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魔法使いには向かない職業  作者: 有世けい
はじめての魔法使い
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今にも俺に飛びかからんばかりの勢いだったが、俺の優秀な部下により魔法で体を拘束されているようで、掴まれてるわけでも縛られてるわけでもないのに自由にならない体を男は更に気味悪がった。


「なんなんだよっ!?なんで体が動かねぇんだよっ!!」


喚いているのは片方の男だけで、もう片方の男は恐怖のあまり硬直してしまってるようにも見えた。

魔法を使えば今こいつらが何を考えてるかなんて容易にわかるが、魔法はそれなりに体力を消耗するのだ。

俺は必要以上の魔法を無駄に使うつもりはない。

従って、頼まれもしていないのに男達の心を読むことなどするわけもなく、連行してきた女だって、これ以上の拘束は必要はないと判断したので魔法で拘束なんてしていない。

手首を掴むという物理的拘束を解きソファに座らせた段階で、女の体は自由に動かせるはずだ。

まあ、妙な動きを見せたら魔法で捕縛すればいいだけのことだ。


「おいっ!何とか言えよっ!!」


男は騒ぐのをやめないが、この場において俺はあくまでも雇われた身だ。

クライアントを差し置いて対象者とどうのこうの交渉するなんてあり得ない。

だが、騒々しい男に俺が一瞥を投げると、それだけで男は黙り込んでしまった。

別に脅す意図などなかったのだが。


すると、大臣が「なんだ、やっぱり日本語が話せるんじゃないか」とやや呆れたように言ったのだ。


「でも、こんな感情的になるスパイなんて見たことありませんよ?」


副大臣は呆れというよりも嘲笑に近い言い方をした。

散々な言われようの男は、チッと舌打ちをしたがそれ以上は言葉を発さなかった。

ようやく己の役柄を思い出したらしい。

今さら外国人の設定に戻ったところで手遅れだが、他にぼろを出す前に口を噤むのは今できる最善策だろう。



「ずいぶんと見くびられたものだな」


年配の男が笑いながら苦々しく呟く。

彼は現役の議員ではないが、今回の法案を通すべく尽力しているメンバーの一人には違いない。

そして、今回の法案に表では賛成しながらも裏で反対してる連中の中心にいるであろう大物議員とは、長年の犬猿関係だった。


「それだけあちら側の人材が不足してるということでは?」

「そうですよ。きっと焦ってるんですよ。だって、そちら(・・・)に依頼したのに断られたんですよね?」


副大臣が俺に尋ねてくる。

MMMコンサルティングの名前を出さないところが彼の注意深さを物語っているだろう。

最終的に三人とも記憶を消去する予定なので別に社名くらい出してもらっても構わないのだが、それでも、彼の慎重な性格がそうさせるのは頷ける。

だからこそ、女がいったい彼の何をスクープしたがっているのかは想像できそうになかった。

この慎重な男に、世に知られちゃまずいことなんてあるのだろうか?

俺はその目をまっすぐ見返しながら答えた。


「ええ、そう聞いてます」


いくら大物政治家からの依頼でも、それを請け負うか否かの判断はMMMコンサルティングにあるのだ。

反対派であるその大物政治家からの依頼を俺が直接断ったわけではないが、少なくともMMMコンサルティングの上層部は否とした。


「ということはつまり、その時点で反対派に勝機はなくなったわけじゃないですか。だから焦ってるんですよ」


副大臣の意見に大臣も「それはあるかもしれないな」と同調した。

だが


「確かにそれもあるだろう。しかしそれだけではないかもしれない」


油断は禁物だ。


年配の男が若い後輩達に釘を刺した直後、大臣の男が俺に再確認してきた。


「本当にこいつらは黒幕を知らないのか?」


言外に、もう一度男達の心を読めと命じているのだ。

俺は言われるがまま、二人の男に意識を集中させたのだった。



耳鳴りがするとか、頭が痛くなったりとか、そんな異変は何ひとつなく、ただ普通に、俺の耳には男達の考えてることが聞こえてくる。

それによると…………



「………本当に何も知らないようですよ。威勢のいい方の男は、『知ってたとしてもここで教えるかよ、バーカ』とも言ってますが」


そう言うと、年配の元議員はクックックッと唇を閉じたまま笑った。


「ああ、でも………こっちの男は、今必死に隠そうとしてますが、先ほどから一人の男の名前を出してますね。その男は確か、某商社の創業家の人間だったはずですが…………どうやら今回の件がうまくいけば、中途採用してもらえることになっていたようです」

