イッツアスモールワールド
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。人のすることにあまり興味がない。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。インテリタスの顔色が変わるのを見たい。
マナブが空き地へ訪れるとインテリタスはコンクリート片に座って俯いていた。今日も直し屋を追い出されたらしく、遠目にはうなだれているように見える。マナブが近寄ってもその姿勢は変わらない。この人で非ざる者でも、物を壊したら反省の色が見えるのか、と思いながらマナブは少女に声をかけた。
「また追い出されたのか? 行くところないのかよ」
「ない」
顔を上げた少女は特に悲しそうでもなく、困ったようでもなく、平然とした顔をしていた。短い返事がふてぶてしい。行き場のない身体を持て余しているようにも見えず、インテリタスが怒られて自省していると思ったのはマナブの思い違いだったらしい。
「寂しいやつだな~。友達いないだろ、お前」
「いない」
「やっぱりな、僕が友達になってやろうか」
「うん」
軽口をたたいたつもりのマナブだったが、インテリタスの返事に苦虫を噛みつぶしたような表情をさせられることになってしまった。反対に少女は表情を変えずに、マナブをじっと見返している。
友達になるという言葉の意味がこの人外には分かっているのかいないのか。マナブは後者だと思う。この破壊の概念という化け物に深く付き合うという意味が理解できるとも思えず、助け合える精神を持ち合わせているとも思えなかった。大体、「友達になりましょう」「はいそうですね」と会話したところで、真に友達になれるかというと、それも疑問である。しかしながら、口約束とはいえ、マナブはインテリタスと友達となってしまったのだった。
内心自分の浅はかな言葉に呆れながら、マナブは友達である少女に付き合って隣に並んで座る。空き地に最後に残ったコンクリート片はベンチのようで座るのにちょうど良かった。塵砂に埋もれてただの山になっていたのだが、掘り返してみると大きな塊だったのだ。マナブはインテリタスにそれを壊さずにおくよう言った。壊したら戻ってこないが、壊さなければこうして座ることができる。
インテリタスが隣に座ったマナブの顔を見上げる。つられてマナブも真正面からインテリタスの顔を見た。ピンク色の瞳からは、何を考えているのか読むことができない。咎められているのか期待されているのか、まっすぐな目が気まずく、マナブはふいと視線を逸らす。その先で、少女が小さな手で何か持っていることに気が付いた。
それはキラキラと輝いている球体であった。小さな手に乗せられるくらいの直径五センチメートルほどの珠である。角度によっては虹色のようにも金色のようにも見える色で偏光しており、インテリタスそれを眺めて俯いていたらしい。この化け物にしては鳥の雛でも持つように大事そうに両手で包んでいる。
「なんだそれ?」
「ここ」
「……ココ?」
人外の言葉を意味をくみ取るのは難しい。インテリタスはこの特区に来て間もないからか、言葉数は少なく表現も雑だ。かといって、マナブが特区に降り立った時のようにテレパシーを使う様子もない。何か制約があるのだろうか、あるいはそもそも概念は言葉という物を紡がないのかもしれない。
「まあ、でも綺麗な色してるな。陣の目からもらったのか?」
インテリタスはどこからこんな宝石のような物を手に入れてきたのだろう。このように整ったものをくれる知り合いはいなさそうだし、どこかで拾って来たにしては綺麗すぎる。丸く輝く怪異も聞いたことがない。それに、物に頓着しないインテリタスがこんなにも大事に抱えているなんて、もしや特区の外から持ち込んだ私物だろうか。
つるんとした表面だが、角度を変えて眺めるとラメが散りばめられているような不思議な質感だ。マナブは思わず手を伸ばして、その球体を撫でた。触れた感触はなく、マナブの指は空気を触ったようだ。インテリタスは興味もなさそうに黙ってそれを眺めていた。
その瞬間、空が何かを掠めたように暗くなり、何かに揺さぶられたように周囲がずしんと震えた。揺れから守るように、マナブは思わずインテリタスの身体を抱き寄せる。巨大な何かが空にいると警戒し、マナブが暗くなった空を見上げると、空にはルビー色の目とアクアマリン色の目が浮かんでいた。瞳は上からじっとマナブとインテリタスを見つめている。ルビー色の目はインテリタスのそれであり、アクアマリン色の目は鏡の中で見たことがある色をしていた。二組の目は何度か瞬きした後に、ゆっくりと空と雲に馴染んで徐々に消えた。
絶句。
マナブは虹色に偏光する球体とインテリタスの顔を交互に見る。先ほど、インテリタスが球体について説明した“ここ”というのは、“この場所”つまり特区を意味しているのではなかろうか。マナブが触れたのはただの球体ではあるが、それは特区のミニチュアで、小さな世界に干渉すると実際に特区に影響を及ぼすのかもしれない。
この少女の姿をした人で非ざる者はとんでもないものを所持しているらしい。
「……いいか、インテリタス。この玉をそこらへんに放り投げるんじゃないぞ? 壊すのもダメ。誰かにやるのもダメ。大事に直し屋に隠しておくんだ」
「かくす」
「一人でいるときにこっそり見て、絶対壊さないようにしろ」
「こわさない」
「そうだ。キラキラ好きだろう。これは丸くて光を反射するからキラキラしてるんだ。だから壊れると輝かなくなるんだぞ」
インテリタスが眉を顰めてマナブを見返してくる。訝し気に、この男は何を言ってるんだと言い出しそうにも見えた。インテリタスの表情が変化したことを喜んでいる暇はなく、綺麗なものは家に置いてきた方がいいと言いくるめ、マナブはインテリタスを警護するように直し屋へと送った。
インテリタスが店併設の居住スペースに入るのを見て、マナブはふーっと息をつく。
──あれは、特区か!?
何の感触もしない球体に触れたとき、直後に特区が揺さぶられ、空から目が現れたのである。その目はまるで球体を覗き込んでいるマナブとインテリタスの目のようだったのだ。偶然とは言い難い。珠に触れるだけで連動するようにガタガタ揺れた特区である。それが、インテリタスの力で壊されたならば……、と考えるのも恐ろしい。小さな特区と思われる球体は隠しておくのが吉だろう。そして、それを所有している人で非ざる者を野放しにしておくのは危険だとマナブは思う。
──僕が見張っておかないとだめだな……!
インテリタスが所持している小さな世界。それを守るために、マナブは人知れず決意を固めたのであった。
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