が、今日は休み? とのんびりと聞いた。


「そうよ。何かあったら出動するけど……」


 眠そうに目を擦りながら、何も考えていなさそうな春の野梨子は寝癖が一層強く、それが妙に平和に見える朝である。普段ならばきびきびと職場の警備署に向かう彼女だが、今朝は気が抜けているようだった。その野梨子を、陣の目が花見に誘う。


「だったら、花見に行こうよ。今日が山場だって」

「山場って……そんな、死ぬみたいな言い方しなくても」

「桜の花にとっては今日は人生の終わりみたいなものさ」


 風が吹けばあっけなく散ってしまう桜の寿命は短い。人生の中で春は何回巡ってくるだろう。最期に、ああ、去年桜を見ておけばよかったというような後悔はしたくない、と陣の目は野梨子に提案した。自分の寿命が幾ばくかはわからないが、なにが起こるかわからないのが特区だ。たまには、忙しい恋人とゆっくり花見を望んでも悪くはないだろう。


「ほら、インテリタスが来てから桜の時期に非番になったことがないじゃない。近くの土手、あの辺はまだ桜が残っていると思うから一緒に行こうよ」

「じゃあ、何かご飯でも持っていきましょうか」


 自分で食事の話題を出して、野梨子は少し目が覚めたようだった。軽く髪の毛を整えると、台所に入り弁当を作り始める。ご飯の事となると途端に冴える野梨子はかわいい。今日の遅めの朝食は桜の木の下でピクニックをする。楽しみだと思いながら、陣の目は先ほどOPENにした店の札をCLOSEに掛け替えた。


 タイミングを見計らったかのように、二階にいたインテリタスが降りてくる。


「今日は桜を見に行くよ。インテリタスも一緒に行こうよ」

「さくら」


 陣の目が少女に花見について説明すると、インテリタスは少し興味がありそうなそぶりを見せた。少女は散歩が好きなようだし、それに台所からいい匂いがするのもそそられるようだった。行く、と言って、インテリタスは再び二階に上がり外に出る準備をしようとする。しかし、ふと、眉を顰めた。気にかかることがあるようで階段の途中から陣の目を見返す。


 少女が気にしているのは毎日インテリタスの元へとやってくる親しい友人であるマナブの事だろう。午前に来るか、昼来るか、またねとしか約束をしない二人の逢瀬の時間はまちまちだった。


「マナブ君のことなら、ドアのところに伝言書いておくといいよ。場所は土手」


 インテリタスはなるほど、と頷いて階段を上がる。しばらくしてから、書きなぐったようなメモを持ってきて、直し屋の扉に貼り付けていた。内容は『さくら、どて』である。果たして、その意味がマナブに通用するだろうか。……まあ、きっと伝わるだろう、と陣の目は思う。


 ほとんど毎日、東地区から遊びにやってくるその青年は、飽きもせずにインテリタスと砂遊びやらすごろくやらを楽しんでいる。出会った当初、身体を叩き潰されたり、捻りつぶされたりと、とんでもない狼藉をインテリタスに働かされていたにもかかわらず、青年──マナブは少女に会いに来るのだ。


 青年がインテリタスに与えた影響は大きい。特区に来てから何にも興味を示さなかった少女は、ただ周囲の物や家を壊すばかり。壊したものにも、壊すことにも何の興味もないように見えた。しかし、マナブと一緒に過ごすことで、特区に住む存在と関わり、特区にはびこる怪異と対峙した。世界とかかわりを持ったインテリタスは、自分以外の物に興味を持ち、日々その刺激を吸収しているのだった。マナブと出会わなければ獲得しなかった様々なものをインテリタスが手に抱えている。これからますます変化する彼女はいったいどのような存在になっていくのだろう。


 陣ノ目はインテリタスの未来、遥か彼方に思いを馳せた。概念である少女はいろんなものを獲得しながらどんどん先を生きていくに違いない。彼女が途方もない長くを生きてきたのと同じくらい、未来へ向かって成長し続けていくのだ。人間である陣の目の寿命ではそれを見ることができないのが残念である。しかし、その点、マナブは違う。陣の目は、マナブが人間よりも長く生きる種類の生物だと期待しているのだ。できれば、インテリタスがどのような形の人で非ざる者になるのか見届けて欲しい。彼がそうしたい、と望むのならば。


