夜の供物(よるのくもつ)
夜がようやく街に落ちた。
エリアスは寺院の主ホールで、何人かの神官や従者たちと夕食を囲んでいた。料理は質素ながら味わい深く、狩猟肉が濃い香辛料と一緒に煮込まれ、湯気を立てる野菜が添えられていた。彼は三人分は食べただろう——砂漠を出てから、初めてのまともな食事だった。
その後、浴室へと向かった。そこは広々とした空間で、中央には温かい湯が張られた浅いプールがあり、周囲を石の柱と古びたモザイクが囲んでいた。蒸気が乾いた花と塩の香りで空気を満たしていた。エリアスは、まるで世界の胎内に戻るかのように湯へ沈み込んだ。
最初のうちは、その静けさが心地よかった。だが、体の緊張が熱でほぐれていくにつれ、どこか孤独な感覚が忍び寄ってきた——神官アルティの助言とは裏腹に、ここには彼しかいなかった。
胸の印をなぞるようにゆっくりと指を滑らせ、水中でこする。まるでそれを消し去りたいかのように。「誰がこんなことを……?」彼の脳裏に浮かぶのは、砂漠で見たヴェラの姿だった。敵や嵐を前にしても決してまばたきしなかった彼女が、あの朝だけは違っていた。目に宿っていたものが、妙に心に引っかかっていた。
風呂を終えると服を着替え、部屋へと戻った。すでに太陽は完全に沈み、寺院の中には廊下の蝋燭の列だけが灯りとなっていた。影が壁に揺れ、まるで建物そのものが呼吸しているかのようだった。
部屋に入ると、彼はベッドに背中から倒れこんだ。天井を見つめながら、思考が絡まり続けた。何か、計画を立てなければ。「本当に……こんなの抱えたまま、帰っていいのか?」
世界はどんどん奇妙になっていく。まず戦争、次に砂漠、そして今度はこの忌まわしい印——たった三ヶ月の間に、あまりにも多くのことが起こりすぎた。
カン、カン、と軽いノックが彼の思考を中断させた。窓の外からだった。
エリアスは軽く唸りながら起き上がり、カーテンを開いた。外には、オリンとリアンがいた。二人はまるで悪戯を企んだ子供のような笑顔を浮かべていた。
「おう、お姫様。糸車にでも指刺したか?」と、リアンが言いながら、もう窓から部屋に入り込んでくる。
「くだらないこと言うなって。エリアス、まともな服を持ってきた。着ろ」オリンが包みを投げる。
「出かける?どこへ?」エリアスは服を受け取り、戸惑う。
「お前の復活祝いに決まってるだろ!」
「街の東に、年中無休の店を見つけたんだ。毎晩営業。貴族も酔っ払いも入り乱れて、音楽、酒、踊り子、もうカオス」リアンが興奮気味に言う。
「じゃあなんで普通にドアから来なかったんだ?」エリアスが眉をひそめる。
「隊長に止められてな」オリンが即答。
「ヴェラ?」
「いや、ヴェラが起きたって知らせてくれたんだ。止めたのは紅紗団の団長だよ」
「で、何やらかしたのさ?」
オリンがリアンを睨む。
「……あそこの焼酎がうまくてな。なんだよ?」
「別に大したことしてねーのにさ」オリンがため息をつく。「“寺院に立ち入り禁止なレベルで狂ってる”って分類されたんだと」
「マジで?」
「ほんとだって!金ピカの姉ちゃんの命令に従っただけなのに、出禁だよ?」
「任務は簡単だった。北の丘にいる盗賊団を見つけるってやつ。リアンは見つけた。二十四人、全員殺した。一人でな」
「任務は任務だろ」リアンが肩をすくめる。
「とにかく……エリアス、準備を──って、もう着替えてる?」
「うん、話を聞きながら着た。十一日も寝てたし、一晩や二晩くらい起きててもいいよね」
「ははは!まあ、無理すんなよ。行こうぜ?」
「うん。聞きたいこと、いっぱいあるし」
エリアスは窓から飛び降り、三人は街の路地へと消えていった。
*
夜も遅くはないが、街の通りは静かだった。多くの家の窓には灯りが灯っていたが、路地にはまだ闇が支配していた。月明かりと星の光だけが、闇を薄く切り取っていた。
