東風解凍(はるかぜこおりをとく)
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。人間の身体を持っていて温かい。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。人間の身体に擬態していて冷たい。
マナブが妙にまごついてダイニングテーブルについた。なぜ、彼が夜からここにいるのか、事情は分からないが、陣の目はとりあえずトーストとミネラルウォーターを出す。ありがと、という小さな声が常日頃と違う彼の様子を物語っていた。普段ならば、自分の家のように振る舞って、遠慮なく過ごしているマナブだったが、どうも今日の様子はそわそわしているように見える。
マナブを家の中で見つけたインテリタスはというと、その横で普段通りに無表情で座っていた。朝、パンを食べたというのにもかかわらず十時のおやつを要求して、マナブと同じくジャムパンを口にしているのだ。ふてぶてしい様子が野梨子に似ていると思っていたが、食に関する行動までもが似てきていると思う陣の目である。
いつもならば青年が少女にあれこれ世話を焼いて和気あいあいとした雰囲気であるが、今朝は場の空気が落ち着かない。二階で何があったのだろう。二人で喧嘩でもしたのだろうか。
しーん、と静かな空気を茶化す気分にもならず、家主である陣の目は途方に暮れていた。
──うーん、気まずい!
今でこそ、直し屋の客商売でフレンドリーな店主の雰囲気を醸し出しているものの、職人気質で人との関わりが苦手な陣の目はこういった空気が不得手であった。陣の目のいつもの軽口は、マナブに人懐こいコミュニケーション能力があったからこそらしい。
──そうだ、家から追い出そう。
年長者としてその場を取り繕うこともせず、とんでもなくエゴイスティックなアイデアを思い付いた陣の目は二人を丸め込むようにして提案をした。居心地の悪い空気は外に押し出すに限る。
「二人で外でも散歩してきたら? 今日はいい天気だよ」
***
午前中の太陽は暖かく路地を照らしていた。アスファルトから反射する光の眩しさにマナブは思わず目を細める。隣にいるインテリタスの顔も白い反射で、どんな表情をしているのかわからなかった。今日は特区が眩しい光に包まれている日らしい。
風はやや冷たいがマナブのどんよりとした気持ちを吹き飛ばしてくれそうなさわやかさだった。しかし、その憂鬱を簡単に飛ばしてはいけないような気がしている。昨夜から続くもやもやした気持ち。その原因でもあるインテリタスと一緒にいて居心地が悪い。何か話題を出して話せばいいのだろうが、普段からインテリタスとは何を話していたのだろう。頭の中で考えが巡りながらも、マナブはため息をついた。
近所の道をインテリタスと二人で並んで歩く。行く当てもないが、家主に追い出された以上、すぐに帰るわけにはいかなかった。自宅に戻ってもよかったが、このままインテリタスを伴うのも気まずい。
そんなマナブの内心を知ってか知らずか、インテリタスがなぜ家にいたのかと問いかけてきた。もっともな話である。昼間、招き入れられて家の中に入るのは日常であるが、夜中に入り込んで客間のベッドで眠っていたのはインテリタスにとっても他の住人にとっても、不可解な出来事に違いない。
「今日は……、今日はたまたま寝る前の散歩の途中で野梨子に会ったんだ。それで、家に泊まっていけって言われて、仕方なく泊まった。ほら、野梨子は警備署員だからさ、民間人を夜中に歩かせられないってさ……」
マナブの回答を、インテリタスが頷きもせずに聞いている。いつもなら気にならないその無表情と沈黙だが、今のマナブは埋める必要に駆られる静寂だった。何か話さないと……と、矢継ぎ早に話題を変える。
「そういえば、今日、夢見たんだよ。……夢の中でお前が息をしてなくてさ。いや、寝てる時に息してないのは知ってたんだけど、息してなかったからびっくりして、……」
インテリタスがそうなの? と首を傾げて、マナブは自分が墓穴を掘ったことに気が付いた。慌てて、自分が抱えている何かもやもやとした感情を誤魔化そうとしたものの、もう遅い。インテリタスが寝ているときに自分は息をしていないのかとマナブを詰める。インテリタスも自分自身が眠っている間にどのような挙動をしているのか興味があるらしい。起きている時には呼吸をしているのに、寝ている時には呼吸をしていない。人間に近づくインテリタスにとっても、それはアンバランスな事象であるに違いない。
マナブは観念してインテリタスに白状した。
「……昨日、間違ってお前の部屋に入っちゃって、それで、お前、寝てるときに息をしてなかったんだよ」
少女の顔を見られないまま、口だけが回る。
「それで、僕はお前がまだ呼吸をしてないのを喜んだんだ。でも、夢の中で呼吸をしていないのには焦って、……」
僕は自分が考えていることがわからない、マナブはそう言ってインテリタスを見た。少女は普段と変わらない表情で、うんと頷く。否定も肯定もなく、マナブの言葉を受け止めるその態度に、マナブは拍子抜けした。
「……お前、寝てるときも呼吸しろよな。びっくりするだろ。死体みたいだったんだぞ」
昨日はインテリタスが呼吸をしてないことに喜び興奮したというのに、今日は呼吸をしろと彼女に要求をしている。少女が人間に近づいていくことに嫉妬をしているにもかかわらず、今は、インテリタスに変化することを促している。
相反する感情を整理できないでいたが、インテリタスに昨夜のことを話したことでマナブの心は少し落ち着いてきた。風が二人の間を抜けていく。今なら自分の感情を風に乗せて飛ばしても良いかもしれない、とマナブは思った。
「がんばる」
「頑張れば寝てるときに息できるようになるのかよ」
眉をひそめ、いかにも真面目そうな顔をしてインテリタスが頷く。この少女はきっとすぐに、夢の中にいてもそれを獲得するに違いない。
今度は不思議と嫉妬はなかった。むしろ、その姿を見ることができたら面白い、マナブはそんな風に思っていた。
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