「準備できた?」


 陣の目がインテリタスを見ながら想像を巡らせていると、野梨子が台所から顔をのぞかせた。彼女はインテリタスには軽食と水筒を、陣の目の膝には軽食とは言えない量の弁当を乗せる。


「さて、出発かな~?」

「早く行ってお弁当を食べましょう」


 野梨子に促され、三人で裏の土手へと向かう。どこに植えられた桜も、風が吹けば花びらが散るが、まだまだ見ごろと言えるような華やかさが残っている。目的の土手もそうだ。桜並木は三人を温かく迎えた。春の訪れを感じさせる、ピクニックには最適の日であるようだ。


 芝生に座り、大きな弁当箱を広げながら、野梨子が感心して桜を見上げた。


「今年の桜はいいわね。いつもこの時期は雨が降っていて、花が落ちていたから……」

「そうだね。今年は満開だ。今日はかなり運がいいんじゃないかな?」

「うんがいい」


 インテリタスが陣の目の言葉を繰り返す。降り注ぐ桜の花が珍しいらしく、軽食もそっちのけで落ちた花びらに顔を寄せて凝視している。


「あっちにも大きな桜があるよ」


 陣の目が指さした先には、少しピンク色の桜が植えてあった。その色味を興味深そうに見つめていたインテリタスはふらっと立ち上がり、その木の傍にとことこと寄って行く。どこかで見たような光景だな……。どこだっただろう、そう思いながら、陣の目はインテリタスの背を見つめていた。


 ***


 桜の大木に惹かれて、インテリタスは土手を歩いていた。川沿いの桜並木とは違った色合いの、ピンク色とも白色ともつかない花が揺れている。妖しく佇む老木が春の生ぬるい風に吹かれて、可憐に咲いている花びらを散らして発光しているのだった。


 木の前までたどり着き、大木を見上げると、インテリタスの立っている場所が特区とは別の場所に変化していくような不思議な感覚がある。ゆっくりとどこか別の場所へと移動していく。まるで、回転テーブルの上に乗せられた料理のように、インテリタスは自分の意志とは無関係に桜の周りへと引き込まれていた。


 異界の入り口だ。足を動かさなければ連れていかれる、とインテリタスは気が付く。しかし、その足は動かなかった。どうも、ここはこの桜の木の領域らしい。特区の怪異であるインテリタスと言えども、場の怪異には逆らえない。力の強さのベクトルは同じではない。単純に比べられないのが特区の怪異である。勝ちも負けもないが、インテリタスは今、桜の怪異に囚われていた。


 インテリタスの身体の中心が脈打つ。人間でいうと心臓がある場所から大きな音がし始めた。それに伴って背中がぞわりと粟立つ。インテリタスが今までに感じたことのない感覚だった。


 破壊の概念の内側には何もないはずなのに、破裂しそうなほど身体の真ん中が動き回っている。それは、インテリタスが体温を得た時と同じような違和感、そして言いようもない不快感を催した。体内から音がする。インテリタスの自身が別の生き物──すなわち、人間を模して規定された己の身体が本当に人間になってしまったのではないかという錯覚に陥る。


 陣ノ目に出会った時に規定された人間の少女の姿である。その他人に決められた姿に破壊の概念(インテリタス)が近づいていく。果たして、二つの像が重なり合ったのならば何が起こるのだろう。


 中心部から外側に向かって音が早くなる。全身に波のように伝わっていくこの脈動。本当にこの胸の中には心臓が存在しているのではないだろうか。


 本当に不便になってしまった。インテリタスはそう思った。


 この美しい世界。キラキラと輝く世界に存在し、一刻一刻を重ねていくたびに、未知の感覚が身体を襲う。その感覚は、強烈な違和感があり、多くはもどかしく、時に不快で、インテリタスの中に消えない輝きを残していく。


 この輝く街に住むということは、自らの中に輝きを宿していくのが条件なのだろうか。そんなことを望んだ覚えはないのに、とインテリタスはもどかしく思った。ただ、綺麗に見えたから特区に来てみたかったのであり、自分自身が美しくありたいなんて希望を持ったことはない、と納得がいかない。


 中心部から胸を打たれるたびに、元の居た場所に戻らなくては、という気持ちがインテリタスに生じた。しなければいけない、そう決められているわけではないが、インテリタスの頭の中には戻る以外の選択肢がなくなっている。身体が陣の目達のもとに戻れ、と促しているのだった。どうしてこうも肉体は慌てているのか、しかし、きっとインテリタスが知らない名前の状態が新たにこの身体を襲っているのだろう。


