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「…………今、」
「今何て言ったの?この人、まさか本当に?まさかそんなはずない。ただの偶然よ。……待って、どうして私の思ってることを私が言う前に言うの?」
少女の母親の心の声をそのまま口に出していくと、母親は驚愕で顔を青くし、少女は歓喜で顔を紅潮させた。
「すごーい!それって、ママが今こころの中で思ったこと?やっぱりママの思ってることがわかるのね!?」
「え………?」
娘に指摘されても、母親は瞬時には理解に達しないようだ。
おそらく、絶対にあり得ないと思い込んでいるせいで、思考が受け入れるのを拒むのだろう。
するとその隙に、男子生徒の母親がさらに訴えかけた。
「わかってます。すぐに信じるのは難しいと思います。私だって、最初はとても戸惑いました。でも、すぐにそれが妄言や詐欺でないことがわかったんです。詳しくはお話しできませんが、息子が今元気に暮らせているのは、こちらの方やMMMコンサルティングのおかげだと私は信じています」
男子生徒の母親は、”魔法” で息子の意識が戻ったことは口外しない、という約束を守りながらも、懸命に説得を続けた。
「でも信じると言っても何も宗教のようなものではないんです。あなたもMMMコンサルティングの名前を一度はお聞きになったことはありますよね?日本でもトップクラスの企業です。私は息子のことでお世話になるまでは名前程度しか知らなかったんですが、MMMコンサルティングの皆さんは、自らの特殊な力を使って、世の中のために一生懸命働いてらっしゃるそうです。その現場は、日本中のあらゆる場所です。医療関係でもMMMコンサルティングにお世話になってらっしゃる方も多いと聞きます。もちろん、この病院でも」
そう聞いて、少女の母親はビクリと周囲を見まわした。
「大丈夫です。何も知らない人もたくさんいます。でも私は幸運にもある方の紹介でこちらの方と知り合い、その不思議な ”魔法” の存在を知りました。人の心の中を読む ”魔法” です。そしてそのことについて説明を受けていたとき、どうやらお嬢さんに話を聞かれていたようなんです」
「娘が………?」
「ええ、そうです。ただし、私はそのときお嬢さんとは対面していませんでしたので、お嬢さんが覚えているのは話の内容と、その話をしていたこちらの方のみになりますが………ね、このお兄さんが、前に、この病院のお部屋で、人の考えてることがわかる、ってお話してたのを聞いたのよね?」
尋ねられた少女は満面の笑みで「うん、そうだよ!」と返事した。
「教えてくれてありがとう。………そういうことです。その数週間後、息子がこの病院のカウンセリングに通いはじめ、私はお嬢さんとはじめて出会いました。お嬢さんはその頃にはすでに、人の考えてることがわかるお兄さんの話をしていました。この病院でそういう男の人を見なかったかと、私に訊いてきたんです。思い返してみてください。お嬢さんがそのお兄さんの話をしはじめたとき、私はまだあなた方とは出会っていませんよね?ですから、私がお嬢さんにおかしなことを吹き込んだわけではありません」
論理的に説明されたことで、少女の母親は幾分か苛立ちを鎮めたようだ。
「……確かに、それはそうですけど………」
態度を軟化させた少女の母親に、俺の隣りからも和らいだ空気が流れてくる。
「実は、息子のカウンセリングでいろいろありまして、私は内心ではかなり落ち込むことがあったんです。付き添いでこの病院に通ってる間、不安や心配で頭がいっぱいになっていたとき、無邪気におしゃべりしてくれるお嬢さんに随分癒されていました。おかげさまで息子も今は元気に学校に通っていますので、お嬢さんには何かお礼をできたらと思っていたんです。それで、お嬢さんの話していた人の考えてることがわかるお兄さんが私の知り合いのこちらの方だと気付きましたので、お嬢さんにご紹介できたら、お礼になるんじゃないかと思いました。そこで保護者であるあなたにお声がけさせていただいたというわけです。………不思議な力を信じる信じないは別として、お嬢さんのお祖母さまを想う気持ちに免じて、どうか話だけでも聞いていただけませんか?」
「お祖母さま………?」
「そうですよ。お嬢さんは、その不思議な力を使って、お祖母さまの思ってることを知りたいんだそうです。そうしたら、お祖母さまが今何をしてほしいのかがちゃんとわかるから……そう言ってましたよ」
「―――っ!」
少女の母親は目を見開いて娘を凝視した。
「………そうなの?」
少女は自信たっぷりに「うん!」と頷く。
「だっておばあちゃん、こうそくどうろで忍者ショー見にいってから、おしゃべりできなくなっちゃったでしょ?だから、このお兄さんにおねがいして、おばあちゃんの考えてることをおしえてもらいたいの!」
すごい名案を思い付いたでしょ?
