でっど おあ あらいぶ
水の宇宙人マナブと破壊の概念インテリタスが紡ぐ連作短編です。
■いる人
インテリタス…破壊の概念。少女の姿を得た。人間勉強中。テーマカラーピンク。
マナブ…水の宇宙人。美青年。世話焼き。バンドのベーシスト。テーマカラーアクアブルー。
モーリス…マナブの友人。カフェの店主。
『しぬ』
店のカウンター内に置いてあるチャット端末には新着メッセージを告げるポップアップが溢れていた。その全てが水の宇宙人からの救命要請である。暑くて死にそうだという旨の救難信号が大量に流れ込み、モーリスは辟易していた。
毎夏の事だというのにマナブは夏に対して見積もりが甘い。暑さに弱いならばそれ以前に自宅を要塞にしておけばいいことだ。クーラーを整備し、水をたんまり常備し、裸にでもなって寝転がる準備でもしておけばいいものだが、それをしないのは、その顔に免じて誰かが助けてくれる、と高をくくっているのか、実際に死にはしないからか。
モーリスがマナブと初めて出会った時、彼は水の姿をしていた。どこからともなく現れた液状のモンスターは言葉によって人間の男の姿を得たのである。しかし、水の宇宙人の性質は人間の姿になっても、なお引き継がれていた。形が崩れた所で蘇る、破裂したところで凝集する。きっと、蒸発して小さくなった身体でも、水をぶちまけてやれば復活してくるだろう。十年の付き合いでモーリスはマナブの生態を完全に理解していた。反対に、自分の体質について高をくくっているのはマナブの方だった。だからこうして、十年も変わらずに熱中症になる間抜けな生活を送っているのである。
カウンター内に適当に置いた端末に光る通知。『暑い』『助けろ』『死んでしまう』『……』。最後の通知は無言のメッセージで、気を引こうとでもいう作戦に違いない。
さて、普段通りに面倒をみてしまうか、自業自得だと突き放してしまうか……。後者を選ぼうとしたものの、モーリスの頭の中のバンドマスターが『俺のベースを殺すんじゃねえよ!』と小言を言い放つ。やっとの思いで探し出したベースパートである。モーリスにとっても、メンバーの一人が抜けるのは痛い。
致し方ない。助け舟を出してやろう。友人だ。水でもぶちまけてやるというのが優しさだろう。我ながらお人よしである……、とモーリスが自分自身に呆れてため息をついたその時だった。
「今から、かき氷十五個用意できる?」
非常に時間のかかる注文がカフェに飛び込んできたのだ。
***
冷たい汗をかくプラスチック容器の中で、かき氷は半透明の鉱石のようだった。ピンク色に反射する小さな氷の山を見て、少女は目をキラキラと輝かせている。
「君はこのかき氷と水を持ってマナブの家に行く。……そのピンク色のかき氷は君にやろう」
「おつかい」
「頼めるか?」
少女はモーリスの言葉に対してこっくりと頷いた。少女の名はインテリタス。マナブの知り合いの人で非ざる者である。モーリスと直接話したことはないに等しい。しかし、マナブが普段から懇意に接しており、信頼に足るだろう。その点では、モーリスはマナブの感覚を信用していた。
面倒な注文を捌いているモーリスの店の前をインテリタスが通りかかったのは先ほどのことだ。マナブが先日、インテリタスを家に招いたと聞いた。家の所在はわかっているはずだ。急な注文で厨房がフル回転している所にマナブの知り合いの少女が現れたのはこれ幸い。モーリスは少女に対して、おつかいを頼んだのである。
無表情のまま、少女は首をぶんぶんと縦に振った。かき氷で釣ったのは正解だったようだ。カフェのテーブルに座って、少女がかき氷を無心に食べている。見た目の年相応に振る舞う様子を見ていると、モーリスは少女がまるで人間の女の子であると錯覚してしまいそうだった。その身の内にどのような業を溜めこんでいるのか、見た目からは把握しようがない。
「マナブが死ぬ前に頼むぞ」
「マナブ、しぬ」
「……」
