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蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)

水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。


インテリタスが普段考えていること。


■いる人

インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。ものを壊すのが得意(?)。

マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。寝不足の人外。音楽の秋。

 ──またな、か。


 その男と約束をしているわけではない。しかし、昨日もまたな、と言われてしまった。こちらもまたね、と返した以上、『また』会わなければならないだろう。それはいつか? きっと今日だ。


 二人の間で共通していることは一つ。毎日、空き地に来ること。ならば、昨日、またねと言ったならば、今日、空き地に行かなければ『また』がない。そのため、インテリタスは直し屋の隣にある空き地に向かっているのだ。


 この世界に顕現した当初、ただ物を破壊するためだけに訪れていた無機質な空き地。男がその場所に現れたのは気まぐれだったにもかかわらず、いつの間にか男が訪れない日があると不思議と気持ちが動く場所になってしまった。そこに赴くことは、インテリタスの奇妙な日課となっている。


 男の名前はマナブという。インテリタスに向かってあれこれ指示を出してくる変わった男だが、人間はきっと彼のような男のことを面倒見がいいというのだろう。インテリタスだけではなく、他の存在にもそうやって接しているに違いない、善良な人間である。否、厳密にいえば人間ではない。マナブは『水』である。しかし、インテリタスと比較すれば、彼は限りなく人間に近い怪異と言える。


 この力の加減をコントロールできない、破壊を司る存在である自分からすれば、だ。


 インテリタスが思考しながら歩いていると、空き地から何やら音が聞こえてきた。Ririririririririという透明度の高い連続的な音の中に何かを擦るようなsuisuisuisuisuiという音。それらに混ざって、何かを弾く低い音が何度も聞こえた。


 マナブがなにか怪異に巻き込まれているのだろうか。


 空き地に到達し、中を覗き込むと、大きなコンクリート片に座るマナブがいた。その周りに中型の虫が幾匹も集まっている。音の中心はマナブだった。マナブの四弦に合わせて、虫たちが音を出しているのである。

秋に顔を出す、音楽を奏でる虫たちのことはインテリタスも図鑑で見てよく知っていた。鈴虫やキリギリスなどがその代表で、羽などをこすり合わせて音を出すのである。その軽やかな音と、マナブが弾くベースの音は良く合っていた。空き地は今、小さなコンサート会場になっているのだった。


 しかし、この男、虫が苦手だと話していたような気がするが、今のこの状況でよく発狂しないものだ。むしろ、嬉々として虫の化け物に混ざっているようにも見える。


「マナブ」


 インテリタスが名を呼ぶと楽器を弾いていた男が顔を上げた。その音が止んだのを合図に、虫たちも一斉にこちらを向く。


 沈黙。なんと口を動かしたものだろう。インテリタスのこの身体ときたら、運動を行う能力が著しく低いのだ。言葉を発することも運動の一部である。まだ複雑な話をすることができないこの身体で、マナブと意思疎通を図るのは難しい。


「がっきを、ひく」


 虫から逃げないのかと言うべきだっただろうか。


 マナブがインテリタスの方を見ながら、手元も確認せずにベースをじゃかじゃか、とかき鳴らした。インテリタスの発言をどう解釈したのかは不明だが、無事だ、という返事のようだ。


「おはよう、インテリタス」


 のんびりとあいさつをしながら、マナブが手招きをしてインテリタスを隣に座らせた。男は虫から逃げるつもりはないらしい。


「むし」

「一緒に演奏してたんだよ」


 いい音だろ? とマナブが手を挙げて合図をすると、虫たちが再びkorokorokorokoroと鳴き始めた。その音に合わせて、再びマナブの指が忙しなく動く。マナブは虫たちを天敵ではなく、同じ音楽を好む存在だと認識しているらしい。同調できるところがあると、すぐに心を許してしまう。まったく、人懐っこい男である。


 ビロビロと響く音は虫たちの奏でるメロディーと調和していた。止まることなく動く長い指。その指が奏でる音はその速さにもかかわらず、心地よいものだった。この男の手をこんなにじっくりと見たのは初めてだ。生きている者すべてが美しい、と称するだろう顔に似合わず、存外大きく節くれだった手をしていた。


 意思に反して、インテリタスの手がマナブの指に伸びた。反射のように素早く男の手が動き、インテリタスの細い手首を掴む。いつになく険しい顔でインテリタスを咎めるように睨んでいる。


 無理もない。インテリタスが少しでも力のコントロールを誤って触れれば、マナブ共々、大事にしている四弦が壊れてしまうに違いない。商売道具を他人に触れられたくないのも納得ができる。インテリタスは伸ばしてしまった手を引いた。しかし、今度はマナブがその手を離さなかった。


「優しく触って」


 マナブの手がインテリタスの手を導き、硬い弦に触れさせる。マナブの指がインテリタスの指をとって、そのまま弦をはじく。


 ボン。


 鈍い音が響いた。再び、はじく。何度かそれを繰り返し、マナブがインテリタスの手を離した頃には、マナブの顔には笑みが浮かんでいた。


「弾いてみて」


 マナブが促す。


 できるだろうか。壊さずに。


 何かに触れるのに、インテリタスはこんなにも慎重になったことはない。

読んでいただきありがとうございます☺

読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!


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