「や、やめろよ!俺はそんな人知らない!やめてくれ!おかしな言いがかりはやめてくれ!」


それまで黙っていた男が急に叫び出す。

おそらくは、ばれたら中途採用の件が流れてしまうのだろう。


「それ間違いないですか?」


俺の通訳に真っ先に食い付いてきたのは副大臣の男だった。

ずっと大臣や年配の元議員に遠慮するようにわきまえていたが、急に前のめりになったようにも見えた。


「間違いありません」


俺の即答に、「そうか……」と思案顔になる。

今のどこに彼の心をそそる事柄があったというのか不明だが、他の面々もそれぞれに納得した様子が見受けられた。

各々に心当たりがあるということだろう。

つまり、今回の法案が通ると困るのは政治家以外にも大勢いるということだ。

これまで曖昧に誤魔化せていた金の流れや、海外からの人の出入など、暴かれたら厄介な人間や団体、企業が、それを阻止するため躍起になっているわけだ。

もちろんMMMコンサルティング側は反対派の魂胆を見抜けないわけもなく、それを踏まえての依頼拒否だったのだが、ここまで反対派がお粗末となると、魔法などなくとも黒い思惑が露見するのは時間の問題だったのかもしれない。



「だがその男が絡んでるとなると、やはりあいつが黒幕である可能性は濃厚…………いや、ほぼ決まったようなものだな」


元議員が苦しそうに吐き出した。

ひょっとしたら彼は、長年の犬猿の仲である大物議員のことを心のどこかでは信じたかったのかもしれない。

自己の利益のために裏切ったりしないと。

彼らにしか理解できない関係性もあるのだろうと思っていると、そんな元議員のため息に重ねるようにしてネズミの一匹がまた叫びを上げた。


「違う!俺はそんな人知らない!勝手に決めつけるな!だいたい俺の思ってることを――――っ!?」


ネズミの喚き声は邪魔にしかならないので、俺はひと睨みしてその声を(・・・・)奪うことにした(・・・・・・・)

突然自分の声が聞こえなくなったものだから、男は驚愕し、間もなくその顔は恐怖に染まっていく。

俺は頃合いを見計らい、


「おとなしくしてたら後でもとに戻してやる」


そうひと言だけ告げた。

とたんにピシッと姿勢を正す男。


「いいな?おとなしくしてろ」


コクコクコクコと、壊れた首振り人形のように小刻みに頷いて、男は静かになった。



「いつ見ても便利だな、それ(・・)

「便利ですよね、それ(・・)


ほとんど同時にどこかコミカルな言い方で感心してきた大臣と副大臣。

そんな二人に、その場にいた他の人間から緊張の気配が薄まるのを感じた。

それは年配の元議員にも伝播し、彼の表情からは苦しそうな色は消え去っていた。

俺はその雰囲気で、ひとまずはここで区切りを打ってもよさそうに思えた。



「他に何かありますか?」


だいたいいつも依頼の終盤に尋ねる決まり文句だ。


「そうだな、これ以上探っても黒幕の名前が出てきそうにないなら、今日のところはここまででだな」


依頼者の代表である大臣からそう返答があったので、俺は任務を完遂させるべく、再度依頼人に確認する。


「では、予定通り対象者の記憶を消去しますが、よろしいですね?」


ざっと室内を見まわすが、誰からも待ったはかからなかった――――と思いきや、


「待ってください!」


俺が連行してきた女が、何もしゃべるなという指示を破って訴えてきたのだ。


「記憶を消すってどういうことですか?私は、」

「目の前でどんなことが起こっても何もしゃべるなと言わなかったか?」

「言われましたけど、さっきからおかしなことだらけじゃないですか!今の記憶を消すっていうのも何なんですか!?そんなことできるんですか!?だったら私の記憶も消すんですか!?」

