閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。虫は好き。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。虫は苦手。
図書館は暖房が入っていて暖かいらしい。インテリタスの保護者からそのような情報を得たマナブは、インテリタスに付き添うという名目で、南地区にある特区自治会図書館に行くことにしたのだった。
すでにインテリタスは図書館への道に慣れきっていて付き添いの必要もないのだが、マナブは特に読書が好きというわけではないし、そのような大義名分でもないと図書館にはなかなか足を踏み入れることはできなさそうだった。
読み書きは多少できる。しかし、学校に通った事のないマナブにとって、図書館は高い塀で囲われている巨大なお城のように感じられた。許された者だけが入ることができる未知の領域。インテリタスと友達でなければ、一生近づかなかっただろう場所である。
果たして、そこはマナブを温かく迎えいれてくれるのだろうか。
インテリタスとは家の前で待ち合わせをしていた。マナブが呼び鈴を鳴らすまで家の中で待っていればいいものを、少女の姿をした人で非ざる者は屋敷の前でぼーっと突っ立っていた。手には先日借りたらしい本をいくつか抱いている。
図書館は無尽蔵に本を借りられるわけではないらしい。今持っている本を返して、新しい本を借りるシステムなのだ。今日もインテリタスは本を返して、新しいものを借りるのだろう。図書館に行くとは行ったものの、マナブには想像がつかない世界だった。
「おはよう、インテリタス」
「おはよう、マナブ」
驚くことに、返事をしたインテリタスの吐く息が白い。息が白いという事は、外気よりも呼気の方が温かいということだ。つまりは、体温が外よりも高いことを示す。
この娘、夏前には化け物よろしくひんやりとした冷たい体温を持っていたというのに、いつの間にか人間のように常に熱を持つ体温を獲得していたらしい。今まで気が付かなかったが、そう言えばこの前は足先をしもやけしていたという話を思い出した。
かたや、いまだに変温動物のように外気の温度に影響を受ける自らの身体である。水の宇宙人は足の先から身体の芯まで冬の寒さに影響されて冷え切っていた。人間に見えるものの、人間とはまだまだ程遠い。
目の前の人外が確実に人間に近づいている。自分よりも化け物に近く、自分よりも人間と過ごしている時間が短いのにも関わらず。少女の姿をしただけの、人で非ざるモンスターのくせに。
嫉妬。羨望。それから、湧き起こって止められない驚きにも似た何か。その何かはマナブの心をざわざわと騒がせるものの、決して不快なものではなかった。ただし、その感情に名前を付けることは少し難しい。
内心を悟られないように、マナブはインテリタスを促した。
「行こうか。……新しいマフラーか? 暖かそうだな」
インテリタスが見慣れない白いマフラーを付けている。保護者からあてがわれた防寒具だろうか。冬の空気をまとった栗色の髪の毛によく似合っていた。
「ううん」
少女が首を振る。言葉足らずな化け物は意思疎通が難しい。
「こんなにふわふわして、暖かくないはずがないだろ、……ひぇっ」
柔らかそうな毛の塊に手を伸ばして、マナブはひっくり返った声を出してしまった。それもそのはず、インテリタスの首をぐるりと一周しているマフラーがもぞもぞと動いたのである。
よく見ると、うごうごと蠢いているその白い毛たちには黒い足が付いている。
「まふらー、じゃない」
インテリタスが否定をしながら首を振る。すると、その動きに反応するように、ふわりと無数の綿が飛散したではないか。インテリタスの髪の毛に絡まりつつも虫がゆらりとその場を離れていく。
少女の首を囲っていたのは雪虫だったらしい。おびただしい数の虫たちはその場をゆらゆらと彷徨った後、そのまま、みんなどこかへ飛んで行ってしまった。
茫然として、その一連を見送ったマナブだったが、インテリタスの頬に雪虫が一匹残っていることに気が付いた。虫なんて嫌いだが、そのままにしておくこともできない。潰れて頬を汚したら厄介である。
「ちょっと冷たいけど、我慢しろよ」
少女の頬を撫でる。想像していたよりも、インテリタスの頬は冷たかった。同じように冷たいマナブの指が、雪虫をそーっと掬う。最後に残った雪虫が、マナブの手から飛び立っていく。
雪虫。雪が降る前兆。もう少しすると、特区も雪に包まれるかもしれない。
「つめたい、いっしょ」
インテリタスが言った『一緒』は体温の事だろうか。それとも、冬も一緒に過ごそうという意味だろうか。
読んでいただきありがとうございます☺
読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
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