彼女が欲しい優等生
「ミッドナイトノベルズ」に掲載している『ウチの学校の番長は特進科2年生』のスピンオフです。
性描写や暴力描写がないので、うっかり「小説家になろう」に投稿してしまいました。
興味のある方は「ミッドナイトノベルズ」の本編もご覧ください。
一章
卒業式の数日後。昼休みに矢村律輝、谷川圭介、大沢康彦の3人は特進科の教室で一緒に弁当を食べていた。
これまで、昼食は律輝は紗里、圭介は千里と食べることが多かったが、紗里と千里は卒業してしまったので、卒業式以降は3人で食べることが多い。
弁当を平らげた康彦は、ペットボトルのお茶を飲み干した。
「谷川君、新山さんって、もうすぐ実家に帰っちゃうんだよね?」
「うん。大学の入学準備しなくちゃいけないから、3月の半ばには帰る。今は少しずつ引越しの準備をしてるところ」
圭介が交際中の新山千里は、ソフトボールのために県外から太陽学園高校にやって来たスポーツ特待生だった。
2年生のとき膝を負傷してしまい、ソフトボール部を退部したので、ソフトボール部の寮を出た。3年生の間は故障で競技をあきらめざるを得なかった生徒のために、救済策として学校が用意したワンルームマンションに住んでいる。
「いよいよ遠距離恋愛が始まるんだね」
そう言う康彦に、圭介は少し照れた顔になる。
「そうだけど、大学に入学して落ち着いたら、チサトはアルバイトしてお金を作って、僕にちょこちょこ会いに来てくれるって言うんだ。新幹線に乗れば1時間ちょっとだから」
「ひゃーっ、熱いなー」
康彦はうらやましそうだった。次に律輝を見る。
「矢村君は九重さんと遠距離恋愛じゃないけど、やっぱり会う時間は減ったでしょ?」
ゆっくりと弁当を食べ終えた律輝は笑顔になった。
「減ったけど、その分、会ったときは濃密だよ。サリ、張り切ってすごいオシャレして来るんだ」
「九重さん、背が高いからカッコいいんだろうね」
「うん。カッコいいよ。明らかに僕の方が見劣りしてる」
康彦はうつむいて、ため息をついた。律輝は康彦の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「‥‥2人ともいいなぁって思って‥‥」
律輝はニヤリと笑った。
「もしかして大沢君、彼女が欲しいの?」
顔を上げると、康彦はあわてて首を横に振る。
「そういう訳じゃないよ。僕たちは4月からいよいよ受験生になるから、今は勉強に集中して、彼女は大学に入って作ればいいんだ」
「でも、僕と谷川君がうらやましいんでしょ?」
少し頬を赤らめて康彦は再びうつむく。
「‥‥それは‥‥うらやましいよ‥‥九重さんはちょっと怖いけど美人だし、新山さんはかわいいスポーツ少女って感じで、2人とも人に自慢できる彼女だと思う‥‥」
圭介が興味津々といった顔になった。
「大沢君はどんなタイプの女の子が好みなの? もしかして、ウチの学校の中にタイプの子いる? いなければ芸能人でもいいから教えてよ」
康彦の顔はますます赤くなっていく。だが、圭介はグイグイ攻めていった。
「誰にも言わないから教えて」
しばらく康彦は黙っていたが、周囲を見回して誰も聞いていないことを確認する。
「‥‥絶対、誰にも言わない?」
「言わない。約束する」
律輝も非常に気になる話だった。
「僕も誰にも言わない」
今や康彦の顔は真っ赤になっている。
「‥‥あくまでタイプだからね。個人を特定している訳じゃないからね‥‥」
そして、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「‥‥普通科の岸本優さん‥‥」
「えーっ!」「えーっ!」
律輝と圭介の大声にクラスの仲間は一斉にこちらを見た。律輝は立ち上がって「悪い悪い」と言いながらみんなに頭を下げた。クラスメイトは再び自分たちの会話に入っていく。
2人が驚いたのも無理はない。普通科2年生の岸本優は校内のギャルグループのメンバーで、グループの中でもずば抜けて容姿が良い。バッチリメイクすればタレントの卵と言ってもいいほどだ。
「大沢君、ギャルが好きなの?」
圭介はまだ目を丸くしている。見るからにガリ勉タイプの康彦が憧れるなら、清楚な美少女タイプと思っていた。予想は完全に外れた。
一方の律輝は困り顔になっている。
「うーん。紹介してあげたいけど、ユウちゃん彼氏がいるんだよなぁ。って言うか、ギャルグループのみんなは、大体彼氏がいるもんなぁ」
康彦は懸命に手と首を振った。
「いいよいいよ。紹介なんていいから」
しかし、康彦を無視して律輝は腕を組み、ギャルの該当者がいないか考えていた。そして、ひらめいた。
「あっ、レイナちゃんが空いてる」
そして、笑顔になった。
「卒業した鈴本玲奈ちゃん、知ってるでしょ? あの子かわいいし、ギャルだし、今は彼氏いないよ。歳は1つ上だけどいいでしょ?」
玲奈のことは康彦も知っている。律輝と一緒にいるときに話しかけられたことがある。それまで遠くから見ていただけだったが、近くで見ると、こんなにかわいい人が世の中にいるんだと思った。あのときは緊張して、一言も話すことができなかった。
実は康彦が憧れていたのは玲奈だった。卒業してしまったので岸本優の名前を出しただけだ。
律輝はスマートフォンを取り出して、タッチパネルを触っている。
「善は急げって言うから、早速セッティングしてあげる。大沢君、今度の日曜日でいいよね?」
「セッティングって何⁉ 矢村君、どこに連絡してるの? 待ってよ、そんなの無理だって。絶対無理に決まってるって!」
焦る康彦をよそに、律輝は玲奈に連絡を取り始めた。