楓に化かされる
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。自分の顔が可愛いかわからない。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。自分の顔が特級に美しいと思っている。
マナブの目の前に、大きなものがひらひらと落ちてきた。寄って見てみると特段大きな楓の葉である。秋も過ぎようとしている。紅葉した葉は落ちて、これから冬になろうとしているのであった。
さて、こんな大きな葉がどこから落ちてきたのだろうか。マナブはきょろきょろとあたりを見渡したが、それらしい木の主は見当たらない。どこからか吹かれて運ばれてきたのだと思われる。この特区の事だ。顔の大きさほどの葉を付ける楓の木が自生していても不自然なことではないだろう。
大きな葉はまるで天狗の団扇のようだった。振ってみると、空気がふっと飛ぶ音がして、マナブの眼前に小さな渦を作った。そこそこ何かを飛ばせそうな風で、やはりこの葉は化け楓の物なのだろう。
今日はこの楓の葉を肴にインテリタスと遊ぶとしよう。紙風船を飛ばすかバドミントンでもしてみるか。あるいは、お化け楓の木を探しに、たまには空き地の外へと出てみるのも悪くはない。
マナブは大きな赤い葉を持って空き地へとぶらぶら向かい始めた。
まさか、その落とし主である天狗に観察されていることも知らずに──。
マナブが空き地にやってきた時、インテリタスは土にしゃがみ込んでぼーっと時間を潰していた。一人遊びで地面に小さな穴を開けていたようだが、マナブの姿を認めると、その穴を少しふさいで、それから隠すようにして穴の前に立った。このモンスターでも、取り繕うようなことがあるらしい。ちょっと面白いなと、思いつつ、マナブはインテリタスに手を振る。
「おはよう、インテリタス」
インテリタスはいつものように近づいて来ることはなかった。マナブの顔を見て固まっている。そのまま、じっと遠目にこちらを見ていたが、おもむろに近寄ってきて、色々な角度からマナブの顔を眺め始めた。眉を顰めて顔をじろじろ、それから下に視線をおとし、服や靴を眺める。そして、再び顔を上げて目をぱちくりさせた。
「なんだよ、僕の顔が世界一美しいことに今、気が付いたのか?」
普段から美醜に頓着がなさそうなインテリタスだったが、今日はマナブの顔が気になるらしい。急にどうしたのか。しかし、マナブも自分の顔を鑑賞されるのは悪い気分ではない。
そうだ、僕の顔は天から与えられたこの世界で一番美しい顔なんだ、とマナブは心の中で得意げに言った。インテリタスは普段から破壊の概念の力でマナブの顔を吹っ飛ばしたり、落下の下敷きにしてゼリー状に破壊したりしているが、本当はそんな無体を働けばいろんな人間が悲鳴をあげて卒倒するほどの美しい顔なのである。
マナブはもっと見ても良いという風にインテリタスに微笑んで見せた。この少女は知らないだろうが、マナブがこのように笑うと、大抵の人間は何をされても許してしまうのだ。魔性の顔。水の宇宙人とは別に、マナブはこの街で別の怪異の側面を持っていた。
「マナブ……?」
確かめるようにインテリタスがマナブに問いかけた。
「かお、どうしたの」
「……?」
自己陶酔していたマナブは我に返ってインテリタスの様子を見た。その目はマナブの美しい顔を見つめているというよりは、凝視であった。じろじろと無遠慮に注がれる視線、これは凝視である。少女が精いっぱいの怪訝そうな顔でマナブに見入っていたのだった。
どうも雲行きが怪しい。
「……僕の顔に何かついてる?」
「はっぱ」
「葉っぱ……?」
インテリタスに指をさされてマナブはそろそろと顔を触った。がさり、と音が鳴り、指にはざらざらとした手触りを感じる。頬をさすれば、摩擦力の強い表面だった。
「えっ」
まさか、自分の肌がこんなに荒れているわけがない。マナブは確かめるように両手で触れる。やはり、引っ掛かりが強い。まるで落ち葉をさわっているような。
「待て、えっ……。僕の玉の肌が……!?」
マナブの顔に変化が起こっているようだった。直に自分の肌に触れている感覚はない。ガサガサの何かが顔の表面を覆っているのである。
とんでもないことが起こっている。
何度、頬に手を当てても感じる鱗のような質感にマナブはパニックになった
「なんで!? なんだこれ! 顔!! 僕の顔どうなってるんだ!?」
