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「そうですよ!私は仕事柄、よく人の記憶や頭の中を拝見しておりますので、だいたいの人の思考パターンは承知しております!もちろんご本人様がいらっしゃらない以上、完璧な正解を知ることは叶いませんが、私は絶対の自信を持って申し上げられます。ご親友は、自分を貶めた悪い男とあなたを関わらせたくなくて、そしてあの男からあなたを守りたくて、だからあなたには明かせないこともあったのだと思いますよ。ですからあなたは、ご親友に申し訳ないと思う必要も、大切な思い出を後悔一色に染める必要もないのです」
男の力のこもった熱弁に、私は訝しんでいたことも忘れて、思わず目を潤ませてしまっていた。
この男への警戒心が薄まったわけではないし、似たような慰めを他の人からももらったことはあった。
でもこの男から告げられた言葉には、なぜだか妙な説得力を感じてしまったのだ。
いつもならこんな風に私を慰めて励ましてくれるのは、彼女だった。
落ち込んだり迷ったりしたとき、他の人からのどんな声かけよりも、彼女から告げられた言葉に私は励まされ、背中を押されてきたのだ。
でも、彼女はもうない………
そんな彼女の代わりがこの男に務まるわけはないけれど、なんだか妙に説得力のある男の言葉のおかげで、彼女との思い出に鮮やかな色を取り戻せる予感が広がっていく気がした。
少なくとも、男のおかげで彼女との思い出を変色させずに済んだのは事実だった。
私は目尻に溜まっていた涙を指先で弾き飛ばした。
それから、胡散臭い男ではあるけれど、その言葉には素直に感謝を伝えよう……そう思ったのだった。
なのに、どうやら発言権は男に握られたままだったようで、男は、覗いたと主張する私の頭の中の情報をなおも述べはじめたのである。
「………ですが、残念ながらあなたはその悪い男と深く関わってしまったのですね。そしてご親友と同じように苦しむことに………それは大変な思いをされましたね。お仕事まで変えられて、色々とご苦労も多かったでしょうに。ああ、ですが今は新聞記者はお辞めになってらっしゃるんですね。そうですかそうですか、真実を記事にしたくとも、それを阻むものがあっては仕方ありませんからね。良い選択をなさったのではないでしょうか。ところで、最近は嘘について激しく怒りを覚える回数も減っていらっしゃるのですね?それはよかったです。あなたご自身は嘘をつかずとも、ほとんどの人間が大なり小なり嘘はつくものですからね。いちいちあなたが苦しい思いをされるのはお気の毒で…」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
次々出てくる私しか知らないはずのエピソードに、私はたまらず男の話を両手を振って遮ったのだった。
「はい?何か間違っていることがございましたか?」
男はそんなはずはないと言わんばかりに平然と訊き返してきて、私の体と心の中には、じわじわと得体の知れない何かが侵入してくるようだった。
どうして男がここまで私の個人情報を知っているのか。
それはもちろん不可解だけど、それ以上に不気味なのは、どんな手段を用いても、私の嘘に対する感じ方の変化なんて、絶対に知りようがないことだったのだ。
確かに、男の言う通り、以前はあんなに拒否感や嫌悪感を抱いていた嘘というものに、最近では反応しないことが多くなっていた。
親友を失って、あの男からいいように扱われて、その催眠を解除してもらったあたりから、急激に、嘘に対する抗体を得たかのように、反応が薄まっていったのだ。
でもそのことは誰にも話していないし、日記やSNSといったものにも一切記録していない。
しかも、私自身がその変化をちゃんと確信できたのは、ここ最近のことだったのだ。
だから、私以外の人間がそれを知っているのはあり得ないのだ。
それこそ、本当に私の頭の中を覗いて、記憶の引き出しをひとつずつ開けていかない限り、この男がそれを知る術はない。絶対に。
いや、でもそれだと、この男が私の頭の中を覗いた…なんておかしな作り話を認めたことになってしまう。
それもまたあり得ない話で…………でも、頭のどこかではそれ以外にあり得ないとも思ってしまう私もいて…………
「どうかされましたか?今お聞きいただきましたのはどれもあなたの頭の中にありました情報で、すべて間違いはないはずなのですが、いかがですか?」
ぐいっと、身を乗り出して問い詰めてくる男。
私は反射的に一歩後ずさりをした。
「間違いは、ありませんでしたよね?」
重ねて確認してくる男に、私は、簡単に答えることができなかった。
なぜなら、男の発言内容はどれも私が経験してきた出来事ばかりだったのだから。
間違いがあったと答えたら、それは嘘になるわけで、逆に間違いがなかったと答えたら、それは即ち私の頭の中を覗けるという男の胡散臭い主張を認めたことになってしまう。
すると、男がふわりと笑ってみせたのだ。
「お答えにくいということは、ひょっとして、間違っていないことと間違っていること、両方混ざっている感じなのでしょうか?」
それは単純に折衷案のようで、まるで返事に窮する私を慮ったかのような問いかけだった。
とっさに私は何か裏があるのではと勘繰りかけたものの、もうこの奇妙な男との会話を早く切り上げたい一心で、全力に男に乗ることにした。
「そ、そうですね………半分ずつ、ですかね………」
それは、半分嘘だった。
以前の私だったら、半分だろうと全部だろうと、どんな些細な嘘でも冷静さを失っていただろう。
だけど今、私には不快感も嫌悪感も、感情を乱すものは何も芽生えていなかったのだ。
自分の変化に戸惑いがないわけではないけれど、変化に気付きはじめてからもう数か月が経っている。
まだ嘘をつくことには苦手意識が大きいし、できるものなら避けたい。
ただそろそろ、変化には慣れてきた頃でもあった。
私の返事を聞いた男は、パンパンパンと両手を叩き、溢れんばかりの笑顔を見せた。
「そうですかそうですかそうですか!やはり間違っていなかったのですね!それでは、私の記憶を操作する力については信じていただけましたでしょうか?信じていただけましたのなら、あなたの記憶の中でどちらの記憶のお掃除を希望されるか、お決めいただけますか?お掃除自体にはさほど時間はかかりませんので、どうぞごゆっくりお決めくださいませ。今現在、あなたを最も悲しませている記憶は何ですか?その記憶が消えてしまえば、きっとあなたの未来はいまよりももっと明るく幸せになるはずです!それが私どもシアワセ・クリーン・サービスの仕事なのです!」




