スーパーボールとしだれ花火
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。キラキラが好き。スーパーボールはラメが入っているからキラキラ。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。女児と手をつなげた役得な男。
夜に近い夕方の光はこうもどうして、怪しく煌めくのだろう。時間の隙間でにじむ色のついた光たち、それから祭りという非日常を照らし出す灯が相まって街を異界へと変えていた。並んだ赤い提灯が照らす商店街の並びは普段のそれとは違い、黄金色に輝いている。りんご飴、テカテカ光るお面、ヨーヨーすくい──すべて、この特区という街にやって来たばかりの少女の目にはキラキラと光って見えているはずだ。
赤い金魚の柄の浴衣を着せられた少女が祭りの灯りを前にして立ち尽くしている。小銭の入ったピンク色の巾着を片手に、もう片方には保護者面した青年の手を握って。
インテリタスとマナブは南地区メインストリートで行われている祭りに遊びに来ていた。縁日を見たことも聞いたこともない少女に特区の夏祭りを見せてきて欲しいとマナブは保護者の陣の目から頼まれたのである。報酬をはずむと聞き、マナブは二つ返事でその頼みを聞いた。なにもモンスターの討伐に行くというわけではない。縁日まで行き、何か二人で食べ、直し屋へと帰ってくれば良い単純なミッションである。懸念事項はインテリタスが出店の商品を食らいつくしてしまうことだが、生憎、陣の目からはたっぷりと予算を貰って来ているからに、マナブは懐事情を気にする必要はないのだった。
マナブは手を握っているインテリタスを伺う。白地に赤い模様の浴衣を着せられ、少しの駄賃が入った手提げを持ち、サイズの合わない下駄を履かされている。インテリタスははたから見ればただの子供だ。外見からはこの小さな女の子が、特区を跡形もなく破壊できるような力を持っているとはわからないだろう。日常と非日常、正常と異常が混ざった特区っぽいシチュエーションだなとマナブは内心思う。
「人が多いから離れるなよ」
「はなれない」
そう復唱したものの、輝く路地はインテリタスにとっては大きな宮殿の廊下と同じである。見慣れないものは少女の目を奪い、不可思議な出し物の虜となる。ぼんやりとした灯りとそこに並べられた商品に惹かれ、二人の手はすぐに離れた。カランと少女の下駄が鳴り、一歩、二歩、とインテリタスはマナブの先を歩きはじめる。
物を壊さない分には多少好きに歩かせてもいいだろう、とインテリタスが合わない下駄でたどたどしく歩く様子をマナブは見守った。きょろきょろと周りを見渡しながら瞳にオレンジ色の世界を反射させている分には、初めて祭りに赴いた少女そのものである。その好奇心を奪うほど、マナブは野暮ではなかった。自分だって、特区に来て日の元を歩いた時には見たことがないものに感動して、夢心地に過ごしていたのだから。
そのうち、一つの露店の目の前でインテリタスの足は止まった。
少女に近寄ってみれば、それはスーパーボールが浮き沈みしてぐるぐる回っている水槽の前だった。ピンクのラメ入りスーパーボールがお気に召したらしい。その珠の動きをじっと観察し、そしてマナブの様子を伺い、どうにかしてそれを手に入れようかと考えているようにも見えた。
──小銭の使い方を教えるの忘れてたな。
インテリタスはスーパーボールをを手に入れる方法がわからない。貨幣文化という概念をまだ知らないらしい。ピンク色の巾着の中にいくらか小銭が入っているはずだが、それがスーパーボールとどのように結びつくのかがわからないのである。三百円、と話しかける的屋とマナブの顔を交互に見るインテリタスの巾着から小銭を取り出し、マナブは交換したタモを少女に渡した。
「いいか、スーパーボールを手に入れるにはこれで掬って取らなくちゃいけないんだ。破れるまで使ってもいいけど、破れたら負けだ。……わかったか?」
マナブが和紙の貼られたタモの使い方をインテリタスに話す。インテリタスはマナブの言葉を真剣な眼差しで聞いている……ようにも見えるが、果たして通じているのだろうか。マナブもインテリタスがスーパーボールを掬う様子を観察する。しかし、案の定、ゲームのルールを教えたにも関わらず、インテリタスはスーパーボールを掬うことはできなかった。
この人で非ざる者、生まれ持った強大な力に反して、すこぶる要領が悪いのである。エネルギーと身体のバランスが悪いのか。一本目のタモはボールを掬う前から和紙が破れる始末。二本目は水の中に入れてそれきり和紙がどこかに消えてしまった。しかし、その破れたタモさえ興味深そうに眺めているのだから、楽しみのコストパフォーマンスは良さそうだが……。
あー残念だねー、と出店のおやじが苦笑する。祭りではよくあることだが、今日のマナブにはその言葉が妙に腹立たしく聞こえた。
──子供相手なんだから、一個くらいスーパーボールをサービスしてやってもいいだろうがこのタコが……!
