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罪滅ぼしとは穏やかな言葉選びではないが、男子生徒のとった行動を思えば、母親がその言葉を使ったのも理解できるだろう。
息子が自分自身でそれを悔いている姿を、一番近くで見守っているのだから。
俺は母親の顔色を見てから返す言葉を選ぼうとしたが、母親は特に沈んだ様子もなく、ちょうど辿り着いた食堂入口で、穏やかな表情で約束の人物を探していた。
「…………まだ来ていなみたいですね。あの奥の席で待ってましょうか」
母親が指差したのは、奥の窓際にある背の高いソファ席で、前後にも背の高い観葉植物が置かれており、オープン席とは違って人目につきにくい位置にあった。
「そうしましょう」
俺も同意し、ひとまず席をキープした。
「それじゃ、私は飲み物を取ってきます」
「それなら俺が行きますよ」
「いいえ、ここは私に出させてください。後で来る二人の分ももう取ってきますから。コーヒーでよろしかったですか?」
「そうですか……では、コーヒーでお願いいたします」
「わかりました。ちょっとお待ちくださいね」
母親は慣れた動作で食券を買い、すぐに四人分の飲み物をトレーに乗せて戻ってきた。
後で二人合流する、というのはわかったが、一人分だけ飲み物がコーヒーでなくオレンジジュースだったのは意外だった。
だが、コーヒーが苦手という人も多いだろうと、俺の興味はそれ以上の反応を示さなかった。
それよりも、俺はあの男子生徒のことをもう少し聞いてみたいと思った。
「ありがとうございます。いただきます」
コーヒーをひと口飲んでから、先ほどの話題を引き戻してみる。
「それで、息子さんはボランティア部で頑張ってるんですね」
母親は熱いコーヒーのカップを両手で抱きしめ、「はい」と頷いた。
「ボランティア部というのも、息子と同級生のみなさんとで立ち上げたようです」
「そうなんですか?」
「ええ。その……息子の嘘で迷惑をかけたり、嫌な思いをしたにもかかわらず、息子が復学しやすいように色々考えてくださったようです。実は息子は、未遂とはいえ自分がああいう選択をとったことで、先生も………そう考えて、自分のしでかしたことの罪の大きさで毎晩うなされていた時期もあったんです。自分だけが助かったことへの罪悪感もあったようです。ですが、それを聞いた同級生のみなさんが、どうしたら息子の罪の意識を否定せず、でも前向きにできるのかを、息子と一緒に考えてくださいました。その結果、とにかく自分以外の人のためになることをする、それを続けて積み重ねていくことで、息子の命が助かった意味を見出すしかないと………」
母親はまるでその頃を思い出すかのように、窓の外に視線を投げた。
俺は、彼女が躊躇いながらも何かを話したがってる気がして、相槌も控えて続きを待った。
やがて躊躇いを払拭させられたのだろう、母親は視線を俺に戻すと、強い意志を含んだ口調で告げた。
「私は、どんな理由であれ、自分で死を選ぶのは間違いだと思っています」
まっすぐに断言した母親だったが、すぐに「でも、もちろん人それぞれの事情はあると思います」と解釈の幅を広げた。
「私だって、息子のためなら自分の命をいくらでも差し出せますから。でも、自らの死をもって何かの目的を果たそうとするのであれば、それは絶対に間違っています。もしいじめや辛い現実から逃げるためだったとしても、その結果、世間やマスコミが亡くなった人の代わりに誰かを成敗するのは間違いです。ご遺族の方が恨んだりする気持ちはわかります。でも、自分が死んだらそのあとテレビや新聞や雑誌が自分の代わりにあいつをこらしめてくれる………子供や精神的に弱っている人にそう印象付けるような社会は、正していかなくてはならないと思うんです。そうでないと、自殺者は減りません。私がなぜこんな話をするかというと……」
母親は若干言いにくそうに言葉のテンポを遅らせた。
俺は彼女の心を読んだわけではないが、何を言いたいのかは想像できた。
「ひょっとして………息子さんが、そのようなことを?」
「…………はい。息子は意識が戻って転院先の病院を退院してから、こちらの病院でカウンセリングを受けていて、今も月に一度のペースで通っているんですが、そこでちらっと、そんなことを言ったようです。自分が死ねば、自分が一番かわいそうに思ってもらえるんじゃないか、そうしたら同級生も先生もお父さんも自分に謝ってくれるんじゃないか………いかにも子供らしい短絡的な思考ですよね。でもそれを聞いた私は、怖くなってしまったんです」
「怖い……とは?」
「私は、父親の分まで、息子には愛情を注いだつもりでいました。大切に想っているということも伝えていたつもりです。もちろん、命の大切さも。でも息子は、父親の愛情を欲しがり、父親に認められることが生きがいかのように思っていたんです」
「ですがそれは、あの男に操られていたせいです。あなたもご存じですよね?」
「それはもちろんわかってます。でも、私がずっと伝えたり教えていたことが、あの子の心には残っていなかったのかと思うと…………。あの、以前もお聞きしましたが、今後、私や息子があの人と直接会う機会は、もうないんですよね?正式に離婚してからは、向こうの情報はほとんど入ってきませんので、今の状況や今後の予定などもまったくわからないんです。そもそも普通の刑事事件ではなく、MMM案件は特殊で表には出てこないと伺っていますので、もしかして何かのきっかけで息子があの人とニアミスするようなことがあるのではないかと思うと不安で………」
伏目で心境を吐露する母親に、俺は「そのご心配には及びませんよ」と即答した。
「仰る通り、”魔法使い” 、それに準じる ”魔法の元” の持ち主がその力を用いて罪を犯した場合、一般の刑事事件として裁判を受けますが、同時にMMM案件としてこちら側でも裁きを受け、罰を与えられます。俺は管轄が違うので詳細は把握してませんが、聞くところによると、自分が力を使って行った罪と同じ重さの罰を与えられるそうです。そしてその大前提として、その者の持つ ”魔法” や ”魔法の元” はすべて封印される決まりとなっています。そうしないと再犯の恐れがありますからね。ですから、万が一あの男が再びあなた方親子の前に現れたとしても、以前のように操られることはあり得ません。それに、社会復帰するにしろしないにしろ、MMM案件で罰を与えられた者は、その後死ぬまで監視下に置かれるそうですので、あなたが望まないのであれば、一生顔を合わさないようにすることも可能ですよ。逆に、もし面会を望まれるのでしたら、それも可能ですが」
「いいえ、それは結構です」
俺以上の早さで即答した母親は、「でもそれをお聞きして安心しました」と安堵を隠さなかった。
「息子がせっかく同級生のみなさんやカウンセリングのおかげで反省しながらも前向きになろうとしているのに、もしあの人と会うようなことがあったらと、それが不安だったんです。でも、それはないということでしたので…………ああ、こっちです」
話しながら俺の背後に顔を逸らしたかと思えば、母親は片手をあげて合図を送った。
約束の人物が来たのかと、俺も自然に振り向いたのだが、食堂の出入口に立っていたのは、さっきの少女とその母親だったのだ。