なんとも危うい初めてのおつかいであるが、致し方がない。モーリスは水のペットボトルとかき氷を持たせて、インテリタスを見送った。
***
マナブの家のチャイムを鳴らしたが返事はなかった。不在だろうか。いや、カフェの店主はマナブは家で救援物資を待っていると言った。この暑さだ。インテリタスンも、暑さに弱いマナブは家の中にいる、と思う。中で倒れているのだろうか。あるいは、すでにもう蒸発してしまったのか。使いを頼まれた以上、依頼をしてきたカフェの店主には、その結果は報告をした方が良いだろう。インテリタスは家の中を確かめねばなるまい。
インテリタスの両手はふさがっている。ドアの鍵が開いていても、これではドアは開けられない。インテリタスはいくらか逡巡した後、玄関にかき氷を置いてドアノブを回した。開いている。ドアを開けて、かき氷を持ち、水を運び入れ、その後にインテリタス自身が玄関へと入る。その一連の動作すらインテリタスの身体にとっては煩雑な動作だった。インテリタスにはまだ、人間の身体の使い方がわからないのだ。ドアを壊して中を確認できればどれだけ良いことか。しかし、人間は家を壊して中の住人の安否を確認はしないのだ(一部例外を除く)。
「マナブ」
このところ頻繁に呼ぶようになり、なかなか上手に発音できるようになった名前をインテリタスが口にした。返事はない。
暗い部屋には生温い空気が漂っていた。冷房が効いていないのか、夏の部屋の特有の冷たさはない。とくとくとく、と何かが零れる音が響いている。インテリタスが一歩踏み出すと、床が一面水で濡れていた。靴に水がじんわりと染み込む。部屋の中を見渡すと、シンクから水が零れ落ちていた。さらに先を辿ると蛇口が開け放されている。家主はこの部屋を湿らせているのだろうか。
水びだしになった床の向こう側、ワンルームの窓際のベッドに目当ての人間がいた。
踏み出すべきか。またも、逡巡。結果、インテリタスはその場で男の名を再び呼んだ。
「マナブ」
インテリタスの声に男は唸っただけであった。呼んでだめならば、インテリタスの方から出向くしかない。じゃぶじゃぶと靴下に浸潤する水を蹴りながらベッドの傍に近づく。果たして、普段からこの家の床は水びだしなのだろうか。ベッドの縁までたどり着くころには、靴下もスカートの裾もじっとりと湿った状態になっていた。
ベッドの上には世にも美しい顔をした男が眉根を寄せながら倒れ込んでいる。普段見ることのできない額の上で、前髪がぐしゃぐしゃと踊る。美しい男は乱れていても美しい。インテリタスがその美しさに価値を見出せなくても。
溶けかけたかき氷二つとミネラルウォーターのペットボトルをベッドのわきに置く。そのボトルのうち一つの蓋を開け、それから、男の顔に中身をぶちまける。顔にかけてやれと指示を出したのはモーリスである。
顔からシーツ、水浸しの床に水が跳ねた。部屋が水びだしなのだから、ベッドが濡れても構わないだろう。
「うっわっ」
男が身じろぎした。顔面に降り注ぐ液体に身体を跳ねさせつつ、それがみずだとわかると笑みを浮かべてバシャバシャと顔にかけ直す。
「冷たい、気持ちいい」
「なんだモーリスやっぱり来てくれたのか」
「冷たー。こんなに早く来てくれるだなんて思わなかった」
「サンキュー」
友人が助けに来たと、すっかり油断しきったマナブは間断なく言葉を紡ぐ。はしゃぐマナブに、インテリタスは声をかけた。
「かきごおり」
抑揚のない高い声は友人のそれではない、とわかると、マナブは睫毛に彩られた目をかっ開きつつ跳ね起きた。背を壁にぶつけるくらいに勢いよく後ずさり、そのまま本当に背中を壁にぶつけた。
「な、おま、インテリタス!」
「はい」
マナブの動揺を知ってか知らずか、インテリタスは青いシロップのかかったかき氷を差し出す。
「しぬ、まえに」
殺し屋か救済者か、マナブにはどちらに見えただろうか。
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