運命を結ぶ赤い糸
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
いいご縁の日のお話でした。赤い糸を切ったり結んだりするお話です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。赤い糸を知らない。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。寝不足の人外。赤い糸を知ってる。
朝起きると左手の小指に赤い糸が絡まっていた。
「……なんだこれ?」
痛いほどではないが外れないくらいにきつく結ばれた糸をたぐってみると、部屋の中を一周してアパートの扉の外に続いている。外に出てその先を確認すると、さらに道路の向こう側に伸びているようだ。
さて、自分の身に起きた呪いだろうか。昨夜はいつものように寝る前の散歩に出て、誰にも出会わずに無事に家に帰りついたはずだ。赤い触手のモンスターと戦った覚えもないし、赤い妖糸を操る呪術使いと対峙した記憶もない。細長い赤い糸には心当たりが見つからないが、家の中には確かに怪異が存在している。あるいは、特区の大規模怪異にでも巻き込まれたのだろうか。
マナブはチャット端末で滅多に見ないニュースを開いた。怪異情報が流れるチャンネルにはすでに大規模怪異の情報が流れている。
『混線に注意!』
トップページに踊る赤い警告。どうやら、特区全域で運命の赤い糸が現れているらしい。赤い糸は絡まりやすく、絡まると切らなければならず、切ってしまえば運命の相手と結ばれなくなると記載がある。伝承の赤い糸と同じと考えていい物だろう。それが目に見えて、手で触れるようになってしまった。今回はおとぎ話のような怪異が現れたというわけだ。
──混線に注意って言ったって、この特区にどれだけの住人がいると思ってるんだ?
日常生活に支障が出る不便極まりない怪奇現象である。人体に大きく被害を及ぼすようなものではなさそうだが、──運命の相手と結ばれたいと思う人間ならば死活問題であるが──、今日は一日、家にいた方がトラブルに巻き込まれずにすむだろう。そう思いながら、マナブは自分の左手に結ばれた糸を見た。
──ベース弾くときに邪魔だな。
怪異が収まらなければこのまま楽器を弾くことになる。配線が多いステージにメンバーが五人もいるのだから赤い糸が絡まるのは必至。飯の種が得られないことを考えると、早めに事態が収束することを祈るばかりだ。誰が、どうやってことを収めるのか。こういった大規模怪異の相手はおおむね自治会がしているのだろうが、自治会の恩恵を得られていない東地区に住むマナブにとってはあまり興味のないことだった。
しかし、それはそれとして、赤い糸の先にいる人物のことは気になった。わざわざ赤い糸が結ばれているのだから、この先にはマナブの運命の相手がいるはずだ。
運命の相手、そう思えるような人物にマナブは出会ったことがない。特区に降り立ち出会ったバンドのメンバーは確かに運命の相手だとも思えるが、赤い糸の物語に出てくる運命の相手とは性質が違うはずだ。これから会うのか、実はとっくに会っているのか。いざ、その存在が示されているとわかると、それを知りたい好奇心がふつふつと湧いてきた。
いつもなら空き地に行ってインテリタスと会う時間だったが、予定変更だ。マナブは赤い糸の先にいる人物を探しに行くことにしたのである。
──ゆっくり辿れば混線も問題ないだろ!
混線して赤い糸が切れたからと言って、マナブには何の関係がないようにも思えた。運命の相手は気になるものの、運命の相手と結ばれるような実感がまるでないのだ。それ故に、赤い糸の混線も気にせずにずんずん歩く。
伸びた糸は図らずも、西地区にある空き地の方へとどんどん近づいて行った。このままいくと、普段通りにインテリタスと会うことになってしまいそうだ。
──そうだ、インテリタスの赤い糸が誰に繋がってるのかも見てやろう。
破壊の概念に運命の相手とやらがいるのかは疑問だが、意思があり人の姿に擬態しているのだから、運命の相手がいる可能性もあるだろう。とにかく生き物に好かれる奴なのだから──蝉とかミノムシとか鶺鴒とか──、相手は人間でないかもしれない。その辺に生息しているでかい虫に繋がっていたりしたら笑ってやろう。いや、虫はちょっとな……、せめてもっとかわいい生き物だよな。ウサギとか……。
インテリタスもそこそこ愛らしい部類に入るのだ。ウサギと結ばれていたとしても不自然には見えなかった。普段、インテリタスを規格外の人外扱いしていることも忘れて想像を巡らせ、マナブの口元が緩む。
そうこう空想を繰り広げているうちに、赤い糸はとうとうマナブを空き地まで運んできてしまっていた。嫌な予感がする。この赤い糸、まさか空き地の中に入っていくのではなかろうか?
