ハッピーバースデー なんでもない日
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。誕生日ははるか昔
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。誕生日を知らない。
陣の目…インテリタスの保護者。帰還者。
野梨子…インテリタスの保護者。よく食べる。
インテリタスが空き地の隅で絵本を読んでいる……が、同じページを眺めているだけで、一向に次のページをめくっていないようだ。石化の魔法でもかけられたかと駆け寄ったが、杞憂だった。マナブの姿を認めた少女は緩慢に顔を上げて、おはようとあいさつをしてきたのだから。ぼーっと動きが鈍いのはインテリタスの通常運転である。
「……ちょっとは動けよな」
何をそんなに絵本で食い入るように見るものがある? とマナブが覗き込むと同時に、インテリタスが不可解な言葉をマナブに投げかけてきた。
「はっぴーばーすでー、マナブ」
「僕は今日、誕生日じゃないんだけど……?」
インテリタスはおかしいなというように首を傾げた。絵本とマナブの顔を交互に見て、はっぴーばーすでーは魔法の言葉、と呟く。細い指が差した先には、王女様が誕生日を祝われている絵が描いてがあり、『ハッピーバースデーは魔法の言葉です。お祝いの言葉をみんなに言われた王女様はとても幸せな気分になったのでした』などと書いてあった。どうやら、彼女はこの文章をまねしたらしい。
「僕を幸せにしようと思った心意気は認めてやる……だけどな、それは、誕生日に言うと効果があるんだぞ」
生憎、今日はマナブの誕生日ではない。
「たんじょうび」
少女の傾いだ首が反対側に傾く。
「お前、誕生日を知らないのか」
「しらない」
誕生日について知らない少女に、生まれた日のことを誕生日と言うんだ、とマナブは説明し始めた。どんな存在でも生じた日があるだろう。卵から出てきた日、呼吸を自分で始めた日、呪いが形を持った日……、それが誕生日と定められている。誕生日がない物はなく、生まれたからには誕生日を持っている。マナブの説明を、インテリタスは頷きながら聞いている。
「哺乳類はお母さんのお腹から生まれた日が誕生日って決まってるし、そこら辺のモンスターだって現れた日があるだろう。それが誕生日だ」
「うん」
「インテリタスにもあるんだぞ」
「マナブも」
「……僕はない」
「……おとした?」
「落としてない!」
しかし、インテリタスの誕生日とはどこで生じた日の話になるのだろう。
***
「それじゃあ、マナブ君はインテリタスの誕生日を探すことになったわけだ。大変だねえ」
「あんたがインテリタスに会った日を憶えていれば探さなくてもいいんですけどね!?」
直し屋の店の一角で、インテリタスの保護者が遅めの昼食を食べている。その直し屋──陣の目にマナブは食って掛かった。この老人ときたら、インテリタスに初めて会った人間にもかかわらず、そして破壊の概念という稀有な存在に会った日にも関わらず、それを憶えていないと宣うのであった。インテリタスが特区に顕現したのは陣の目と会った日である。だから、そこを誕生日と制定してもいいのに、この老人の記憶力ときたら全く役に立たない、とマナブは渋い顔をする。
──普通、自分がこの世界に連れ戻された日くらい覚えてるだろ!?
陣の目は向こう側に連れ去られて、無事に戻ってきた存在だ。そんな人間が、自分が特区に戻ってきた日付を忘れました、ということなんぞあるのだろうか。
そう考えたものの、マナブは自分が特区に降り立った日を覚えていない。カウンターになる、とマナブは堪えた。
「野梨子なら覚えてるんじゃない? ねえ」
陣の目は、他の人間が食後のお茶を飲んでいる中、まだ白米を口に入れ続けている連れ合い──野梨子に話を振った。
「あんふぁりきにひてなかった」
「ごはん呑みこんでから話せよな!?」
野梨子の方も特区の警備署に勤務しているのにも関わらず、どこか抜けたところがあった。インテリタスの誕生日をどうでもいいと思っている節もあるようで、ご飯にしか興味がない、その態度もマナブは腹立たしい。
マナブたち三人の顔を交互に眺めてから、インテリタスが口を開いた。
「ない」
「ある! 絶対あるから! 探しに行くぞ!!」
マナブはインテリタスの手を引き、特区へと繰り出そうと決めた。街に出たら誰かしら誕生日について知っている人間がいるかもしれなかった。
陣の目が、なんでそんなにインテリタスの誕生日に拘っているの、とマナブに聞く。
「ハッピーバースデ―は魔法の言葉だからな」
別に悲しそうには見えないが、少女の様子にマナブはもどかしさを感じていた。今朝はマナブのことを気遣って、ハッピーバースデーと口にしたのだ。今までにない心の変化を考えると、インテリタスにもハッピーバースデーと言われる日があっても良いだろう。インテリタスにだって幸せな気分になる日を持つ権利はある、とマナブは思うのだった。
