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オレンジの星を探して

水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。


金木犀を漢方にするにはお酒に漬けたりいろいろあるそうですね。出身が北海道なので、本物の金木犀の香りを嗅いだのは都内に越してきてからでした。


■いる人

インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。かわいい人外。

マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。寝不足の人外。

 図書館に行っているというインテリタスを待つ間に、その保護者である陣の目がお茶を振る舞ってくれることになった。今日は修理の仕事の依頼もなく暇らしい。お茶請けにクッキーも食べられて、マナブにはラッキーな昼過ぎである。


 行動補助具のカプセルと機械腕を器用に動かし、老人がお茶を入れている。普段の直し屋の仕事をしている時は自分の手を使って修理をしているくせに、日常生活では機械腕を使用しているらしい。マナブには理解できない変わった習慣だった。


「はい、マナブ君のぶん。金木犀が入ったクッキーもどうぞ」


 出された煎茶のお供は花の形のクッキーだ。香ばしい匂いにつられて、マナブの手はお茶よりも先にお菓子に伸びた。口の中に放り込むと、さっくりとした食感の後、口の中でほろほろと焼けた小麦粉の塊がとけていく。後味にふんわりとした花の香りが広がる。金木犀が入っていると言われてどんなものかと思ったが、なるほど、食べてみると金木犀の香りの風味がする。


「金木犀って食えんのか。……そういや、来る時も金木犀の匂いがしてたな。あれ、いつもどこから香ってるか、わかんないんだよなあ」


 秋口。暑さのピークが過ぎて、緩やかに涼しくなっているこの頃であった。季節が移ろい、空模様も草木の様子も夏とは様子が違う。


「金木犀って、匂いがするとつい探しちゃうんだけど、結局見つからないよねぇ」

「だから見たことがない」

「小さい星みたいな花だよ」


 ほら、と老人がクッキーの中に浮かび上がっている花を指差した。オレンジ色の爪ほどの花がクッキーに埋まっている。クッキーと同じ形だが、このちいささだと外で金木犀を見つけるのは難しいに違いない。


「こんなに小さかったら、どおりで見つからないわけだよな」

「木は大きいから」

「へえー……」


 そう言われてもマナブにはピンと来なかった。金木犀の香りが特別好きなわけではない。匂いがしても、マナブはこの老人ほど積極的に金木犀を探すわけではないし。ふわーっと風が吹いて、秋だなあ……、と思うくらいなわけで。本物を見たことがないから、探して鑑賞したいという欲求もない。金木犀はそこに存在しているけれど、思い入れのない物の一つである。


 そう思って聞き流しているマナブの興味を引いたのは、陣の目が話した金木犀の効能であった。


「金木犀は漢方にも使われるね」

「だから食えるってわけか。何に効くの?」

「冷え性とか不眠症とかだって」

「不眠症……」


 金木犀の匂いもオレンジの花もそそられない。しかし、不眠に効くとあっては話が別だ。極度の夜間不眠症を患っているマナブにとっては、特に。さして興味もなかった金木犀だったが、マナブは急に興味が湧いてきた。この時期ならば金木犀はその辺にたくさん咲いているだろう。いろんな家から少しづつ拝借しても問題はないはずだ。頂戴して、不眠に効果のある漢方を試してみよう。


 そう思ってマナブが立ち上がると同時に、本を抱えたインテリタスが現れた。


「ただいま」

「インテリタスおかえり~……って、マナブ君、帰るの?」

「いや。インテリタス、行くぞ」

「うん?」


 帰ってきたばかりのインテリタスから本を取り上げ、マナブはその手を引いて外に出ようとする。


「お出かけかい?」

「決まってんだろ。金木犀を探すんだよ」

「きんもくせい」


 息つく暇もないねえ、と陣の目が肩をすくめるのを横目に、マナブとインテリタスは秋の特区に繰り出すことにしたのである。


 ***


「金木犀は匂い強いからな。見渡しても見つからないって言ってたけど、すぐ見つかるだろ」

「きんもくせい」

「お前、もしかして金木犀の匂いを知らない?」


 特区に現れてから秋を経験したことのないこの人外の少女は、どうやら金木犀を見たことも嗅いだこともないらしい。一緒に探して収穫すれば二倍集まると思ったのに、マナブは当てが外れてしまった。金木犀がわからないとなると、インテリタスが探すのを手助けしなければならないかもしれない。それは面倒だな、と思いながら、マナブは手ぶりを交えて少女に金木犀を説明する。