マナブの予想通り、赤い糸は空き地のど真ん中に繋がっていた。その中心では、ぼんやりとインテリタスが佇んでいる。左手を掲げ、視線の先は小さくて細い指に向かう。その重たげな視線がゆっくりとマナブに移動し……、立ち尽くしているマナブに向かって、おはよう、と少女は挨拶をした。
「お、おはよう」
空き地にはもちろん、インテリタスしかいない。ならば、マナブの小指に巻き付いた赤い糸の先はその娘の指先に違いない。
──これは、参ったことになったぞ。
いくら毎日一緒に会っているからと言って、まさか自分とインテリタスが赤い糸で繋がっているとはマナブの想像の範疇外である。赤い糸で結ばれた相手が、人でない化け物で、規格外の力を持つ人外で、保護者は得体のしれない人間二体がいるときた。赤い糸の運命の相手といえば、結婚するタイプの相手であろう。友達に繋がっているとかそういった伝承はマナブは聞いたことがない。
──僕が? インテリタスと……? 結婚……??
頭がパニックになりつつも、マナブは努めて何でもない風にインテリタスに聞く。
「その赤い糸どうした?」
マナブの心中もしらず、少女が掲げていた手をマナブの方向へ伸ばした。
「ごみ、ついてる」
その小指にはマナブと同じように赤い糸が結びついていて──インテリタスはごみだと思ったようだが──、地面に向かって垂れていた。マナブにも同じような糸が付いているのを見て、少女が糸を手繰り始める。たどたどしい手つきでどんどん手に巻かれていく赤い糸。マナブはそれを緊張した面持ちで見ていた。少女の赤い糸の先。その先には──。
インテリタスの手が止まった。少女が引いた赤い糸の先は、インテリタスとマナブが立っている地面の下に潜り込んでいた。
少女と地面の間で突っ張った糸はマナブに繋がっていなかったのだ。
「えっ?」
自分の声が裏返っているのを聞いて、マナブは慌てて口元を抑えた。
インテリタスの赤い糸は地中に食い込んでいる。その先には、泥のモンスターか、あるいは地底人とでも繋がっているのだろうか。少し地面を足で掻いてみるが深く埋まっているらしく、その先はどこへと向かっているのかわからない。
良かったような、悪かったような。微妙な動揺を憶えながらマナブがインテリタスを見ると、少女は天を指さして言った。
「マナブは、うえ」
上向きに赤い糸が昇っている。いや、天上から下がっていると言った方が正しい。その先の片方はマナブの左手の小指に繋がっていた。
この空の上に誰がいるのだろう。天人か死霊か、あるいは宇宙に漂っている同胞の誰かか……。いずれにせよ、結ばれたいと思うような相手ではない。
見上げていた顔を戻すとインテリタスと目が合った。
どうしたという顔をしているこの娘の顔は可愛い方だし、なにより得体のしれない誰かよりはマシに見える。
***
「別に、僕は運命の相手とかは信じていないんだ」
「うんめいの、あいて」
「でも、ほら、運命は自分でたぐり寄せるとかいうだろ」
「うん?」
隣にある直し屋からハサミを借りてきて、マナブは自分の指から天へと伸びる赤い糸を断ち切った。ついでに、インテリタスの小指から地面に向かって伸びる赤い糸も切る。
「これは、運命の相手に会うまでの保険であって、いつでも切れて良いって言うか、そんなに深い意味はないって言うか」
「わかった」
再び、インテリタスが小指に結びつけられた赤い糸を眺める。断ち切られたその先端は今しがた切られたマナブの赤い糸に結び直されていた。
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