***
図書館から借りた本の中に挟まっていないか。占い師にどこかに落ちているか占ってもらったりもした。知り合いを片っ端から尋ね、誕生日に関わるものを聞き込みし、思い当たる節がないかインテリタスに確かめる。少女のことを多少知っている人間が、何かのきっかけで誕生日について思いつく可能性があると信じて。
しかし、半日探し回って、夕方になってもインテリタスの誕生日を発見することはできなかった。穴を掘ったり、占いで聞いたくらいで発見できるとも思わなかったが、本日の努力は徒労である。
気にしているのか気にしていないのか表情の読めない少女と空き地に戻り、マナブは本日の成果を確認する。
「えーっと、……家族で祝った、嬉しい、プレゼント貰える日、一つ年を取って最悪、なぜか毎年一センチメートル背が伸びている、最悪の日、パーティー開く、気にしたことがない……、最悪の日っていうのはめんどくせー奴の発言だから消していいや」
マナブがメモの一部にばつを書く。
「けす」
「気にしなくていい。……なかったな、誕生日」
マナブとインテリタスは空き地にあるコンクリート片に座り込んだ。普段は太陽光に照らされて暖かい石は、夕方であるからか冷たくなっていた。
インテリタスを今日一日連れまわしたにもかかわらず、成果はまるで得られなかった。少女の口から苦言は出なかったものの、マナブとしては消化不良だ。
空がピンク色に変化していく。これから、太陽が沈み夜が来る。せっかく、インテリタスがハッピーバースデーと言ってくれたのに、マナブはそれに返せなかった、という焦りがあった。少しずつ暗くなっていく空は、マナブのじれったさを反映しているかのようだ。
「……いっそのこと、誕生日、勝手にきめちゃうか」
今日よりも、陣の目に合うよりも以前。この世界が始まる前から破壊という概念はあったはずだ。それが生まれたのは途方もない昔だろう。インテリタスには生まれたという意識すらないまま、壊すという行為が人類史に浸透して、そして今、身体を得て初めて誕生について関心を寄せている。
ならば、インテリタスが自分自身を見つけた日、その日を誕生日としてもいいのではないだろうか。
「きめる」
誕生日が気になった日ってこと、とマナブは言った。自分の存在について認識したその日を誕生日にしないか、とマナブはインテリタスに提案する。
「だから、インテリタスの誕生日は九月十四日」
「きょう」
「そう。……あの日がいいとかこの日がいいとかは無しだからな。ほとんどの存在はなんでもない日に生まれてくるんだから」
この世の誰もが、自分が生まれたい日付には生まれてこないもんなんだよ。まあ、仕込んだ日によっては狙って産めることもあるかもしれないけど、生まれる側は日にちを選べずに、なんでもない日に生まれてくるんだ、とマナブはインテリタスに語った。
「しこんだ」
「そこ拾うなよ。──インテリタス、ハッピーバースデー」
その言葉を口にして、マナブは溜飲が下がる。そして、インテリタスの幸せを願う言葉がある、そう思うと思いがけずに頬が緩んだ。
「来年も一緒にいたら、またハッピーバースデーって言ってやるよ」
インテリタスはマナブに頷き、そしてマナブが予想をしていないことを返してきた。
「マナブも」
人で非ざる者の言葉の意味を想像するのは難しい。しかし、今のインテリタスの言葉は、マナブも誕生日を決めようという提案であると解釈して良いのではないだろうか。昼間に、僕も誕生日がない、とマナブが発言したのをインテリタスは覚えていたのだ。
──ないわけじゃないんだろうけど。
自らが親から分裂したのか、培養されたのか、どのようにして生まれたかはわからないが、マナブにも生まれた日があるだろう。それを祝うとか、なにか幸せなことを願われるその前に、気が付いた時には一人で宇宙船に乗せられていたのだ。親からかけられた言葉はただ一つ、故郷のために働きなさい……。マナブにとって、誕生とは親のコマになる事でしかない。
「……じゃあ、僕も誕生日、決めようかな」
「きょう」
「インテリタスと同じ日になるじゃねーか」
「うん」
「うんじゃない! 記念日じゃないんだからな!?」
一緒にしてどうするんだ! とマナブは慌てた。誕生日を同じの日に決めましたなんて、二人で示し合わせたと受け取られるに決まっている。
慌てるマナブを気にせず、インテリタスはマナブにハッピーバースデーと声をかけてきた。
そんなわけで、マナブの誕生日はインテリタスと同じ九月十四日になってしまったのである。
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