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「あの子……」
ぽつりとこぼした俺に、母親は小さな早口で説明しはじめた。
「息子のカウンセリングに付き添っているときに知り合った女の子です。お祖母さまが入院中だそうで、リハビリをされてる間の待ち時間に色々おしゃべりしに来てくれました。そのおかげで、息子の件で落ち込みがちだった私も、ずいぶん癒してもらったんです。それで話を聞いていたら、おそらくあなただと思われる男性の話題が出てきたんです。どうやら、息子の転院した日に、あなたが、その…魔法のことを話していたのを聞いたとかで。実はあの子のお祖母さまは病気の後遺症で話すことが難しいらしくて、それで、あの子はあなたに、お祖母さまが心の中で思ってることを教えてもらいたいんだそうです」
入院中、リハビリ、後遺症と聞き、俺は、ああそういうことか……と腑に落ちた。
少女の口にした不思議な言葉の謎が解けたのだ。
―――――あのね、わたしのおばあちゃんが、こうそくどうろでニンジャショーを見に行ってから、おしゃべりができなくなっちゃったの。
少女の言う ”高速道路” とは、おそらく ”脳梗塞” を指していたのだろう。
幼い子供が大人の会話を聞き、自分の知識内の言葉と結びつけるのはよくあることだ。
脳梗塞でリハビリが必要な状態で、脳梗塞による言語障害で会話が困難になったのだろう。
そして ”忍者ショー” というのは、ひょっとしたら、”認知症” のことかもしれない。
以前、脳梗塞の影響で認知症が進行するケースもあると聞いたことがあったのだ。
「高速道路で、忍者ショー……」
俺が呟くと、母親は「え?どうしてそれを?」と驚いた。
「実は先ほど、待合ロビーであの女の子と少し話したんです。そのときに言われた言葉なんですけど……今その意味がわかりました」
母親も少女の祖母の病名を知っていたかもしれないが、個人情報になるので詳細は俺に明かさなかったのだろう。
「そうだったんですね。その言葉は私も聞きましたけど、なんのことだかさっぱりわかりませんでした。……あの、こういうことがルール違反になるのかはわかりませんが、どうか、あの子の願いを叶えていただけませんか?私、本当にあの子には助けられたんです。もちろん本人はただおしゃべりしてた感覚しかないと思いますけど、あの子、お祖母ちゃんがおしゃべりできなくても生きててくれるだけで嬉しいと言って………」
母親のセリフはそこで一旦途切れ、すぐさま「お久しぶりです」というにこやかな挨拶が続いたのだった。
「本当、お久しぶり……と言っても、三週間ぶりくらいかしら?最近うちのリハビリ時間も変わっちゃったし、顔を合わせなくなっちゃって、ちょっと寂しいと思ってたんですよ」
親子は俺達の向かいに座り、少女は俺を見て「あ!」と嬉しそうに手を振ってくる。
「息子のカウンセリングも徐々に回数が減ってますから、なかなかお会いする機会もありませんでしたよね」
「そうですよね。この子なんか特に寂しがっちゃって……。でもだから、先生からあなたが私達に会いたがってると聞いて、すごく喜んでたんですよ?『あのお兄さんにもあえるんだ!』って。それで………こちらの方が、この子の話してたあのお兄さんで、よろしいでしょうか?」
そこで少女の母親が俺に視線を移したので、俺は「はじめてお目にかかります」と小さな会釈をした。
「どうもはじめまして………さきほどはどうも」
「いえ」
初対面である俺は多くは語らず、この場の進行役は隣りの母親に委ねることにする。
彼女はその意図を違わずに汲み取り、俺に代わって俺の説明をしていった。
MMMコンサルティング社員であること、息子のことでいろいろ世話になったこと、病院関係者からの信頼も厚いこと、以前この病院で少女と鉢合わせしていること、そしてそこから先は ”魔法” 関連の話になりそうだというタイミングで、母親はちらりと俺の様子をうかがってきた。
説明役の交代を問うてきたのだろうが、俺はそのままで問題ないという意味で頷き、この席周辺に ”認識阻害の魔法” をセットした。
母親は一呼吸置いてから続けた。
「実は、MMMコンサルティングというのは、ある特殊な企業でして、社員の方々は全員 ”魔法” が使えるんです」
「そうなんですね…………………は?魔法?」
当然の反応だろうが、少女の母親は耳を疑うように訊き返してきた。
だが、少女の方はワッと口を大きく開いて「やっぱり魔法なんだ!」と叫んだ。
「こら、大きな声を出しちゃだめでしょ」
「でも、お兄さんは人の考えてることがわかるんでしょ?」
「またそんなこと言って!そんなアニメの魔法使いみたいなことができるわけないでしょ!」
「でもできるって言ってたもん!」
「いい加減にしなさい!」
娘を叱りつける母親からは、苛立ちが見え隠れしている。
だがその意識は完全に俺達に注がれていた。
「あの、私の話を、もう少し聞いていただけませんか?」
男子生徒の母親が申し出ると、これ幸いとばかりに、少女の母親は苛立ちの矛先をこちらに向けてくる。
「あなただったんですね。娘がおかしなこと言い出したのは、あなたが何かを吹き込んだからだったんですね」
「待ってください。ちゃんと説明いたしますから、最後まで話を聞いていただけませんか?」
「落ち着いていられますか!何を吹き込んだのかは知りませんけど、うちは騙し取るようなお金もありませんし、無宗教ですのでいくら勧誘しても寄付金も払いませんから!」
「落ち着いてください。金銭なんて一円たりともいただきませんから」
「そんなこと言って、何が目的ですか?先生自らの伝言だったので来ましたけど、もう二度と、うちの娘に変なこと吹き込まないでください!ほら、行くわよ!」
少女の母親は娘の手を力任せに引き上げ、席を立った。
この手の反応はよくあることで特に何も感じないし、まだ今回の依頼を受けると決めたわけでもなかったが、幼い子供が乱暴に扱われるのは好ましくない。
無論、そうしてしまう母親の感情もじゅうぶんに理解はできるのだが………
「……………お母さんの体調も良くないのに、こんなくだらないことで時間を無駄にしたくないわ。まさかとは思うけど、病院ぐるみの詐欺じゃないわよね?」
俺は頭に聞こえてきた少女の母親の心の声を読み上げた。
すると少女の母親は、ぴたりと動きを止めたのだった。




