ゆく年くる年
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。人間に近づく。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。人間に近づきたい。
群青の空にうっすらと雲がかかっている。空の彩度を落としているその白い影は、インテリタスが吐く呼気の白さと似ていた。しかし、空気を濁らせてはいない。むしろ、澄んで冷たい空気を深めているようである。
地続きの皮膚であるというのに、頬は冷たく、鼻は冷たくない。しかし、手の先と足の先は冷たい。インテリタスの肌は外部からの刺激を感じていた。グラデーションのように広がる感覚器官である皮膚。それが覆う身体の先からじんわりと凍り付くような寒さが上がってくる。このままだと、再びしもやけ──皮膚が赤く剥け、擦り落としたくなるような感覚、痒みに襲われることを同居人はそう説明した──になってしまいそうだった。寒さの閾値をどの程度超えればしもやけになるのかわからないが、少なくとも前回は特区の気温が急に冷え込んだからだった。
与えられた自室を冷たく感じ、そのままを受け入れていたらば気が付けば足の先が真っ赤に腫れあがっていたのだった。あまり良い体験ではなく、できれば避けたい。しかし、今夜はマナブと約束をしているので待ち合わせているのである。玄関の前でそんなことを考えながら、インテリタスは空を見上げている。この小さく脆い人間の身体が凍り付く前に、マナブはやって来るだろうか。
目の前を家族連れが通った。それから、影の集団。地面の上を何かが這っている。時折、空を何かが飛び風が渦巻いた。家々の向こう側では奇声が響き、聞こえるたびに人間が肩をすくめる。普段は特区内の夜を歩く人間などいないが──少なくとも西地区のこのあたりでは見たことがない──、今夜は特別らしい。ぞくぞくと現れた人影が皆一様に鐘の鳴る場所を目指していく。呪いも祝福も信仰も棄教もないまぜになったこの街が、一年に一度示し合わせたように一つの場所に注意を向けることに、インテリタスはおかしさを感じた。そして、これから、インテリタスはその一員となるのだ。
今夜は皆、年越しというものをするらしい。今日は一年の最後の日で、十二時を過ぎれば違う年になる。時間は地続きだというのに、不思議なことだが、あの世とこの世の区切りがあると思っているのと同様に、時間にもあると思われているのだ。
インテリタスも来年になれば、来年のインテリタスになる。
「あっ、バカ。家の中で待ってろって言っただろ!」
ひと続きにあるもの──肌やら時間やら──に思いを馳せていたインテリタスの思考を遮ったのは知ったる人間の声だった。
「まってた」
「待ってたじゃないんだよ。風邪ひいたらどうするんだ」
大股に寄ってきたマナブがインテリタスのマフラーをきつく巻き直した。自らもコートの襟を立てなおし、意味もなく手袋を履いた手をパンパン叩く。……もしかしたら、意味はあり、暖かくなるのだろうか。インテリタスは自分が付けているピンク色の手袋を眺めた。自らも手を叩いてみるか迷っているうちに、ふっと白いため息が溢れていた。
インテリタスの吐く息は白いが、目の前の景色の彩度は落ちない。むしろ、マナブの出現で彩度は上がったようにも感じる。周りを歩く人間が息をのみ足を止めるほど美しいマナブは、周囲の視線など気にせず、インテリタスを促した。
「じゃあ、行くか」
今夜はこの男に連れられて、年越しをするのである。
マナブがインテリタスの歩幅に合わせてゆっくり歩く。春先、この男に追い付こうとうまく動かせぬ人間の身体をせわしなく動かしたことを思い出した。あの時も、結局、マナブはインテリタスの歩幅に合わせて歩くことになってしまったのだが。不機嫌そうだった春に比べて、今日はうきうきと機嫌が良さそうである。
「寒くない?」
歩いて多少ましになったものの、変わらず指先は冷たく、吐く息は白い。
「さむい」
「そうだな。僕も寒い。一緒だな!」
どこか嬉しそうにマナブが笑った。
あと一時間もすれば、来年とやらになる。そうすれば、来年のインテリタスとマナブに変化する。
それはどんな変化だろう。想像もつかぬことに、少しの興味を覚えるインテリタスであった。
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読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
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