チョコのルースを君に
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
自分が初めてチョコを食べたときのことって覚えていますか?私は記憶がないんですが当時に戻って再体験してみたいくらい美味しいですよね…。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。チョコが好き。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。チョコは割と食べる。
インテリタスにお年玉としてあげた大量の五円チョコが、後生大事にしまわれているらしい。
「チョコ食べないのか?」
少女に正月にあげたチョコレートについて聞くと、彼女はいそいそと宝箱を模した赤い木の箱を出してきて、マナブにその中身を見せてくれた。中には五円チョコ以外にも、駄菓子のおまけのペンダントや海で拾ったガラスが放り込まれている。どれも昨年一緒に遊んだ際に集めた思い出の品で、マナブは懐かしい気持ちになった。
しかし、チョコレートも期限があるのではなかろうか。五円チョコの期限なんぞ気にしたことがなかったが──なぜならすぐに食べるので──、カビたり悪くなったりするのだろうか。それに、さっさと食べてしまわないと、暖かくなって溶けてしまったら面白くない。
「一枚頂戴」
インテリタスに断って、マナブは五円チョコを一枚とる。インテリタスが上目遣いで抗議するのを見つつ、マナブは五円チョコのガワを剥いてチョコレートを取り出した。その様子を見てインテリタスが目をぱっちり開いて驚いた表情をする。外のキラキラの中から茶色の物体が出てきて、びっくりしたのだろう。輝きが失われた茶色の五円チョコをじろじろと観察し、インテリタスがこれはなんだ、とマナブに疑問の視線を向けた。
「ほら、食べないと溶けちゃうぞ」
そう言って、マナブはインテリタスの口の中にチョコレートをねじ込む。自分も一枚失敬して口の中に放り込んだ。粉っぽい甘い味が口の中に広がる。チョコレートは安くても高くても美味しい。マナブがチョコレートを口にしたのは特区に来てからしばらく経ってからだったが、そのねっとりとした甘さには感激したものだ。
インテリタスは納得のいかなさそうな表情で、チョコレートを口の中でもぐもぐしていたが、急に固まって動かなくなった。
「ど、どうした?」
五円チョコに何か呪いでもかけられていたのだろうか。だとすると一大事だ。しかし、マナブの身体には変化はないし、インテリタスの態度もどうやら怪異とは様子がちょっと違う。口の端にチョコを付けた少女の頬が口をふむふむ動かすたびに、だんだん赤く染まっていく。唇についたチョコレートを舌でペロ、と舐めとった次の瞬間には、インテリタスはマナブに五円チョコを剥いてくれと頼んできた。
マナブが包装を剥いた五円チョコをもうひとつ口にするインテリタス。目をぱちぱちさせながら興奮した様子で言った。
「いちばん、おいしい」
この化け物なりの最上級の誉め言葉だろう。言葉数は少ないが、眉をぐっとあげたその顔、前のめりにマナブに近づく態度はチョコレートがお気に召した証拠である。
「チョコ食べたことないの?」
「うん」
そう返事をして、インテリタスは箱の中のチョコレートを差し出してきた。マナブに剥いてくれということらしい。開け方を教えると、インテリタスが爆速で口の中にチョコレートを入れていく。結局、たくさんあったキラキラのチョコレートをすべて、一緒にたいらげてしまった。
──鼻血出さねえだろうな……。
箱の中に一枚も五円チョコがなくなりインテリタスは呆然としている。そして、この食べ物は特区にまだあるのかとマナブに問いかけてきた。五円チョコはどこでも売ってるし、他にもチョコレートの種類があると伝えると少女は目を瞬かせて期待をするような視線をマナブに向けた。
しかし、この化け物の娘にも可愛いところがある。正月は五円チョコのキラキラで喜んでいたわけだったが、今度は五円チョコを食べるだけでこんなに喜ぶとは思わなかった。そろそろ、バレンタインであるし、もっとおいしいチョコレートが街に出回るはずだ。それを買ってインテリタスにプレゼントしてやってもいいかもしれない、とマナブはそんなことを考えていた。
***
バレンタイン当日。特区はどこもここもバレンタインでチョコまみれだ。もちろん、東地区から西地区の直し屋に向かう時に通るメインストリートもチョコレートで溢れていた。華やかに浮かれている外と同様、特区もこの時期に合わせてお祭りごとのようにバレンタイン商戦が繰り広げられているのだから仕方がない。
インテリタスのためにチョコレートを買いに来たマナブだったが、顔を隠してくればよかったとすぐに後悔した。店に入ると、従業員から客まで老若男女がマナブの顔に魅入られて時が止まってしまったのだ。
この男に愛の形を渡したいと、美しさに惹かれてふらふらと近寄ってくる者もいたが、自制が聞く人間もいて、それに阻まれている。誰がこの美貌の青年からチョコレートを貰うことができるのだろうという嫉妬の視線が渦巻き、マナブは誰か女にあげるものではないと店員に無駄な言い訳をする羽目になってしまった。とはいえ、インテリタスは少女の姿をしているものの、性別はわからないし、女というには小さすぎるだろう。
──買ってしまったなあ。
特区にはおしゃれなお店がいっぱいあって、お菓子の専門店もある。いろいろな効果が付与されたお菓子を横目に、マナブはただのチョコレートを買った。宝石のようにキラキラとしたチョコレートが並べられている宝箱のようなセットだ。ピンク色に輝く飾りがちりばめられ、エンボス加工が施されており、まるで本物のジュエリーがくっついているような箱だった。外側も中身もインテリタスが気に入りそうなものを選べたと思う。自分が宝石商であるかのように、大事に抱えてインテリタスの家へと向かう。
花屋の前を通ると、マナブの足音とチョコレートの匂いに気が付いた友人が、チョコレートを貰ったのかと尋ねてきた。
「珍しいな、マナブがバレンタインに誰かからチョコレートを貰うなんて」
友人がそう言うのももっともな話だ。その美しい顔でファンが多いにもかかわらず、めんどくさいからという理由でファンから施しを受けることもしない硬派なマナブが、バレンタインにチョコを持っている。誰からもらったのかはわからないが、それだけでファンサービスになるだろう。気に入ったファンがいたのか、と友人は驚いているのである。
「これは買った」
マナブは誤解を解くように返事をした。友人の思考はわかるが、マナブはこれからもファンからはプレゼントは貰わないと決めている。いくらかはマナブの演奏に興味があるのかもしれないが、ほとんどは顔が好きなのかもしれない。疑心暗鬼に陥るのはごめんだ。
「買った? 自分で食べるのか?」
「これはあげる」
「あげる!?」
ファンからプレゼントを貰わないことは理解している友人であるが、マナブが誰かに物を差し出すということには驚いたらしい。嗅覚がきくこの友人は高級チョコレートの香りに気が付いたはずだ。さらには、耳も良い友人なのだから、マナブの足音がいそいそと落ち着かないこともバレているに違いなかった。
呆気にとられている友人をよそに、マナブは空き地へと向かう。たくさんの輝くチョコレートを、果たしてインテリタスは喜んでくれるだろうか。
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