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どうしていいのかわからない。何がしたいのかわからない。そんなこと誰だってあるよ

 三章


 待ち合わせ場所のドーナツショップで律輝の横に座る康彦は、ガチガチに緊張していた。律輝は苦笑いする。

「そんなに固くならないで。レイナちゃん、ちょっと乱暴な言葉を使うこともあるけど、基本的には優しい子だよ」

 だが、康彦の緊張はほぐれない。

「‥‥僕、まともに女の子と話したことないんだ。何を話せばいいのかわからない‥‥」

「大丈夫。レイナちゃんは話し上手だから」

 そこに玲奈が入ってきた。もう卒業式が終わり、高校の制服を着ることはない。今日の玲奈は私服の派手なギャルファッションだった。康彦にとってド真ん中のストライクゾーンだ。完全に舞い上がっていた。

 ―やっぱりきれいだ‥‥アイドルみたい‥‥—

 律輝が手を振ると玲奈は席にやって来て向かい側に座る。

「リッキ君こんにちは。卒業式以来だね」

「うん。レイナちゃん、今日はすっごくきれいだね。男たちが群がってきそうだ」

「えへへ。リッキ君に会うからオシャレしてきたんだ」

 律輝は玲奈に見惚れている康彦を見る。

「これ、特進科の大沢康彦君。僕の友達」

「ああ、見たことある。大沢君こんにちは」

 ガチガチの康彦はロボットのようなぎこちない動きで頭を下げる。テーブルの下で「しっかりしろ」と言わんばかりに、律輝は康彦の脇腹をつついた。

「大沢君はね、ギャルについて知りたいんだって」

 康彦はパニック状態になった。こんな話をするなど事前に聞いてない。律輝が話をリードするから、それについてきてくれればいいということしか聞いてない。

 玲奈は小首を傾げて康彦を見た。

「ギャルについてって、どんなこと?」

 何かを言わねばならない状況だった。康彦は頭をフル稼働して、とっさに思いついたことを言う。

「‥‥あの‥‥ギャルというのは体系的に見ると、21世紀初頭ぐらいに発生したものなんでしょうか‥‥」

 蚊の鳴くような、震えた声だった。律輝は大笑いした。

「そんなに難しく考えなくていいよ。ギャルっていうのは、レイナちゃんみたいなカッコして、人生を楽しく生きている子たちのこと」

 玲奈は困ったような顔をしている。そこに、律輝のスマートフォンが鳴った。画面を見た律輝は申し訳なさそうな顔になった。

「コウ君が厄介なことに巻き込まれたみたい。ごめん、僕、行かなきゃ。後は適当に2人で盛り上がっといて」

 そう言って、さっさと店を出てしまった。

 玲奈はため息をつくと康彦を見た。

「それで、あたしに何を聞きたいの?」

 康彦は懸命に考えた。玲奈と何を話せばいいのか。だが、何も浮かばない。考えれば考えるほど、迷路に入ったように訳がわからなくなった。自分はどうすればいいのか、なにがしたいのか。これほどの頭の空白状態は、難しい問題集を見たときでも経験したことがない。

 長い間何も言わず、赤い顔でもじもじするだけの康彦を見て、玲奈はだんだん腹が立ってきた。せっかくオシャレして来たのに、どうしてこんな奴と一緒にいなければならないのか。

「ねえ、あんた、何か言いなさいよ」

 不愛想な声に康彦はテーブルに両手をついた。

「‥‥すみません‥‥何を言えばいいのか本当にわからないんです‥‥こんなときに矢村君なら、楽しいことでも言えるんでしょうけど、僕にはできません‥‥」

 このウジウジした男にこれ以上、付き合いたくない。そう思った玲奈は席を立とうとした。だが、なぜだか康彦から目が離せない。

 ―こいつ、一体何なの? 何が言いたいのか、何がしたいのか、さっぱりわかんない。まるで‥‥—

 そして、気がついた。

 ―あたしと一緒だ‥‥お父さんからはあたし、こんな風に見えてたんだ‥‥—

 玲奈の肩から力が抜けた。浮きかけた腰を元に戻す。

「あのねぇ、別にリッキ君と比べなくてもいいでしょ? あんたはあんたなんだから」

 固まっている康彦から、玲奈はどうして自分と会うことになったのか、いきさつを聞き出した。康彦はぎこちないながらも、律輝と圭介がうらやましいこと。彼女が欲しいけど、女の子と何を話せばいいのかわからないこと。実は女の子の好みはギャル系だったこと。康彦は質問に正直に答えた。

