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魔法使いには向かない職業   作者: 有世けい
【番外編】高速道路と忍者ショーと魔法使い
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無邪気に核心を突き刺す少女。

母親は幼い娘の正論に、返す言葉を見失ってしまったようだった。


そこで助けに入ったのは、それまで黙って親子を見守っていた男子生徒の母親だった。



「そうね、確かに、”魔法” のことは誰にも話さないって約束したわね。でも、もしかしたら家族には話していいのかもしれないわよ?」


彼女は少女に優しく語りかけてから、「それはどうなんですか?」と俺に問いかけてきた。

俺は親子と男子生徒の母親を見まわしながら立ち上がる。

すると少女の祖母が小首を傾げて俺を見上げてきたのだ。



「………ご家族にも口止めをするなら、構いませんよ。ですが、あまりに広がった場合は、弊社の社員により、関係者全員の記憶を消去する可能性もありますので、ご注意を」


俺は大人向けにそう答えてから、少女には前屈みになって説明した。


「家族やおじさんやおばさんには話してもいいけど、他の人には話しちゃだめだよ。約束できるかい?」


少女はわぁっと嬉しげな声をあげた。


「うん!約束する!」


するとそのとき、成り行きを眺めていた少女の祖母が話しかけてきたのだ。

もちろん、心の声で。



「…………伝言ですか?もちろん構いませんよ」


俺は祖母に返事してから、親子には「お二人にお祖母さまからお伝えしたいことがあるそうです」と告げた。

少女は「なあに?」と明るく反応したが、母親の方はまだ諦めきれないような、晴れない表情をしている。


俺はこれに関してはもう仕方ないなと思いつつ、少女の祖母からのメッセージを通訳していった。



「……………『こちらの魔法使いさんに無理を言うのはおやめなさい。あなた、最初はこちらの魔法使いさんのことを信じてなかったのでしょう?もし信じてたなら、ここに他の家族みんな呼んでるはずだもの』」


あまりに的確な図星に思わず反論したかったのか、少女の母親は何かを言いかけて、でもすぐに唇を結んだ。



「…………『私だって、みんなと今みたいに会話ができたら嬉しいわ。だけどね、物事には、限りがあるの。限りがあるからこそ、大切にできるのよ。際限なく何度も何度もできることは、そのうち慣れてきてしまうわ。あなただって、こんな風に私と会話できる日が毎日続いたら、また前みたいに親子喧嘩するに決まってるもの。だからね、限りあるくらいで、ちょうどいいのよ。時間も、命もね。いつかは終わりがやって来る。だからこそ、終わり切る前に、できることをなんでもしとかなくちゃ。でも、私の命はまだ終わってないわよ?』」


「お母さん………」


「…………『私が言葉を話せなくなったせいで、あなた達には不便をかけてしまうけれど、もう少し、そばにいさせてほしいの』」


「もう少しなんて言わないで、もっと長生きしてよ、お母さん」


「そうだよ!おばあちゃん、長生きしてね!」


「…………『ありがとう』と、仰ってます。それから…………『例え私がもう二度と話せなくても、こうして、心の中であなた達のことを思っているということは、忘れないで。もし、私が何も返事をしなくても、ちゃんとあなた達の声は届いているから。みんなのこと、わかってるようには見えなくても、ちゃんとわかってる。みんなのこと、大好きよ。もし、施設に入ることになったり、なかなか会えなくなったとしても、それが変わることはないわ』」


「わたしも!わたしも、おばあちゃん大好き!」


「お母さん、私もよ。大好きよ」


「…………『あら、あなたからそう言われるなんて、いったい何十年ぶりかしらね。でも嬉しいわ。他のみんなにも、伝えておいてね。これから先、病気が悪くなっていっても、家族を想う私の気持ちは、永遠に変わらないから。そのことを伝えられただけで、今日は本当によかったわ。魔法使いさん、今日は本当にありがとうございました……』………いえ、お礼ならお孫さんにどうぞ。彼女の行いが、今日俺をここに招いたわけですから」


