秋日和
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。食いしん坊の秋。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。音楽大好き芸術の秋。
特区の空は今日も騒がしい。
青く高い空の一角。白くもこもことした雲が浮いていた。左右にうごめくその雲をよく見るとそれは羊たちの影であった。羊雲の群れが空の上で食事をしているのだ。数でいうと、七、八匹。こじんまりとした集団が身を寄せ合いながら、のんびりと青い空を食べている。小さな子羊がその間を滑り、跡は一筋の線の雲となった。
天敵のいない、秋の午後である。夏至も過ぎて、日が暮れるのは早い。羊雲たちは物言わずにいそいそ、青空を食べるのに夢中である。夕焼けの空も甘くて蕩けるように美味しいが、逢魔ヶ刻を過ぎれば、夜の怪しい天敵たちが空にも現れ始めるだろう。その前に、羊たちは思う存分空を食べなければならないのだった。
そう考えているのはこの小さな群れだけではないらしい。他の白い羊雲の群れが続々と空の際から現れ始めたのだ。そこかしこから、大小さまざまな群れが合流し始め、あっという間に羊雲が所狭しと空に広がってしまった。
大群だ。その大きな群れが秩序なく青空を食べている。
羊たちの餌にされて、一部が毟りとられた水色の明るい空が灰色に禿げ始めていた。羊が増えて雲が厚くなるにつれて、くすんだ色の面積が増え、空模様が怪しくなっていく。このままでは、食べ尽くされるのは時間の問題だ。
にわかに、巨大になった羊雲の群れが風に吹かれてそわそわと揺れた。風のためだけではない。何かに追われるようにして、羊たちが移動をし始めたのである。その元を辿ると、羊雲を追いたてるようにして、大きな魚がゆったりと泳いできた。うろこ雲である。
魚は空を水槽に見立てて優雅に泳ぐ。巨大な白い魚が空をかき回すたびに、毟り取られた灰色の空の一部が青を取り戻した。魚にえさ場をとられ、羊たちにとっては迷惑極まりないのだが、巨大魚が空を泳がなければ、餌が無くなるのも確かだった。それを理解している羊たちは、うろこ雲が通り過ぎるのをじっと待つ。
その空に、大きく西向きの風が吹いた。強風で羊も魚も一緒くたに押し流され、あっという間に雲が厚い。さっきまで秋晴れだった青空に、高い雲がぶくぶくと膨れ上がる。その大きな雲が、様々な方向に手を伸ばし、雲を捕まえてさらに育った。あっという間に、青い空は雲だらけである。
……これから、雨が降るだろうか。
その前に、家に戻らなければ。空を見ていたインテリタスは立ち上がった。濡れネズミになっては叶わない。その片づけをするのは、この人間の身体にとって極めて複雑な作業なのだから。
「おーい」
思考を遮ったのはインテリタスへの呼び声だ。現れた男は二本の包装された割りばしを振り回しながら空き地へと入ってきた。挨拶をして室内に入ることを促そうとしたインテリタスに、男──マナブはビニール袋に入った棒を突き出した。透明な袋には四文字の平仮名が書いてある。
「いいもの貰って来たから一緒に食べようぜ」
「わたあめ」
どう見ても、ビニール袋に覆われた割りばしである。これで何か食べようというのだろうか。インテリタスに構わずに、男は袋を破った。一見、何の変哲もない割りばしを空に掲げて、くるくると回す。まるで、蜘蛛の巣でも捕まえるような仕草だった。
蜘蛛の巣は捕まらなかったが、代わりに空にあった厚く広がる雲がマナブの持った割りばしに巻き付いた。糸巻に糸を巻き付けるように、男は器用に割りばしを回す。ほらできた、と見せる頃には、綺麗なまあるいわたが割りばしに出来上がっていた。
「わたあめ。インテリタスにやるよ」
雲を絡めとった割りばしをインテリタスに渡し、マナブはもう片方も器用にまあるい綿にした。青い空の中で育った大きな雲は半分の量になり……、今日はもう雨は降らないだろう。わたあめが目の前で作られるのを見たインテリタスは、じっとその柔らかい球を見つめていた。
食べようと誘われ、やると手に持たされた。これは食べ物なのだろうか。
マナブが一口分千切ってインテリタスの口の中に押し込む。柔らかい綿が舌の上で溶けた。
「あまい」
「食欲の秋ってやつだな」
「しょくよくのあき」
言外に食いしん坊と言われている気がして、インテリタスは知らずのうちに唇を尖らせていた。
読んでいただきありがとうございます☺
読者の皆様に少し不思議な出来事が降り注ぎますように……!
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