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春隣り

水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。


■いる人

インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。不器用。

マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。器用。

陣の目…インテリタスの保護者。

 マナブはインテリタスに会うために空き地への道を歩いていた。軽く吹く風が髪を掬う。歩いてやや温まった身体に心地よく感じる、冷たいさわやかな風だった。特区もすっかり暖かくなり、そろそろ春が来たと言ってもいい頃合いだ。身体が冷えて動きが鈍くなったり、凍り付いてしまう心配をする必要もない。マナブにとっても、特区の住人たちにとっても快適な日々が来る。


 今年の冬、マナブは珍しく活動的であったが、春はその比ではないだろう。屋外でライブでもしてやろうか、あるいは弾き語りであぶく銭を稼ぐのもいいかもしれない。春ほど不自由なく過ごせて、気分が快い季節はない。


 ──インテリタスと桜でも見に行ってもいいな。


 冬の間は友人である人外の少女と天体観測をしたり、図書館で過ごしたりしていたマナブだが、春になれば今度は違った遊びを楽しめるだろう、とふと思った。インテリタスも特区に慣れてきたところだ。どこかに一緒に──図書館だけでなく、観覧車や植物園とやらに──遊びに行っても良いかもしれない。誰かと一緒に行動するなんて面倒なことだが、不思議とインテリタスとならば煩わしさは感じない。


 そんなことを考えながら空き地の近くまで行くと、インテリタスが直し屋の前で道を覗き込むようにしてマナブを待っていた。姿を認めると、マナブがそこにたどり着くよりも先に、少女が早足でこちらに歩み寄ってくる。身体にくっつかんばかりに寄ってマナブの顔を見上げ、ピンク色の瞳が何か言いたげであった。


「どうしたんだよ。待ってたのか?」


 マナブがインテリタスに問いかけると、少女は首をぶんぶん縦に振って頷いた。普段、ぼーっとしているインテリタスがこのように強く自己主張するのは珍しい。何か遊びたいことでもあるのだろうか、あるいは何か発見があったのか。今日、何する? とマナブが聞くと、少女からは、おかえし、とだけ返事があった。


「……なんの?」

「ましゅまろ」


 インテリタスとコミュニケーションをとるのは難しい。破壊の概念は少女の姿を得たものの、頭の中で考えていることを言葉として上手く表現できないのだった。最近でこそマナブは口下手なインテリタスの主張をくみ取れるようになってきたものの、今日はさっぱり話が分からない。


 お返しとマシュマロに何の関係があるのか……、と困惑するマナブだったが、インテリタスは構わずにマナブのジャケットの裾を握るとちょんちょんと引っ張る。ついて来い、ということだけが理解できた。


「え、ちょっと。なんなんだよ」

「こっち」


 インテリタスにぐいぐいと引っ張られながら、あれよあれよという間に家の中に連れられて、マナブはダイニングテーブルの椅子に座らせられた。そこには家主である陣の目も座っていて、インテリタスの様子をにこにこと見守っている。


「ここに、いて」

「わかった」


 インテリタスが眉毛をぐいっと上げてマナブに念を押す。有無を言わせないその雰囲気に戸惑いながら、マナブは返事をした。少女が頷き、それからキッチンに入っていき、そのまま戻ってこない。


「今日、どうしたの?」


 台所で何かガチャガチャ音をさせているインテリタスの様子を伺いつつ、マナブはダイニングテーブルについていた陣の目に問いかけた。インテリタスのやることに口を出さずに見守っているあたり、何か知っているに違いないのである。


「今日はホワイトデーだから、お返しの準備をしたらしいよ」


 確かに、今日は三月十四日。マナブには縁がなく気にしたことがなかったが、世間ではホワイトデーと言われるお祭りの日だ。


「おかえしって、それかあ……!」


 先月、インテリタスはチョコレートを初めて食し、いたくそれを気に入ったのであった。甘く蕩ける夢のようなお菓子。それに夢中になった少女を見るのは悪い気分ではない。折しもバレンタインデーが近く、マナブは少女にチョコレートを買って贈ったのである。たまたまチョコレートを調達することができる最適な日だっただけなのだから、バレンタインに便乗したというのが正しい。


