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母親は少女の肩を抱き寄せ、愛情を込めた手つきで抱きしめた。
「そんなことを思っていたの……?」
「うん!だって、おばあちゃんのこと大好きだもん!」
少女の母親は娘をさらにぎゅっと抱きしめ、少しの間そうしていた。
少女も「ママ、苦しいよ!」と言葉とは裏腹の嬉しそうな顔で笑う。
やがて、ふっと力を緩めた母親は、顔をこちらにまわし、俺に告げた。
「本当に、母の思ってることがわかるんですか?」
「何かを思ってらっしゃるのでしたら、間違いなく。ただ、何も考えていらっしゃらない場合は、何も読み取ることはできません」
「そうですか………」
少女の母親はわずかに思案した様子で、その後俺の隣りにいる男子生徒の母親の方に尋ねた。
「さっきは嫌な態度をとってごめんなさい。でも、冷静に考えたら、私に今日ここであなたに会うように言ったのは母の主治医だったんですよね………だから私は、病院もぐるで私達を騙しにきてるんじゃないかと………そんなわけないのに。あの、もしかして、こちらの男性が、その……魔法?で母の心を読むという話は、母の主治医の先生もご承知なんですか?」
男子生徒の母親はいいんですよ、というふうに首を横に振り、答えた。
「もちろんご存じです。お母さまの心の中をこちらの方の ”魔法” を使って読み取っていただくとお話しましたら、ぜひ立ち会わせてほしいと仰ってました。ですから、もう少ししたらこちらにいらっしゃるかと思います」
男子生徒の母親の説明は、俺が今回の依頼を了承するという前提であり、外堀はすでに埋められていたようだ。
すると、男子生徒の母親がちらりと横目で俺を見てきた。
まるで何かの合図のようで、俺はもしやと思い、彼女の心の声を聞いた。
―――――勝手にいろいろと決めてしまって申し訳ありあせん。でも、この子の願いを叶えてやりたいんです。お願いします。
思った通り、彼女は俺の ”考えを読む魔法” 経由で会話を試みてきたのだ。
”魔法” をこんなふうに利用する非魔法使いも珍しい。
”魔法” によって人生を左右された彼女だが、ずいぶん順応性もあるし、逞しいようだ。
俺は彼女にだけ伝わるような小さな頷きを返したのだった。
「先生が立ち会いを?そんな大仰なことなんですか?」
少女の母親は率直に驚いた様子で、今度は俺から説明することにした。
「入院中の患者さんに関することですので、医師の立ち会いは当然かと思います。さきほどもちらりと出てまいりましたが、こちらの医療機関と我々MMMコンサルティングは長くお付き合いさせていただいておりますので、我々のような特殊な社員のことも理解してくださってる職員の方は多いです。ですので、今回の立ち会いの申し出も特に大仰というわけでもありません。その点はお気になさらなくて大丈夫かと」
「そうですか……でも、そんなに普通に、その……魔法使い?の人達がこの病院にいるんですか?」
食堂の他の席を見まわす母親は、驚きだけでなく不安そうでもあり、また、興味を刺激されているようでもあった。
不信一色から短い時間でここまで塗り替えられるとは、愛娘の力は絶大だ。
「いえ、常駐しているわけではありませんので、院内に弊社の社員がひとりもいない状態の方が多いかとは思いますよ」
「そう、なんですね………」
「他にご質問は?」
俺は当然少女の母親に尋ねたのだが、「はいっ!」と手を挙げたのは少女の方だった。
俺は少女目線を合わせて返した。
「なにかな?」
「あのね、お兄さんが魔法をつかえること、ほかの人には話しちゃだめなの?」
「そうだな………」
MMMコンサルティングの真実を知った人間に必ずしも口止めしているわけではない。
混乱を生じさせないため、ぺらぺら吹聴するようなタイプにはもとより存在を明かさないし、例え知られてしまっても後日記憶を操作すれば済むからだ。
だが、こんな幼い子供には余計な説明などせず、ただ秘密にするように伝えておくことが正解のように思う。
「誰にも言わないって約束できるかい?」
すると少女は「うんっ!!」と元気に即答した。
ところが、母親の方の顔色が少し曇ったのだ。