助けを求めるように少女を見た。インテリタスは、マナブが持っていた楓の葉に気が付き手に取った。それを顔に寄せてジェスチャーをする。
それは、大きな葉っぱのお面を被る様子だった。
「こう、なってる」
つまり、マナブの美しい顔には楓の葉が張り付いているらしい。
信じられない出来事にマナブは卒倒した。
***
インテリタスが直し屋から鏡を手にして戻って来た。マナブが恐る恐る手鏡を覗いてみると、そこにはお面のように葉っぱを付けた元美青年が写っていた。
マナブの目が霞む。
──嘘だろ。僕の顔にでかい葉っぱが張り付いてる。
しかも、この大きな葉は何をしても取れないのだ。端を引っ掻いても、水で濡らしても楓の葉はマナブに張り付いたままそこにある。水の姿に戻ったらどうなるだろう。しかし、マナブはこの美しくない状態で、さらに美しくない水の姿には戻りたくなかった。そして、元の姿に戻ってもお面が取れなかったら絶望的だ。
「げんき、だして」
インテリタスが抑揚なく慰めた。心がこもっているか、いないか、今日はそれを考えている余裕はマナブにはない。
「お前、人が超大事にしてる顔が枯れた葉っぱになったんだぞ……。これは僕がみんなから貰った大事な物なのに……」
信じがたい出来事にマナブは顔を両手で覆った。直後に、その肌触りにぎょっとして手を離す。美しい顔が何かの怪異に巻き込まれたに違いない。しかし、身体全体から何か引いていくような感覚に支配され、マナブはどうすればいいのか対処を思いつかなくなっていた。
今一番心配なことは、このままこのお面のような葉が離れないことだった。この十年間、特区の中で何の不自由もなく生活できたのは美しい顔のおかげと言っても過言ではない。愛着もあるし、自分の顔をそう簡単に手放したいと思っている存在など探してもそういないだろう。そして、こんな葉っぱのような顔を持っていたら、誰も寄り付かなくなるに決まっている。特区に異形頭多しと言えど、こんなガサガサで枯れた醜い顔の怪異は見たことがない。
「みんな、僕のことを気持ち悪がって離れていったらどうしよう」
ただでさえ、マナブの身体は人間を模した偽物だ。見た目が人間だからこそ、周囲の人間は人間としてマナブに接してくれているのである。こうしてさらに人間ではなくなったならば、マナブと距離をとろうとするに違いない。
頭を抱えて嘆いているマナブをよそに、インテリタスは葉で顔を隠したり、そこから少し顔を覗かせたりと、大きな楓を弄んでいた。マナブのことを揶揄うつもりはないのだろうが、おそらく、夏祭りで見たお面を思い出しているに違いない。
その少女の膝に手のひら大の楓の葉が落ちてきたことにマナブは気が付かなかった。一枚、二枚、三枚……。
……。
「マナブ」
マナブが名前を呼ばれた時、隣に座っていたインテリタスは大量の楓の葉にうずもれてほとんど見えなくなっていた。
「え、どうした!?」
マナブが俯いていた顔をあげ、そのまま空を見ると、マナブの上にも赤い葉っぱがザーッと降ってくる。逃げる間もなく、大量に降って来た葉はやがて、二人を覆ってしまったのだった。
「ちょ、えっ、インテリタス! 大丈夫か!」
「……」
インテリタスの返事はない。マナブはざかざかとかき分けるようにして落ち葉の山から這い出した。葉は軽く、大きく手を振ったマナブの周囲に赤い葉っぱが散乱する。もちろん、マナブの服は細かい葉まみれである。
「ったく、なんだよ今日は! 厄日だな!」
山のような楓の葉の山からちょこんと顔を出したインテリタスに手を伸ばし助け起こす。少女の顔にもマナブと同様に大きな楓の葉が付いていた。
「お前も、お面付いてるぞ……!」
慌てるマナブだったが、インテリタスはいないないばあをするようにその葉っぱから顔を出した。
「マナブも」
その言葉に、マナブが恐る恐る顔を触る。手触りは普段の顔に戻っていた。
「化かされたなあ」
二人の様子を、屋根の上から天狗が眺めて笑っていた。
歳時記2024をのんびり更新していきます☺
9月のエアブーのイベント「歳の差をこえて2」にて書籍版を頒布します。
読んでいただきありがとうございます☺
読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
もしよければ評価を頂けるととても嬉しいです。
各種リアルイベント、WEBイベントに参加しています。参加情報については、活動報告に掲載中です☺