 玲奈は自分と康彦は全然違うようで、何となく似ていると思った。アドバイスしてやる気になる。

「女が男を選ぶ条件は1つだけ。自分がカッコいいと思える男かどうか。あんた、女にカッコいいと思わせるところある?」

 康彦は肩を落とした。

「ありません‥‥見かけはこうだし、スポーツは苦手だし、自慢できる特技や趣味もないし‥‥」

 しかし、玲奈は意外なことを言う。

「あんた特進だろ? 勉強があるじゃない」

「勉強なんかで女の子がカッコいいと思うんですか?」

「中途半端に成績がいいぐらいじゃダメよ。でも、いつかリッキ君に聞いたけど、あんた、1年生のときからずっと学年で1番なんだろ? それってカッコいいよ」

 しかし、康彦に明るい兆しは見えない。

「‥‥でも、僕、スレスレなんです。2番の矢村君はすぐ後ろにいます。矢村君は彼女と一緒にいたり、学校の人に何かあれば助けに行ったりして、僕より勉強する時間が短いはずなんです。それでも、すぐ後ろなんです。矢村君、4月からは予備校の大学受験講座に行くから、そうなれば僕なんかすぐに抜かれてしまう‥‥」

 康彦の悲観的な考えに玲奈は少し怒っていた。

「あんた、リッキ君に負けたいの?」

 康彦は首を横に振る。玲奈は次第に優しい目になった。

「だったら頑張れよ。高校3年間で一度も1番を明け渡したことがないなんて、あたしはすごくカッコいいと思う」

「‥‥そうですか?」

「そうだよ」

 しばらく康彦は黙っていたが、少し頬を赤く染めてつぶやいた。

「僕、頑張ります。頑張って、鈴本さんがカッコいいと思う男になります」

 それを聞いて玲奈は笑った。

「あんた、あたしを狙ってるの? 格が違うよ。あんたにとって、あたしは高嶺の花なんだよ?」

「もちろん、わかってます。でも、希望だけでも持たせてください‥‥」

 いつの間にか、玲奈はこのさえない優等生と話すのが楽しくなっていた。

「まあ、希望を持つのは勝手だから、いいけどさ‥‥」


 2人は一緒にドーナツショップを出た。玲奈が帰ろうとすると、康彦は固い顔で呼び止める。緊張しているようだった。

「あの‥‥また会ってもらえませんか? 鈴本さんとお話ししていると元気が出るから」

 玲奈は康彦をにらみ、そして笑った。

「あんた、意外とちゃっかりしてるね。スマホ出しな」

 こうして2人は連絡先を交換した。玲奈は帰る方向に歩き、ドーナツショップから数十メートル離れたとき、何気なく振り向いた。すると、康彦はまだ別れた場所に立って、玲奈に大きく手を振っていた。満面の笑みだった。思わず玲奈も微笑んだ。



 玲奈は帰り道を歩きながら康彦のこと、大学のことを考えていた。

 ―変な奴だけど、結構楽しかったな‥‥あいつにあれだけ偉そうなこと言ったんだから、あたしもちゃんとやんなきゃ。三流大学って言われてるけど、毎年まともな就職をしてる連中もいるんだから、頑張れば何とかなるかな―

 全然興味のなかった大学生活に、玲奈は少しだけ興味を持ち始めていた。



 康彦と玲奈が出てきたドーナツショップの向かい側にあるカフェで、律輝と紗里はコーヒーを飲んでいた。

 先ほど律輝のスマートフォンに入った水巻航からという連絡は、実は紗里が入れたものだ。律輝は人づきあいが苦手な康彦と、道に迷っている玲奈に、誰も挟まず本音で話をしてほしかった。そうすれば、お互いに何かが生まれるのではないかと思っていた。

 紗里はあきれたように言う。

「どうして、あたしが鈴本の悩み解決を手伝わなきゃいけないの?」

「いいじゃない。レイナちゃんのこと、別に嫌いじゃないでしょ?」

「それはそうだけど‥‥」

 そして、感心した顔になる。

「それにしても、よく鈴本が進路に迷ってるってわかったね」

「何となく。レイナちゃん、生意気なギャルって言うイメージだけど、本当は繊細で甘えん坊なんだ。自分で道を切り開くような力強さはないけど、与えられた世界で自分の力を発揮することは、十分できると思う」

「ふーん。人をちゃんと見てるんだね。やっぱり、警察官、向いてるのかな?」

「そうだといいけど」

 そう言って、律輝は飲んでいたコーヒーを飲み干し、空のカップをテーブルに置いた。

「大沢君とレイナちゃんのことは、これでおしまい。これからは僕たちの時間だ。今からどうする?」

「今日は車で来てるから、どこにでも行けるよ」

 律輝はうれしそうな顔になった。

「じゃあ、海に行きたい。海を見ながらサリとイチャイチャしたい」

「いいね。じゃあ、行こうか」

 輝くような笑顔の律輝と紗里は、同時に椅子から立ち上がった。


まだ本編を完結させるかどうかは決めていませんが、何となくスピンオフを書いてみました。

勉強以外はまるでダメなガリ勉康彦と、見た目は陽気なギャルだけど、実は道に迷っている玲奈の化学反応。いかがでしたか?


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