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高層階にあるスイートルームのリビングは当然眺望も抜群だ。
実際、ついさっき俺が部屋を出るまでは、窓の向こうには晴れ景色が広がっていた。
だが今は重厚感のあるカーテンで窓は閉ざされていた。
そして部屋の中央にあるソファセットのど真ん中に二人の男が座らされている。
一人は大勢の記者が集まる場所で見かけた記憶があるが、もう一人ははじめて見る顔だ。
どちらも二十代から三十代半ばほどで中肉中背、外見や服装にこれといった特徴のない男で、それはスパイに適した容貌ということだろう。
「首尾は?」
男達以外誰も腰を下ろしていない、優に十名は寛げるであろうソファセットの端に女を座らせながら、俺は部下たちに声をかけた。
彼らもMMMコンサルティングの社員で、もちろん魔法使いである。
うちでは年功序列という概念は存在しておらず、ただ魔法の力の強い者が上に就くことになっている。
今日俺の下に付いてくれた者達は皆俺よりもキャリアは長いものの力の強さでは誰も俺を上回らないので、部下扱いになるわけだ。
だが、部下といっても一般的な会社のように線を引いた上下関係はあまりなく、仕事を離れたら口調も態度も気安い者が多い。
ただ、仕事中はクライアントや取引先の心証を濁さないためにも、上司は上司らしく、部下は部下らしくを心がける者も多かった。
つまり、大ベテランがうんとキャリアの浅い相手に敬語を使い、逆に浅いキャリアの魔法使いが大先輩に命令することもよくあるのだが、それに異を唱える者はMMMコンサルティングにはいなかった。
異を唱えたところでどうにもならないからだ。
力の弱いものがどんなに魔法を使ったとて、力の強い者が記憶を操作すれば一瞬で自分が魔法使いだったことさえ忘れてしまうのだから。
記憶操作されないように防御する魔法もあるにはあるのだが、それとて力の強い相手には通用しない。
そして逆に、力の強い者は、弱い者からの魔法を跳ね返すこともできるのだから、魔法の世界は完全に実力主義と言えるだろう。
まあ、力の強い者が暴挙に出ないよう、整備されたシステムもあるのだが………そんなことよりも、今は目の前の男達の処遇についてだ。
「拘束と連行は予定通りつつがなく。ただ問題が……」
「問題?」
俺は二人の偽記者をじろりと睨んだ。
そしてしっかり見据えた。
「はい。どうも日本人ではないようで、日本語だけでなく英語も通じないんです」
「日本語がわからないフリをしてるだけかもしれませんが、俺達は読心はできないので実際のところはわかりません」
部下たちが連携するように説明していく。
確かに、他人の心を読む魔法もあるが、あれは難度が高い。
もし彼らがその魔法を使えるのなら、俺の部下にはとどまっていないだろう。
だが………
「…………二人とも日本生まれの日本育ちだ。向かって右側の男は神奈川出身、24歳、ああ、でも大学で外国語を専攻してたから日常会話程度の外国語を……二か国語ほど話せるみたいだ。左の男の方は…………こいつは母親のルーツが海外にあるようだな。その伝手で今回のバイトを紹介されたと言っている」
俺はいつものように、聞こえてきたことをそのまま述べた。
するとネズミ達が一斉にこちらを向いてきたのだ。
その驚愕の面持ちは、俺が魔法使いになって以来、もう何度も見てきた類いのものだった。
三人がそんな顔をするのも無理はない。
男達は一言も発していないのに、俺はこの男達がそう言っていたと説明したのだから。
だが、実際に俺にはそう聞こえてきたのだから、他に表現のしようもない。
俺だけでなく、他人の心を読む魔法を習得している者なら皆そう表現するだろう。
ただそれよりも、俺の今の説明に驚いた反応をするということは、じゅうぶん日本語が理解できていると自白してるようなものだ。
にもかかわらず、この男達はまだそれに気づきもしていない。
やはり、専門の教育を経たスパイには程遠いだろう。
そんな取るに足らない偽記者のためにこれだけ多くの人間と魔法使いが動かされたことにため息がこぼれそうになるが、結果論なのだからとため息を飲み込んだ。
そこでふと女と目が合った。
”あの人達、何も言ってませんけど?” まっすぐな眼差しがそう訴えている。
思ったことがすぐ顔に出る、嘘を吐けないタイプなのだろう。
柔軟な性格はよしとしても、ここまで馬鹿正直で新聞記者をやっていけるのかと、女の適性を疑いたくなる。
だが、どうせ関係のない赤の他人のことだし、記憶も消去するのだからと、やはりまた頭の中から切り捨てた。
「そんなすぐバレる嘘をよく吐けますよねえ」
「ちょっとしたバイト感覚だったんだろう。俺達が公にできない会合を開いてるという設定だったから、もし捕まっても警察沙汰になるとは思ってなさそうだしな」
「浅慮過ぎやしませんか?」
「だからこちら側のまいた餌にあっけなく食いついたんでしょう」
個人的にも親しい間柄の大臣と副大臣の会話に割って入ると、それまで黙っていた比較的年配の男が「ちょっといいかい?」と会話に参加してくる。
「どうぞ」
「それで黒幕はわかったのかい?」
穏やかな物言いなれどそこに威圧感が混ざっているのは、自身が長年与党の要職に就き、日本を動かしてきたのだという自負を持っているからだろうか。
それとも、自分の仲間の誰かが裏切ろうとしてることへの憤りのせいだろうか。
どちらにせよ、俺が今行うことは一つのみだ。
「…………………この二人もそれは知らないみたいです。ただ大臣と副大臣を徹底的にマークしろとだけ指示されていたようですが、具体的に何を調べろとは言われていないみたいです。もし二人が秘密裏に会うようなことがあればすぐに報告するように言われていたようで、今日のことも事前に雇い主に報告し、報酬を受け取ったと言ってます。額は…………二十万ずつで、今日の会合の内容がわかれば更に五十万の臨時ボーナスが出るそうですよ」
つらつらと、そして淡々と、俺はただ聞こえたことを伝えていった。
だが、突如として男の一人が叫んだのだ。
「テメェさっきから気持ち悪ぃことばっか言ってんじゃねぇよっ!」
誤字報告いただき、ありがとうございました。
訂正させていただきました。