少女の祖母はゆっくり瞬きすると、麻痺のない方の手で少女の頭をそっと撫でた。


「…………ありがとう。私の自慢の孫よ……と、仰ってます」


その光景を見た少女の母親から鼻をすする音が聞こえてくると、祖母は心の声でクスクス笑い出した。



「『言っておくけど、もう会えなくなるわけじゃないのよ?私は変わらずに生きているんだから。勝手に二度と会えない別れのようにしないでちょうだい』」


「もう、お母さんったら………」



するとここで、主治医が静かに限りを告げたのだった。



「お話の途中ですが、もう三十分が過ぎました。お体の負担のことを考えますと、そろそろ………」



限りがあるからこそ、大切にできるのよ。

限りあるくらいで、ちょうどいいのよ。



少女の祖母の言葉が、耳に木霊してくる。


それは、長い長い命を得てしまった俺には、もう告げることのできない言葉のようにも思えた。



限りある人の命の儚さや脆さ、だからこそ大事に扱わなくてはいけないのだという当たり前のことを、俺は、”魔法使い” になってから改めて実感していた。


そしてできることならすべての人に、この少女の祖母のように、最期の最期まで、自分の人生を精一杯生きてほしい、そう願わずにはいられなかった。



「………では、このあたりで、”魔法” を終了したいと思います」


「魔法はもうおしまいってこと?」


「そうだね」


「そっか、ざんねんだな。おばあちゃんに車椅子のことききたかったんだけどな」


「車椅子のこと?」


そういえば、さっき少女と母親の心を読んだとき、ふたりともしきりに車椅子のことを思い浮かべていた。


「それじゃ、その車椅子のことを最後の質問にしようか」


俺の提案に、少女は両目をキラキラと輝かせて「うんっ!」と喜んだのだった。











「あの、今日は本当に、勝手なお願いを聞いていただいて、ありがとうございました」



親子と主治医には面談室で別れを告げ、事務長に見送られて病院を出た後しばらくして、男子生徒の母親が足を止めた。

改めて俺に頭を下げてくる彼女に、俺も足を止めて応じる。



「いえ、何度もお話してますが、息子さんの件ではこちらの都合でいろいろ振り回してしまいましたから、そのお詫びとお礼です。お気になさらず」


「ですが、最初はそうだったかもしれませんけれど、最後のあれ(・・)は、あなたご自身の善意からではありませんか?」


「最後のあれ(・・)?」


「ピンクの車椅子のことですよ」


「ああ………」


俺はフッと息で笑って納得した。



少女の最後の質問は、祖母の車椅子についてだった。

どうやら、少女の祖母はかなり持ち物に気を遣う、いわゆるお洒落なタイプだったようで、衣服や小物類だけでなく、自転車も特別にオーダーして、自身のラッキーカラーであるピンクを部分的に塗装してもらっていたのだという。

その方が、遠目からでも自分のものだとわかるし、目立つことで盗難回避にも役立っているはずだと、少女の祖母は主張した。


それを知っているご家族は、今使用している夫のお下がりの車椅子もカスタムしようとしたらしいが、生憎業者が混んでいて、オーダーできるのが数か月先になる見込みだったようだ。