 バレンタインデーの行事も知らない少女がホワイトデーのお返し、と何か用意したのは家主に入れ知恵されたからだろう。バレンタインと言ったって、チョコレートをあげる口実だったのだから気にしなくてもいいのに、とマナブ思う。しかし、インテリタスがお返しの準備をしてくれたというのは、初めての出来事で驚きと共に嬉しさはある。


 インテリタスがあれこれ準備をしていたのを想像して、マナブの口に笑みが浮かんだ。


「マナブ君くらい顔が良ければ、ファンの女の子からプレゼントたくさんもらえたんじゃない?」

「いや、プレゼントも差し入れも断ってたし……。めんどくせーからな」


 マナブが家主の軽口を受け流していると、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。インテリタスがお返しを用意した、と陣の目は言っているが、まさか今から何か作るという話なのだろうか。


「なあ、おい。インテリタスに台所いじらせて大丈夫なのか?」

「結構、練習してたからね。」

「練習ぅ?」


 果たしていったい、何をお返しされるのだろう。この様子だと食べ物のようだが、消し炭でも食わせられたらさすがにたまったものではない。インテリタスの規格外のパワーについては一目置いているマナブだが、人間に擬態して暮らすという点ではまったく信頼をしていない。喜ばしい気持ちを感じていたマナブであるものの、人で非ざる者が何かやらかしてしまわないかのほうに不安が傾く。


 チーンという音がした後、しばし経ってからインテリタスがそーっと皿を持ってきた。上には銀紙が乗っているようだ。転ばないか、あるいは落とさないか。破裂して直し屋のログハウスが吹き飛ばないだろうか。マナブの方がハラハラしながら身を固くする。


 爆発するかもしれない……と、いう考えはマナブの杞憂になった。インテリタスは彼女自身ができる精一杯の慎重さでマナブのところに戻ってきたのだ。皿を落とすこともなく、躓くこともなく、インテリタスにとっては快挙である。


 少女がマナブの元まで持ってきたのはカラースプレーで飾り付けされたマシュマロだった。焼き目を付けて膨らみ、かすかな甘い香りが鼻を擽る。これをインテリタスが一人で準備したのだろうか。だとすると、彼女は相当練習したに違いない、とマナブは思う。


 まったく、何か作ろうとしたり、整えようとしたりできるような器用さを持っていない人外の少女なのだ。焼いて飾り付けしただけでも上出来である。インテリタスの努力をマナブは素直に誉め称えた。


「すごいな、インテリタス。こんなに細かい作業ができるなんて」

「れんしゅう、した」


 インテリタスからフォークを受け取り、マナブは差し出された皿からマシュマロを掬って口に運んだ。柔らかいマシュマロがふわふわとして、ほんのり溶けたチョコレートと絡み合って美味しい。まさか、インテリタスから焦げた味がする以外の物をお返しされるとは思わなかったマナブは、思わず口を綻ばせた。


 マナブが食べる様子を見て、インテリタスがじっと見つめている。伺っているような視線で、眉間にしわがぎゅっと寄った。この顔が意味するところをマナブはすぐにわかった。返事を待っているのだ。


「おいしいよ」

「うん」


 顰め面をしていたインテリタスがほっと肩の強張りを緩めた。彼女なりに緊張していたらしい。眉間から力が抜け、それから、口をむずむずとさせた後、ゆっくりと少しだけ口角が上がった。


「……インテリタスっ?」


 少女の姿を持つ人外のぎこちなく歪められた顔はお世辞にもかわいいとはいえなかったが、どこか微笑んでいるようにも見えた。今までに見たことがない表情を見せたインテリタスを見て、マナブは開いた口がふさがらない。


「わ、笑うのも練習したのか!?」

「うん……?」


 首を横に振るインテリタスが元の表情に戻る。今、見た表情は幻だったのだろうか。それでも、マナブには口元を歪ませたインテリタスの顔が目に焼き付いていた。練習したわけではないのだったら、もしや自然に出てきた表情なのかもしれない、と思った。


 目の前で座っている陣の目も珍しく驚いている。もう一回笑ってみて、とインテリタスに要求していたが、少女は普段通りの無表情で首をかしげるばかり。まだまだ、笑顔を作るのは前途多難なようだ。


「はは、次は笑う練習だな」


 春の穏やかな暖かさがインテリタスの頬を緩ませるかもしれない。マナブはそんな予感を感じていた。

読んでいただきありがとうございます☺

読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!


もしよければ評価を頂けるととても嬉しいです。


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