「あれだよ、ふわ~って香ってきて、どこに咲いてるかわかんない匂いで」

「……」

「あ、そうだ。トイレの匂い。トイレに匂いするやつ置いてあるだろ。あれだよ」

「といれ、いかない」

「行かないか~」


 マナブが携帯端末でインテリタスに花を見せる。人の背丈よりも少し高い木に咲いた小さい花。オレンジ色をした、爪の先ほどの四つの花びら。緑色の木に橙色の絵の具で小さなクロスをたくさん描いたように咲いている花。その花が咲く木からは、包み込むような明るい匂いが強く発せられているはずだ。


「見つけたら、その下にシートを敷いて落ちてくる花を捕るんだぞ」

「わかった」

「不眠症に効くんだから……って、お前に言ってもわかないか」

「うん」


 そこにある破壊という概念、眠る必要がない人で非ざる者の夜を、マナブは知らなかった。人外の少女には、眠ることと眠れないことの概念は存在するのだろうか。いずれにせよ、夜、特区で休まる時間がないマナブにとってはそれはうらやましいことである。


「金木犀があると、僕が夜眠れるようになるかもしれないんだ。だから、手を貸してほしい」


 マナブの言葉を聞いて、インテリタスは眉を寄せ、真面目そうな顔をしてうなずいた。


 ***


 香りはするのに、それがどこにあるのかわからない。きょろきょろと探してみても、その姿は見当たらない。あんなに小さい花から随分強い匂いを発するものだとマナブは感心してしまった。


 上手くいけば不眠症に効く漢方が手に入るかも、そう思って始めた金木犀探しは難航していた。陣の目の言う通り、匂いはあって、姿が見えないのである。


 ──不眠に効く薬が欲しい。


 マナブの夜間不眠症はどうしても直らない。夜になれば頭の中で母船からのサイレンが鳴り響き、耳に残って離れないのである。夜、静まり返った特区は真っ暗で、少し宇宙に似ている。時折、悲鳴と破裂音がしてぎょっとするところもそっくりだ。だけど、マナブ以外の人間は寝静まってるから、一人でないにも関わらず、マナブは誰かに助けを求めることができない。


 ──人が寝ている時間に一緒に眠りたい。そうすれば、僕は一人じゃない。


 マナブが周辺をうろうろと歩き回り、金木犀の香りが薄くなった辻を曲がると、金木犀が咲いている家の塀に辿り着いた。


 その下には、シートを敷いてインテリタスが座り込んでいる。


「なんだ、先に見つけたのか」

「きんもくせい」


 金木犀の下で、インテリタスは狭いシートにちんまりと座っていた。風が吹くたびに花が散って、オレンジに輝く花が少女の長い髪の上に落ちていく。その花を除けようともせずに、花まみれの髪の毛。


「そのシートはお前が座るためにあるんじゃなくて、金木犀を集めるために持って来たシートなんだぞ」

「あつめる」


 マナブがインテリタスの隣に座り込んで膝の上にシートを広げた。風が吹くと、上から金木犀の花がシートの上に落ちてきて集まるはずなのだ。


「こうやって、上から落ちてくる花を捕まえるんだよ。……花、付いてる」


 インテリタスの睫毛に付いた花を撫で払った。インテリタスは目を閉じることもなくマナブを見ている。


「お前なあ、こういう時は目を閉じるんだぞ」

「とじる」


 そう返事をして、瞼を閉じた少女は、金木犀の妖精のようだった。


 ***


「それで、マナブ君は金木犀の香りをまとっているわけ?」

「言うなよ」

「君の身体が物質に影響されやすいとは知っていたけど、まさかここまでとはね」


 インテリタスと一緒に集めた金木犀を漢方にしてもらって飲んでいる。不眠に効いているかはわからないが、飲むたびに花にまみれたインテリタスが可愛かったな……と思い出すのは不快ではない。思いがけずに、二人で探した金木犀が平和な特区の秋の思い出になった。


 ただし、体中から金木犀の匂いがするようになってしまっているのことには、マナブは辟易している。


「しみじみ、君も人間とは遠い存在だね」

「それ言われるの腹立つからやめてくれる?」


 水の宇宙人の身体は取り込んだものから影響を受けやすい。


 ひらひらと振ったマナブの手から、金木犀の香りが漂っていた。

読んでいただきありがとうございます☺

読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!


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