そういう経緯があって、少女と母親の心を読んだ際、二人とも車椅子に関することを気にかけていたわけだ。


”形状変化の魔法” は場合によっては高度技術だったり、相当な力を要することになるが、多少色を変える程度であれば、俺にとっては容易いものだ。

こちらも家族以外には口外しないという条件付きで、俺はシンプルな車椅子にピンク色を足したのだった。



「ご家族だけでなく、先生も喜んでらっしゃいましたね。リハビリにも今まで以上に活気が出てきそうだと仰ってましたし、明るくなりますものね」


「そうですね。患者さんが前向きになれるのでしたらよかったです」


穏やかな会話が続く。

俺は、てっきり別れ文句への道筋を整えているつもりだったのだが、彼女の中では違っていたらしい。

彼女はまっすぐに俺を見上げると


「………”魔法” って、すごいですよね」


しみじみと、そう言ったのだ。


「なんですか、突然」


「いえ、息子のことで身を以てわかっていたはずなんですけど、今日、改めてその凄さを実感いたしましたので………」


「そうですか?」


「そうですよ。やっぱり、”魔法使い” のみなさんは、スーパーヒーローだと思いました」


「スーパーヒーローは言い過ぎですよ」


「スーパーヒーローですよ。私だけでなく、どんな優秀なドクターでも、高速道路で忍者ショーには対応しきれなかったと思います」


「でもあの少女がいなかったら、今日のことはなかったわけですから、お祖母さまにとってのスーパーヒーローは、あの少女になるのでは?」


「そう……かもしれませんね」


「そしてあなたの息子さんにとっては、あなたがスーパーヒーローですね」


本心からそう言ったのだが、母親はふいに目を伏せた。



「私にはそんな自覚はありません。ですが………」


そしてまた顔を上げ、俺と目を合わせてくると、ぴんと張った声で告げたのだ。



「そうなれるように、息子と生きていきたいと思います。息子が、さっきのお祖母さまのように、最期まで一生懸命全力で生きてくれるように、支えていくつもりです。それから、息子みたいに、子供や若い人が自らの手で人生を終わらせないように…………今の私に何ができるのかはわかりませんが、ひとつでも多くの命を消さずにすむのであれば、何かしたいんです。息子が、自分以外の人の役に立ちたいと頑張っているように、私も………”魔法使い” でなくても、何かはできると思うんです」


彼女の意志のこもった宣言は、それ以上に慈愛や思いやりに満ちているように聞こえた。

だから俺も、躊躇なく、カード(・・・)を渡すことにしたのだ。



「素晴らしいお考えだと思います。もちろん、この世の中には、”魔法使い” でない人の方が多いですし、その方々の方が、我々よりも多くの人のために働いているんです。我々は、そのお手伝いをさせていただいてるにすぎません。ですから、もしあなたが、今仰ったことのために我々の力が必要だと思われたなら、こちらにご連絡ください」


「………M?」


”魔法の元” を持たない者には、ただ大きく ”M” と記されただけのカード。

俺はここに力を含ませて、裏面に電話番号のみを浮かび上がらせた。


「裏側をご覧ください。MMMコンサルティングへの連絡先です。もし何か我々に相談が必要になった場合は、こちらにご連絡を。俺がその電話に出ることはありませんが、別の社員がお役に立てるかと思います」


母親はカードを受け取り、電話番号を確認すると、そっと両手で丁寧に持ち直した。


「ありがとうございます。心強いです。あの……」


「なんでしょう?」


「実は、息子経由で伺っていたのですが、MMMコンサルティングで人事異動がおありだったとか……」


「ああ、ご存じだったのですね。そうなんです。異動になりまして、今後はあなたからのお電話に出ることもなくなるかと」


「そうですか………。大変、大変お世話になりました」


今日一番の深いお辞儀をした母親に、俺はついつい苦笑が漏れてしまった。


「ですから、もうあなたからの謝意はじゅうぶん頂きましたので、どうか頭をお上げください。人に見られたら変に思われてしまいます」


そう言うと、母親は慌てて頭を上げた。


「すみません……」


「いえ、そのお気持ちは有難く頂戴しておきますので。どうぞ、お元気で。息子さんにも、よろしくお伝えください」


「ありがとうございます。あなたも、ご自愛くださいませ。あなたのことは、一生、忘れません。一生、感謝いたします。息子とともに」


「”魔法使い” 冥利に尽きます。それでは、”魔法使い” らしく別れましょうか。あなたのご活躍とご健勝を、心よりお祈り申し上げます―――――――




そう告げながら、俺は ”転移の魔法” を使ったのだった。




きっと彼女なら、最期の最期まで全力で生き抜くのだろうし、生きようとする人を全力で支えることだろう。


例え、高速道路で忍者ショーのようなことが誰に起こっても、きっと。


そんな彼女は、やっぱりスーパーヒーローに相応しいと思う。



もちろん彼女だけでなく、そうやって、誰かのために懸命に働くすべての人がスーパーヒーローであるべきで、もしかしたら ”魔法” を使わない ”魔法使い” なのかもしれないな。



そんな感想を思い浮かべながら転移先の自分のオフィスに着いた俺だったが、デスクの上には、もう次の案件が山積みで待っていた。



「やれやれ………」



異動先でもハードワークの予感しかしないが、俺は結局、この仕事(”魔法使い”)が好きなんだ。



「さあ、仕事をはじめようか」



俺が ”魔法使い” でいる限り、誰かの役に立てるのだと信じているから………









高速道路と忍者ショーと魔法使い(完)










最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

また、ご丁寧に誤字のお知らせをいただきましたことにも、心より感謝申し上げます。

寒さが増してきておりますので、どうぞみなさまご自愛くださいませ。

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