寒に入る
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。動きがおおざっぱ。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。寒いと凍る。
その男は来る、と言った。しかし、約束の時間になっても現れなかった。
普段なら、少し遅れるのかとか今日は来ないのかとか──ただし、男が約束を守らないことは滅多になく、約束を守らなくても遅れてでも約束を果たしに来る律儀な人間だ──など思い、インテリタスは家の中で待っているのだが、今日はそこまで来ている気がしていた。実際にはどうかわからない。予感や兆しなどは持ち合わせていないはずだが、インテリタスが人間に近づいているのであれば、獲得してもおかしくはない感覚である。しかし、勘などという感覚はいったいどんな時に効力を発揮するのだろう。
インテリタスは雪が降っている中、マナブを探すため外に出てみることにした。予兆というものがあるのか試してみたかったのだ。男がいればあるし、いなければインテリタスは気のせいという感覚を獲得したということになる。
すぐそこまでだ、とマフラーをつけただけのワンピース姿でインテリタスは玄関を出た。扉を開けると一気に外の冷たさが部屋の中に押し入ってくる。冷気の勢いで思わず玄関の奥に後ろずさってしまいそうだったが踏みとどまった。灰色の世界へと足を踏み入れて、重たい扉を後ろ手に閉める。目の前では風が吹きすさび、小雪がちらつく。インテリタスの目が少しかすむ。
積もった雪があたりを曖昧な世界にしていた。空、外壁、地面は一体化して、目を凝らさないとその違いが見えないほどだ。その白さに侵食されるように、じんわりと冷たさが身体の中心部へと染み込んできて、インテリタスは上着を着てくればよかったと後悔した。
とつとつと積もった雪を踏みながら、空き地の手前まで来てうろうろと辺りを見渡す。数歩歩いた道で、インテリタスは人の大きさの何かを発見した。
近寄ってみると、ちょうど成人男性ほどの高さの氷像だった。固く凍り付いたそれには雪が積もっている。雪を払う。美しい顔は雪に埋もれていても美しい。
インテリタスはその氷像の顔を知っていた。
「マナブ」
男を呼んでも返事をしないのはわかりきっていたが、名前を規定し、インテリタスと同じ世界に留めおかねば、冬の精にでも連れていかれるかもわからない。
マナブ。宙からきた水の宇宙人。
液体の身体を持つモンスターは寒いと凍りつくらしい。睫毛の一本まできれいに固まっていた。額から下がる線の細い氷に触れるとパキリと折れてしまう。インテリタスの手が、頬をなぞり、唇までたどり着く。人間の手で触れた男の顔の表面はいつにもまして冷たい。
果たしてどうすればこの男は元の姿に戻るのだろう。思案する。解かせばよいが火を取り扱うことができない。ストーブもインテリタスが抱えて持ってこれるほどの軽さではない。お湯でもかければ解けるだろうか。氷だろうが熱湯だろうがマナブにとっては同じ水のはずだ。
直し屋へと戻り、再び外に出てインテリタスが手にしていたのは熱湯の入ったカップだった。少量だが、掛け続ければマナブの身体は解けるだろう。ある程度、身体が水に戻ればマナブも自力で元の姿に戻るかもしれない、とインテリタスは思った。
インテリタスが振りかぶって湯を掛ける。目指すは胸のあたりである。
ばしゃり。
乱暴に投げ掛けた湯はコントロールを失い、小さな水音を立ててマナブの顔に当たった。一拍置いて、美しく彫られたかんばせにみしりとひびが入った。
ピキピキピキという音は、まるでマナブの怒りを表現しているように聞こえた。首から始まったひび割れはやがて全身に広がり、細かな音を響かせて、あっという間に男の氷像は四方に崩れ落ちてしまったのだった。
***
白い室内。ベッドの上でだらだらと過ごしていると、部屋の扉から少女の顔がのぞいた。目が合った少女はふてぶてしくも、おはようマナブ、とあいさつの言葉を口にした。
インテリタスは扉の前に突っ立って部屋の中に入ってこない。凍り付いたマナブに熱湯をかけて全身を割ったことに多少の後ろめたさがあるのだろうか。マナブはインテリタスに近くに来るように促した。
「もとに、もどった」
マナブが座っているベッドサイドでインテリタスは言った。
「あー、ハイハイ。救急車呼んでくれてありがとね」
皮肉も通じないように、インテリタスが、早く来なかった、と救急隊について説明し始める。雪が降っていたのだからそれはそうだろう。マナブ以外にも凍り付いて搬送された者がいると聞いた。さすがに、粉々になったのはマナブだけだったようだが。
雪が積もった朝だった。刺すような冷たい風と粉雪にまみれて西地区の直し屋にたどり着いた時にはマナブの足はほとんど凍りついていた。まずいと思ったが、身動きが取れない以上、救助されるのを待つほかない。そのまま、全身が凍り付いてしまったのだった。なぜかインテリタスが外に出てマナブを発見したからよかったものの、そのまま立ちんぼになっていたら冬の精にでも攫われたかもしれなかったのだ。
まさか、インテリタスが熱湯をかけてマナブの身体を割るとは思いもよらなかったが。
「かお」
「顔?」
インテリタスが、マナブの顔をじっと見た。口をパクパクさせながら何か言葉を紡ごうとしている。
「ゆっくりでいいよ。どうしたの?」
少女が一語一語確かめながら、唇を動かす。
「マナブの、かお、わって、ごめん、な、さい」
最後まで言い終えた時には、インテリタスの顔はひどく歪んでいた。かなり苦労して発言したに違いない。
確かに、少女はマナブを解かすために熱湯をかけて顔をたたき割った。それは事実で、腹立たしいことだが、マナブはそれ以上にインテリタスが文章を話したことに驚きを隠せなかった。
「お前……、めっちゃ喋るじゃん!」
「れんしゅう、した」
「僕に謝るために?」
インテリタスが真剣な顔をして頷く。どうやらこの人で非ざる者なりに、罪悪感を持っているらしい。今までもその片鱗がなかったと言えばうそになるが、こんなにも長い文章で言葉にしたのは初めてだった。
この人外の感情の広がりと成長の底知れなさに妬ましさを感じつつ、自分のために言葉を紡ごうとした少女の努力に対する言葉を探さなければ、と頭の中で表現を捜しまわっているマナブであった。
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