そう言わんばかりの大得意そうな顔は、誇らしげで、可愛らしい。
片や、母親の方は驚きの後には胸にくるものがあったようで、眉を寄せ、しきりに感情があふれるのを堪えているようにも見えた。
「そう………。お祖母ちゃんの………」
母親の呟きは、娘には聞こえなかったようだ。
だが、無邪気に「お兄さん、おねがいします!」と頼んでくる少女の手をそっと繋ぎ変え、母親は席に戻ったのだった。
「…………そんな子供騙しのような話を信じるわけではないですけど、この子の祖母を想う気持ちを無下にはできませんので。話があるなら早くしてください」
「ありがとうございます」
どうやら母親同士で一応は話がついたようだ。
俺はまだ今回の件を了承したわけではなかったが、ここまできたら乗りかかった舟のような気もする。
だったら、俺が説明役を引き継いだ方が早いだろう。
「それでは、ここからは俺がご説明いたします」
俺がそう言うと、男子生徒の母親は「よろしいんですか?」と驚いたような声をあげた。
これはふたつの意味でそう訊いたのだろう。
俺もふたつの意味で「いいですよ」と返してから、向かいの少女の母親に告げたのだった。
「これから10個ほど、単語或いは言葉を口には出さずに思い浮かべてください。ひとつずつあなたが何かを思い浮かべるごとに、俺が声に出して伝えていきます。いくら我々のことをご説明申し上げるよりも、実戦でご理解いただいた方が早いと思いますので。よろしいですか?」
有無を言わせるつもりはなかった。
俺の意思は向こうも察したようで、娘から手を離すと、姿勢を正し、「わかりました」と答えてきた。
「ひとつずつに反応しなくて構いません。では、どうぞ」
俺が促すと、少女の母親は目を閉じた。
俺は、いつものように頭に流れてきた相手の心の声をひとつずつ読み上げていった。
「……………冷蔵庫のカレー、…………洗剤、………………スマホ、…………木曜日、…………カレンダー、………病院、……車椅子、……リハビリ、……タオル、…車椅子」
10個の単語すべてを言い終わると、少女の母親はゆっくり目を開き、「………全部当たってます」と、おずおずと認めた。
すると、母親のことをじっと待っていた少女が、両手を上げて「すごーい!!」と大喜びした。
それだけでなく、
「ねえね、つぎはわたし!わたしの考えてることも当ててみて!いくよ?」
自分も参加したくてうずうずしていたのだろう、俺の返事も待たずにひとりで母親の真似をして目を閉じ、俯いたのである。
………仕方ない。
大した力の消費でもないので、俺は少女に付き合うことにした。
間もなくして、母親よりもクリアな響きで少女の心の声が聞こえてくる。
「…………お祖母ちゃんが早く元気になりますように。………お祖母ちゃんが早くお家に帰られますように。………お祖母ちゃんがまたおしゃべりできますように。………お祖母ちゃんがリハビリを頑張れますように。………お祖母ちゃんの車椅子が可愛くなりますように!」
俺がそう告げたあと、少女本人よりも母親の方が先にリアクションを見せた。
手を口元に当て、そうしていないと今度こそ感情が迸ってしまいそう、そんなぎりぎりのラインが見えた気がした。