「黙ってろ」


俺は男にしたように女を一瞥し、黙らせた。


「―――っ!?」


自分の声が出なくなった女は反動で息を吸い込んだようだ。

男とは違い身体の拘束魔法は施してなかったので、女は体をよじって立ち上がろうとしたが、すかさず警護担当者に物理的に拘束されソファに戻される。


「乱暴な目にはあわせたくないので、おとなしくしててくださいね」


人当たりのいい副大臣が俺に代わって女を説き伏せる。

俺は視界の端にその光景を捉えながら、ゆっくりと男達の前に立った。

そして一人ずつ、記憶の消去を行っていく。

手を当てたり指を鳴らしたり、魔法使いが魔法を使う際に用いる手法はさまざまだが、基本は何もしなくて構わないのだ。

だから俺も、ただ念じた。



”今日の出来事をすべて忘れろ”



それだけでじゅうぶんだったのだ。

二人の男は俺が目の前に立った瞬間は怯えた濡れネズミのようだったが、やがて寝落ちしたように意識を手放し、くたりとソファの上に倒れ込んだ。

これで記憶操作は完了だ。

俺は続けてくるりと向きを変え、視線は女を捉えた。


「っ!――――っ!?」


女はなおも抵抗を見せてるようだが、その仕草が小刻みで、どこか小動物を連想させる。

すると副大臣が「本当にハムスターみたいだ」と小さく呟いた。

それから


「さっき、こっちのハムスターは後まわしでいいと言っていたから、そっちの二匹のネズミとは関係なかったんですよね?」


女を見ながら俺に訊いてきたのだ。



「そうですね。たまたまこちらが餌をまいてるところに遭遇したようです」

「だったら、あんまり怖がらせるのは気の毒ですよね……」


今度は今回の依頼主である大臣に尋ねる。

シニカルなのに情に厚いところがある彼らしいが、まさかそのハムスターが自分のスクープを狙っているだなんて想像だにしないのだろう。


「だが、関与した者から今日のことや我々の記憶を消去するのは(あらかじ)め決まっていたことだろ?」

「そうですけど、せめてそれ以外はあんまり怖がらせたくないじゃないですか」


近い将来、自分の(かたき)になるかもしれない相手だというのに、お優しいことだ。

そう思いながらも、俺は依頼主の指示に従うまでだ。

大臣の意見をうかがうと、「……ということなので、なるべく丁重に頼むよ」と、新しいオーダーが返ってきた。

やはり類は友を呼ぶのだろう。


俺は了解の意で息を吐き、女に向き直る。

俺達のやり取りを聞いていた警護担当者も女の拘束を解き、俺は彼女から言葉の拘束を解除した。


「これでもうしゃべれるはずだ」

「え……?あ………」


女は反射的に自分の首元に両手を当てた。


「声が、戻っ…た………?」

「今聞いていただろ?お前を丁重に扱えとのことだが、生憎もう時間はない。何か要望があれば聞くが?」


せめてもの対応だ。

すると女が大慌てで「待って、待ってください!」と勢いよく立ち上がる。


「あなた、いったい何者なんですか!?私をしゃべれなくさせたり、あの人達の心の中を見抜いたり、おまけに記憶を消す!?そんなの、本当にできるんですか!?手品やマジックじゃなくて!?」


恐怖に怯んだ男どもと違い、さすが新人とはいえ本物の記者だ。

女はこの期に及んでも逃げ出すことより真相追究を優先させた。

その姿勢は元記者として認めるところもあり、どのみち記憶を消すのだから一時的に女の疑惑を解消させてやってもいいだろうと、珍しく俺もゆるい判断をした。



「マジックというのは、あながち誤りでもないだろう」

「へ………?」

「俺は魔法使いだ」

「…………は?」

「理解できなくていい。どうせお前はすぐに俺のことも今日見たこともすべて忘れるんだからな」

「まっ…………」

「おやすみ」


そう言って、男達と同じように女からも必要な記憶を消去していく。

意識を女に集めて、”忘れろ” と念じる。

それだけでじゅうぶんだった。



……………………じゅうぶんなはずだった。




「…………どういうことだ?」


じゅうぶんだったはずの魔法が、この女には適応されなかったのだ。

パチッと静電気のようなもので俺の魔法が弾かれるのを感じた。



「どうしたんだ?」

「何が起こったんですか?」


大臣、副大臣が揃って訝しそうに訊いてくるが、俺もこんなことははじめてで、今すぐ答えられることは限られていた。


「…………どうやらこのハムスターは、普通のハムスターではないようですね」




これが、俺と彼女の最初の(・・・)出会いだった。












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