残り一本になってしまったインテリタスのタモにマナブは細工をした。こっそりと指先を解かしてタモに触れる。水の身体を這わせて、和紙をコーティングするのはマナブ自身だ。タモの和紙、それからインテリタスの指先からまで透明な膜が張った。的屋には悪いが、インテリタスは初めて祭りに来たのだから、いい思い出を持って帰るくらいは許されるだろう。
「もう一回やってみて。……掬えるから」
インテリタスがマナブに促されてタモを水に浸した。さっきまでの下手くそな掬い方が嘘のように、──それはマナブの手がスーパーボールを掬ったのも同じだったが──インテリタスのお椀にはいくつかスーパーボールが入っていた。
タモに薄く張ったマナブの水の身体を、インテリタスがじっと見つめる。その口が何か言う前に、マナブはしーっと指で少女に合図をした。
***
大きな破裂音と共に空に大輪の花が咲いた。赤、黄色、緑。珍しくも青。爆発音に釣られて二人は空を見上げた。花火は祭りを彩るメインイベントのの一つである。インテリタスの力同様に火薬が破裂しているだけなのだが、彼女が作り上げるのとはわけが違う、匠が作り出す性質の違う爆発だった。
「すっげー。あれ全部火なんだぜ」
煙を漂わせて消えた花火を指さし、マナブはインテリタスを見た。少女は巾着とスーパーボールを握り締めて空を仰いでいる。ピンク色の瞳にはカラフルな光が映る。マナブの言葉は無視されたものの、悪い気分ではない。インテリタスをここまで驚かせられたのは、祭りに連れてきた甲斐があったというものだ。
その目に光の華を映して天を仰ぎ過ぎたらしい。バランスを崩したのか、運動神経の悪い化け物は石畳に躓いてよろめいた。サイズの合わない下駄も悪かった。インテリタスの身体はつんのめって前に倒れこむ。
「ほら、気を付けろ──うっわ!」
マナブが辛うじて抱き留めたのは少女の身体だけで、巾着やらスーパーボールやらは道へと投げ出されてしまった。インテリタスの手を離れたラメ入りのボールがキラキラ輝き道を跳ねた。どういった力の加減だろう。地面から弾けて離れたゴム玉は夜の空、彼方へと飛んで行く。阿保みたいにすごいスピードで。
弾けた先には大輪に咲いた花火があった。その火で彩られた花に飛ばされたスーパーボールが突っ込み、──割れるはずのない火で作られた花は四方に砕けて散らばった。
ズバコン。バチバチ。
綺麗な丸を形作っていた花火は崩れ、隕石のように火の尾を引きながら花びらが祭りの道に降り注ぐ。一瞬にして、悲鳴が上がり、祭りは阿鼻叫喚である。
「何やってんだよお前~~!」
この後、責任を追及されるマナブの叫びが祭り会場に響いた。
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