 すでに、この場所は桜の妖木によって別の場所へと変化し始めていた。常に変化している領域にインテリタスが迷い込んでしまったのか、あるいは、インテリタスを喰らおうとして場が変化しているのかはわからないが、ここに留まっていては、陣の目たちの元に戻れなくなる。


 ──ああ、しかし、足が動かない。


 強い風が巻きあげるように吹き、インテリタスは桜の花びらに纏わりつかれていた。どうやらこの桜の妖木はのこのこやってきた獲物を逃すまいとしているらしい。力を吸って、自らの養分とする……。インテリタスという力の強い人外は格好の餌食というわけである。風が唸る。花びらがインテリタスの視界を遮っていく。白い渦の中に飲み込まれそうになり、思わず前かがみになって身を縮める。


 戻ろう、と無理やり桜の世界から身体を引き剥がそうとした、その時だった。


「何してんだよ」


 呆れたような声がインテリタスを呼び、そして、手首を掴まれた。春の暖かさでぬるまった大きな手がインテリタスを引き留めている。桜と共にいるのを咎めるような力がインテリタスの手に加わる。痛いほどだったが、今は痛みが相手を現実のものとしていた。インテリタスの身体の鼓動が今度は別の物に変化した。このリズムは知っている。静かに弦を弾く、等間隔の音。身体を優しく巡っていく、心地よい音調だ。


 いつもそうだ。いつも、この手はインテリタスが認識するよりも早くインテリタスに辿り着く。


 振り向くとマナブがいた。


「マナブ」

「店の伝言を見た。何やってんだよ」

「なにも」

「何かしろよな」


 マナブが呆れたように、そして、やや怒ったようにインテリタスを窘めた。男が言っているのは、インテリタスが怪異に抵抗していないように見える、という話だろう。別に、何も行動しようとしてないわけじゃない。しようとした、とインテリタスは思うが、それはマナブにとってしていないに等しく、インテリタスは返事をしなかった。


 掴んだインテリタスの手首を離さずに、マナブがじっと大木を見つめる。男の表情は不機嫌である。理不尽な怪異に対して、そして、それに巻き込まれて何の行動も起こさないインテリタスにも憤慨しているのを、インテリタスはわかっていた。


 桜の怪異に巻き込まれても、インテリタスの存在が劇的に変化するという事はない。……この規定された人間の身体に何か変化が起こるかもしれないが。そうだとしてもマナブには関係がないはずだ。しかし、インテリタスの器に何かが起きれば、マナブはもっと怒りをあらわにするに違いない。マナブが桜の領域にも、インテリタスにも怒りを向けるのはエネルギーの無駄だと思う。それでも、なぜだか、インテリタスはこの不機嫌な顔の男から離れることができないのだ。


 怒って、呆れて、焦りながら、気を付けろよ! と妙に上から目線に話をするこの星の生物ではない何か。腕を掴まれるのも、身体を抱き留められるのも、額にデコピンをされてしまうのも、インテリタスがそれと認識しないうちに全て、インテリタスに辿り着く身体。優しく美しい輝きを持つ生き物。水の宇宙人。


「ったく、しょーがねえな。戻るぞ、陣の目たちのところ」

「もどる」


 マナブがぐい、とインテリタスの手を引く。しかし、インテリタスの足は動かなかった。まるで根を張った桜の木のようにその場に身体が縫い付けられているのである。


 二人に纏わりつく花びらが、逃がさないとでも言うように宙を舞っている。ことさら強くなる風がインテリタスとマナブの間に吹き、繋いだ手を引き剥がさんとしていた。花びらだけじゃない。まだ満開になっていた花も花へいごと捥ぎ取られインテリタスとマナブを襲う。


「うわっ」


 マナブの手からインテリタスを引き剥がすように強く吹く風にインテリタスは巻き込まれそうになっていた。このままだと、マナブの手から離れて、桜の餌食である。


「待て、行くな、インテリタス」


 マナブがインテリタスの身体を引き寄せた。地面に密着していたインテリタスの足が宙に浮く。動いた、そう思った瞬間、インテリタスは二、三歩、マナブの方に踏み出している。


「こいつは僕の、」


 だ、とマナブが言い終わった時には、インテリタスはその胸に囲い込まれていた。

読んでいただきありがとうございます☺

読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!


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