菜虫化蝶(なむしちょうとなる)
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。虫は好き。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。虫は大嫌い。
厚手のジャケットを着て歩くともう暑いほどだった。歩むたびに身体の中心部から湧き出てくるように、じんわりと熱を帯びてくる。衣替えを行うほどまめな性分ではないが、もう少し薄手の服を引っ張り出した方がいいだろう。先ほど出したばかりのジャケットを脱ぎながらマナブは思った。この分だと、薄手の服もすぐに半そでになってしまいそうだ。
季節はすっかり春になっていた。名前も知らない白や黄色の花がそこらじゅうで咲き、冬は茶色く色あせていた葉が緑色に色づき始めている。冬にも子供はいたはずなのに、急にその声が耳に付く。昨年から開始された特区防災アプリには、不審者とモンスター出現の通知が交互に届くようになっていた。春は芽吹きの季節だ。種から芽が生えてくるように、あるいはどこからともなく怪異が現れたとしても不思議ではない。
地面を温める柔らかい日差しを浴びながらマナブは空き地へと向かう。こんなに晴れているのだ。インテリタスも空き地にいるに違いない。暖かい日は外で過ごすに限るし、ならば今日は冬の残りの怪異を集めてコレクションにでもしてみようか。暖かくなりすぎたときに、冷たさを感じられるよう保管してみるのである。
そう思いながら到着した空き地にはマナブの思い描いていた少女はいなかった。かわりに、空き地のど真ん中には大きな緑色の物体が陣取っている。マナブは最初、それを巨大な風船だと思った。
「なんだ、また変な怪異がやって来て……うわあっ!」
黄緑色のなだらかな表面、そこに黒と紫色の斑点がある。膨らんだものがもぞもぞと動いた。全体を縮ませたり伸びたりして表面がうねり、まだら模様が生き物のように動く。太く縦長のその物体の先端には顔のような物が付いていた。身体と同じ黄緑色をしたまん丸の顔は細かな毛で覆われている。目も鼻もわからない。真ん中に小さな三角形の穴があり、その三角の角にはちょこんと小さな牙が生えていた。マナブを認めるや否や、ぐるぐると首を回して様子を伺っているようだ。
それはインテリタスと共に図鑑で見たことがある、虫だった。巨大な芋虫が空き地のど真ん中を占拠していたのである。
「ひえぁ」
マナブは虫が嫌いだ。特区に存在する大きい虫は特に嫌いだ。喋らずにbuuunnと音を出すところも、どこを見ているのかわからない目も、カスカスと動く口元も、人間の柔らかくて繊細な手とは似ても似つかない固い足も短くて太い足も、恐怖の対象でしかない。マナブの口から悲鳴が零れた。その情けない声を誰にも聞かれていないのは幸いだったが、それは助けてくれる人間が誰もいないことを示している。
見つめ合うマナブと巨大芋虫。すると、芋虫は身体をのけぞらせて大きく身体を左右に揺すり始めたのだ。空き地に土埃が舞い、いくらか地面が揺れた。芋虫が大きな身体を揺すってマナブの方へとにじり寄ってくる。顔のど真ん中の穴が大きく広がった。
──食われる!!
マナブの脳内はパニック状態となった。インテリタスから教えてもらったことだが、芋虫でも葉っぱ以外の物を食べる肉食のものが存在するというのだ。マナブの本質が肉ではなかったとしても、芋虫がこちらを肉だと判断すれば食われてしまうかもわからない。そもそも、水なのだから水分として摂取される可能性もある。
目の前でごろごろ動く芋虫からマナブは目が離せない。おまけに、身体は動かない。そのマナブに芋虫が迫る!
──インテリタス……!!
身体が硬直したまま、心の中でインテリタスに助けを求めた、その時だった。
「マナブ」
抑揚のない声がマナブの名前を呼んだ。固まっているマナブをよそに、巨大芋虫が声のした方へと身体を仰け反らせながら向けた。
そのモンスターの傍にマナブの知った少女が歩み寄る。両手に大量に葉っぱを抱え、それを芋虫の口に与え始めたのである。
「ごはん」
そう言って、固まっているマナブをよそに少女──インテリタスが抱えた葉っぱを芋虫の口に運ぶ。
呆然と立ち尽くすマナブに、インテリタスがどうしたの? と首を傾げた。
***
インテリタスがマナブに図鑑を見せながら、これはキラキラ羽が光る種類の蝶の幼虫であると説明した。羽化したら、蝶から羽を貰うつもりらしい。
「羽が欲しいってお前なあ……」
羽化した蝶が果たして自分の大事な羽をインテリタスに渡してくれるだろうか。そして、巨大芋虫くらいの大きさの巨大蝶の羽を直し屋のどこにしまい込むつもりなのか。突っ込みどころ満載だったが、しかし、写真の中の虹色の羽を見るとインテリタスが欲しがるのも無理はなかった。
インテリタスが巨大な虫にせっせと餌を与え続けて、巨大な芋虫はさらにまるまると太っていったが、ある時ぎゅっと固くなり縮んで動かなくなった。もごもごと葉っぱを食べていたのが嘘のように今は静かにじっとしている。
「さなぎ」
「中で変態が完了したら蝶が出てくるってわけか」
透き通った薄い皮の下で何かが動いているのが見えた。カラフルな模様である。
羽化するのはもうすぐだろう。
ある晴れた日に、マナブが空き地に行くとインテリタスが静かに隅で座っているのを見つけた。その横に一緒に座り込む。空き地の中央に鎮座していたさなぎの中から、光る羽を持つ蝶が羽化の最中だったのだ。折りたたまれていたしわしわの翅はやがて玉虫色から黄金色に偏光する翅に変化をした。そして、その羽が広がったかと思うと、巨大蝶は空に飛び立ち、どこかに飛んで行ってしまったのだ。
「きらきら、だった」
輝く羽を貰い損ねたインテリタスだったが、どこか満足そうにマナブには見えた。
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