桃の節句
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
今はいろいろとお雛様でも種類があるみたいですね。コンパクトだと飾る場所にも困らずハッピー。大きい人形でもテンションが上がってハッピー。よい催しです。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。きらきらしたお人形は好き。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。人形はあまり好きじゃない。
マナブが直し屋に入店すると、店主の老人が珍しく難しい顔をして熱心に手を動かしていた。普段なら来店の鐘が鳴れば笑顔で出迎えてくれる老店主の陣の目だったが、今日は様子が違う。マナブがそっと手元を覗き込むと、陣の目の枯れた手の中には真っ白な顔をした人形の生首があった。思わず後ずさりしたマナブの物音で陣の目が気が付き、顔を上げる。
「わっ! びっくりした~」
そう言いながらも、驚いたそぶりを見せない老人が、いらっしゃいませ、とマナブに笑顔を向ける。そして、手元の人形の首をマナブに向けて、イラッシャイマセと高い声で続けさせた。
「何、その、呪いの人形みたいなやつは」
「ああ、これはお内裏様の頭」
「オダイリサマ?」
聞いたことがない言葉にマナブが聞き返す。生首妖怪の類だろうか。だとしても、陣の目に修理をされているのは状況がわからない。怪異と言えども、生き物ならばかかりつけは直し屋ではなく、専門病院ではないだろうか。
「お内裏様は、お雛様の隣にいる人形で彼女の伴侶。……よし、できた。飾ってみるから見ていくといいよ」
陣の目が脇に置いてあった小さな身体にオダイリサマの頭を戻す。どうやらこの生首は怪異ではなく、人形らしい。その身体を携えて、陣の目がマナブを家の中に促した。
リビングのテーブルには見慣れないミニチュアが置いてあり、その真ん中にはぽつんと同じような人形がいる。陣の目が隣にオダイリサマを置くと、そこには、お雛様と言われるであろう飾りが現れたのであった。
「へー、本物のお雛様なんて初めて見た。さすが西地区だな」
「マナブ君は男の子だから、お雛様は関係ないもんね」
「僕が女だったとしても、東地区でお雛様を飾ってる家なんてないと思うぜ?」
特区のなかでも、東地区と西地区は文化水準が雲泥の差だ。たとえ女児がいる家庭だろうと、東地区にはお雛様を飾ることができるような落ち着いた雰囲気は皆無であろう。昼は怪人が現れ、夜は影が家を飲み込む、そんな東地区に置かれたお雛様が無事でいられるはずがないのだ。
今後一生見ることはないかもしれない……と、マナブはお雛様に寄ってまじまじとその顔を見つめた。人間に似ているような似ていないような、ぬいぐるみともまた違う人形には少し興味が持てた。稀に怪異になるとされている存在、それを安全に観察することは滅多にない。他所の家の人形だが、近くで見させてもらうくらいは許されるだろう。
艶のあるこげ茶色の髪に陶器のような白い肌、重たげな瞼の下には鮮やかな桃色の瞳が据えられている。赤く朱が引かれた唇は、どういう意図で作られたのかはわからないが、不満そうにとがっていた。
雛人形というものを初めて見たが、イメージと少し違う。商店街のポスターになっているのはまだデフォルメされたものだとして、写真で見たことがあるものからは、マナブはもっと不気味な印象を受けていたからだ。どちらかというとこの人形は愛らしい。その雛人形の隣の男の人形に目を移す。こちらの顔は細面でしゅっとしている。日本の人形だと言えば納得できる大人びた顔をしていた。
どうもちぐはぐな印象だ。
「なんか、お雛様の方がちんちくりんだな」
「そう? おーい、インテリタス。お内裏様直ったよー……、さっきまでいたのに。どうしたんだろう」
「インテリタス?」
「そうそう。お雛様の着物の金彩が気に入って、じーっと見てたんだけど、どこ行っちゃったかな。まあいいや。依頼主に連絡してくるよ」
店主はそう言って店の方に戻ってしまった。
マナブは再び、雛人形の方を見る。このちんまりと座った姿とピンク色の目、そして不満そうにむすっと引き締められた口。髪形や着ているものは普段と違えど、どこかインテリタスに似ていやしないだろうか。マナブはオダイリサマの顔に視線を移した。そしてこの、塩顔の男人形とのセット感のなさ……!
──まさかな。
まさか、家の中で怪異が力を振るっているわけがない……と、思ったその矢先だった。マナブはオダイリサマと目が合った。そしてその目が光ったのである。
「あっ!」
次の瞬間、マナブの身体は床の上に座らされていた。何事かと身じろぎするが、身体を動かすことができない。視点は今までいたテーブルの前から変わり、目の前にはシュッとした顔の男が立って、こちらを見下ろしている。
「ほほほ、うまくいきましたな」
その後ろから、しゅっとした顔の女が現れた。二人並ぶとしっくりくる細面のあっさり顔。お雛様の宣材写真と同じ顔だった。
「人形の身体にも飽きました故、人間と入れ替わる機会をうかがっていたのです」
「でも、私たちの持ち主の家には男がいなくて困っていましてな。こうして、別の家にきてちょうど男と女がいてよかった」
そう言って、お雛様が上品に笑った。
どうやら、マナブはオダイリサマに成り代わられたらしい。横目で周りを見渡すと、マナブが座っている場所は確かにオダイリサマの座っていたテーブルの上だ。想像するに、お雛様の方はインテリタスの身体を奪ったのだろう。
──待て! 身体返せよ!
マナブは人形たちに声をかけたが、声を出すことが叶わない。
「それでは、よい人形生活を。ほほほ」
雛人形たちはしゃなりしゃなりと歩いて、部屋を出てどこかに行ってしまった。
***
「いや~、二人とも僕がいて本当によかったね~」
老人が箱の中に紙で包んだ塊を丁寧に入れながら言った。紙の中には雛人形が入っている。これから依頼人の家に返されるのである。
「この家にひな人形がなければ、成り代わられることなんてなかったんだけどな。……助かったけど」
マナブたちの身体と成り代わった雛人形は家を脱出する前に陣の目に見つかった。その後、老人が何をどうしたのかわからないが、成り代わった身体は元に戻されたのであった。
二つの人形が収められた箱を見て、インテリタスが残念そうな視線を向けている。キラキラと輝くものが好きな少女だ。成り代わられる前にも金色の糸で縫われた刺繍に目を奪われていたのだと聞く。ひと時でも、キラキラの着物を着ていて夢心地だったのかもしれない。
「この家、ひな人形ないの?」
「……いろいろあってねー、ないんだよ」
陣の目がそうだ、と机の脇から折り紙を出す。直し屋の机には何でも揃っているのである。そして、マナブとインテリタスに、紙雛でも作ったらどう? と模様のついた和紙と金銀の折り紙を渡す。
「どこかに折り紙の本があっただろう? マナブ君と一緒に折るといいよ」
子供だましが通用するだろうか……とマナブがインテリタスを横目で伺う。少女は渡された千代紙と輝く金銀の折り紙を手に、目を輝かせているように見える。
──単純な奴。
そう思ったものの、これからどうやって紙雛をギラギラに装飾するか想像をめぐらせているマナブであった。
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