「あの、母は今病室にいるのですが、4人部屋なんです。リハビリのスケジュールによっては母一人の時間もあるかもしれませんが、もしその魔法?を使うのであれば、他の人がいるときは難しいですよね?」
少女の母親が心配するのも仕方ない。
だが、”認識阻害の魔法” を用いれば、その心配も無用になる。
俺はその説明をしようとしたが、隣りの男子生徒の母親が「それについてはもう準備していただいてます」と答えたのだった。
「準備、ですか?」
これについては俺も初耳だ。
「勝手に申し訳ありません。まだあなたに了承をいただく前でしたが、了承をいただいてすぐに動けるよう、病院側の協力をお願いしておりました」
「それは構いませんが、協力というのは?」
「面談用の部屋をお借りすることになっています。ですので、お祖母さまにはご負担をおかけしてしまいますが、車椅子でそちらにご移動いただけますでしょうか?あとで職員の方が案内してくださいますので」
「わかりました」
隙のない段取りだなとある意味感心していると、食堂入口に白衣姿の男とスーツ姿の男が現れた。
スーツの方は俺も知っているこの病院の事務長だ。
となると、おそらく白衣の方が少女の祖母の主治医なのだろう。
はじめて見る顔だった。
俺は ”認識阻害の魔法” を解除し、まだ気付いてない母親達に知らせた。
「ドクター方がいらしたようですよ」
「え?あら、そのようですね」
男子生徒の母親が席を立つと、少女の母親もそれに倣い、そして少女と俺が二人につられるようにしてほぼ同時に立ち上がった。
するとまず先に事務長が俺達に気付き、軽く会釈した。
医師の方も事務長に遅れて頭を下げたが、どこか緊張感のようなものを纏っていた。
「やあ、もういらしてたんですね。その節は大変お世話になりました」
事務長が俺の顔を見るなりにこやかに挨拶してくる。
その節というのは、男子生徒の意識を戻すため、父親から隠す目的で転院させたときのことだろう。
「いえ、急なことでしたので、病院側にもお手数をおかけいたしました」
「いえいえ、貴重な経験をさせていただいたと、あの場に立ち会った職員はみな申しております。MMMコンサルティングさまにはいつもお世話になりっぱなしですので、何か必要な際はなんなりとお申しつけください」
「ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです」
個人の本音はどうであれ、協力体制の整っている組織は我々にとってもありがたい存在だ。
ほとんどの取引先は今の事務長のような受け入れ姿勢を取ってくれるが、ごく稀に否定的な人間がいることは、決して忘れてはいけない。
さて、この初対面の男性医師は、いったいどちらのタイプなのか………
「こちらのドクターははじめてお会いしますよね?」
暗に紹介を求めた俺に、当の本人が慌てて一歩前に出る。
「あ、そうです、はじめまして。このたびはお世話になります。MMMコンサルティングさまの存在は伺っておりましたが、実際に社員の方にお目にかかるのも、MMM案件に関わらせていただくのもはじめてで、少々緊張しておりますが、よろしくお願いいたします」
「緊張は致し方ないと思いますが、それは、患者さんやそのご家族も同じだと思いますよ」
医師だけでなく、事務長や男子生徒の母親も少女とその母親に意識を向ける。
少女の母親は複雑そうに戸惑いを見せた。
「あなたには、担当医として、患者さんやご家族のご不安を取り除いていただければと思います」
男性医師は弾かれたように表情を変えた。
「もちろんです。常に患者の方を最優先させていただきます。その次に、ご家族さまも」
どうやら本当にはじめての ”魔法使い” 相手で緊張していただけのようだ。
彼からは、嘘の気配は一切なく、患者のことを一番に思う良い医者なのだろう。
「よろしくお願いいたします」
母親が医師に頭を下げると、
「おねがいします!」
少女も真似してお辞儀した。
その仕草は非常に愛らしく、にわかに硬くなっていた空気をやわらかく解したのだった。
「それでは、準備ができ次第、移動いたしましょうか。案内をお願いいたします」