東へ向かって歩くにつれ、空気が変わっていく。曲がり角ごとに笑い声が聞こえ、半開きの扉からは不規則な音楽が漏れ、人々が通りの真ん中で踊っていた。楽しげな者もいれば、ふらふらな者もいた。
やがて、赤い布のポーチがかかった広い建物の前に着いた。中へ入ると、広々としたホールが広がっていた。床には色とりどりの絨毯が敷き詰められ、空気は香と煙で重たくなっていた。
中央には小さなステージがあり、透けるベールをまとった女性たちが踊っていた。顔にはスカーフ、腰には鈴のついた装飾。動くたびに涼やかな音が鳴る。
給仕たちが金属の杯を載せたトレイを運び、甘いワインの香りが漂っていた。
「それでオリン……彼女がいるって聞いたけど。こんなとこにいていいのか?」
「まあ、ちょっとだけな。でも今日は俺のためじゃない。ある人に会いに来たんだ。彼女のおかげで、ボーレンは帰れた。エリアスにもチャンスがあるかもな」
「えっ?」
「そんな顔するなよ。お前には恩がある。お前らがいなかったら、俺は砂の餌になってた」
「……」
「ん?リアンはどこ行った?」オリンが辺りを見渡す。
「確かに。しばらく声聞いてない」
リアンは三つ前の通りで、適当な女性に酒を振る舞っていた。
「大丈夫だろ。あいつはいつもなんとかなる」エリアスが微笑む。
そして三人は、ある女性の前に辿り着いた。
彼女は小柄で赤髪。軽い革のベストに、補強されたショーツ、肩にかけたマント。腰には双剣が下がっている。
「こんばんは、カエリスさん」オリンが挨拶する。「お会いできて光栄です」
「オリン、こっちもだ。あの変な友達は?」
「今はどっかで迷ってる。でも今日は別の奴を連れてきた。こいつがエリアス」
彼女はほんの少し眉を上げたが、それは目立たなかった。
「エリアス・サーン。よろしく」
「カエリス。こちらこそ」
三人はステージの近くにある低いテーブルに腰掛けた。新しい音楽が始まり、リズミカルで官能的な旋律が流れる。
「誰かと話せるのは嬉しいわ。今夜は仲間がいなくてね。さて、話したいのは何?」
「家に帰る方法を知りたい」
「いろいろあるわね。ボーレンは知ってる? 彼はドラエルポート行きの隊商に乗ったわ」
「で、俺には何が残ってる?」
「“残る”って発想が違うのよ、坊や。すべては時が来れば動き出す。ちょうど一週間後、新しい隊商が来る。マエリン行きよ」
エリアスはオリンを見たが、彼は肩をすくめただけ。
「ヴェリディオンの南よ。今のあんたに行ける最も近い場所」
少し沈黙があり、それからエリアスが聞いた。
「オリン、ヴェラが俺のこと何か言ってた?」
「いや、起きたってだけ。なんで?」
(ってことは、印のことは知らないんだな……だからこんなに協力してくれてるのか)
「それで……代金は?」
「一通の手紙。マエリンの知人に届けてほしいの」
「それだけ?」
「ボーレンにはもっと頼んだわ。でもこの手紙は大事。カルドリスの紛争で、海を越えた通信はできない。商人たちもこんな手紙は届けないのよ」
彼女はワインを一口。給仕が三人に杯を配る。
エリアスは杯を持ち上げ、ほんの少し躊躇してから飲む。それは彼にとって、家を離れ、仲間と共に、こんな場所で飲む初めての酒だった。
「考えさせて」やっとそう返した。
「考えるって、おい……」と、オリンは唖然とした顔。
「そんなにのんびりしてる暇はないわよ、坊や。待てるのは私だけ。帰りたいのは、あんたでしょ? 他の誰かが先に受けたら、その時はもっと高くつく」
彼女は杯を持ち上げる。
「さあ……今夜を楽しみましょう、紳士たち」
ヴェラ、エリアスと喧嘩したのちにちょっと後悔。「……ってか、なんで服まで破ったのよ、私?」って反省して、少しでも元気出してもらおうと仲間たち呼んだ(べつに夜遊びさせるつもりじゃなかった)。