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学生のサークル勧誘や、テレビショッピングのタイムセールのように、やたら愛想よく、テンポよく、一方的に説明をまくしたててくる男。
でも言ってることは、記憶がどうのなんて、まるで悪徳商法か悪徳スピリチュアルか、とにかく胡散臭くて普通の商品やサービスの勧誘でないのは間違いない。
私は怪しさ満載のこの男に付け入れられてなるものかと、絶対拒否の態度で睨み返した。
………けれど、男のある言葉が胸に刺さっているのに気付いてしまった。
―――――思い出す度に死にたくなるような記憶もありますよね?
その問いに対して、はっきりNOと即答できない私がいるのだ。
私と彼女の思い出の終幕は、今や私の後悔一色に染まっているのだから。
けれど
「おやおやおや?いかがされましたか?ひょっとして、お掃除して消し去りたい記憶が見つかりましたか?」
こちらを見透かしているような男の問いかけにハッと我に返った。
「な……っ、なんにもありません!私は消したい記憶なんかありませんし、記憶の掃除なんて、そんなの、何言ってるんですか!?私をからかってなんの意味があるんですか?誰に言われて来たのか知りませんけど、もう帰ってください!」
ムキになって言い返したりしたら、それが図星だったと思われかねないのに、ムキにならずにはいられなかった。
私は、彼女との思い出を消したいわけじゃない。
ただ、このままだと彼女との大切な思い出が後悔で塗り潰されてしまいそうで、それが怖くもあるのだ。
でもそんな弱気のせいで、大切な彼女との思い出を手放そうだなんて、一瞬でも躊躇ってしまった自分を認めたくなくて、思わず声を荒げてしまったのだ。
けれど、私が攻撃的な反論をしたにもかかわらず、男はニコニコ顔を崩さなかった。
それどころか、「そうですかそうですか」と、私の心情に寄り添うような相槌を続けたのだ。
「それは素晴らしいことですね。ですが、私は何もからかったりはしておりませんよ?ほら、時々ありませんか?なんとなく悶々としていた気分が突然スッキリ晴れることや、何かは思い出せないけど、何かを忘れてるような感覚。そういった事が起こった時は、大抵私どもシアワセ・クリーン・サービスが関与してるはずです!どうです?そんな経験、おありではありませんか?」
「それは………」
沈んでいた気分が急に晴れることも、何かは思い出せないけど何かを忘れてるような感覚も、どちらも覚えがある。
覚えがある以上、ここで否定するのは嘘をつくことになってしまう………
私が答えに窮していると、男が今度は何やら深く頷いたのだ。
「なるほどなるほど、やはり、まだ嘘をつくのは苦手なご様子ですね」
その言葉に、私は心臓が凍るかと思った。
私が嘘について苦手意識を持っていること、なぜ、初対面のこの男が知っているの?
今日ここに私がいることは、もしかしたら誰かに聞いていたのかもしれない。
だとしても、私が嘘について人一倍拒否感を持っていることは、彼女以外にはほとんど打ち明けていないのだ。
家族や、幼少期に周りにいたごく近い間柄の大人には知られているけれど、それだってほんの一握りの人間だ。
なのにどうして………
愕然とする私をよそに、男はさらに理解不能なことを言ってきたのである。
「驚かれるのも無理はありません。ですが私どもは記憶を操作する関係もございまして、皆様の頭の中をほんの少し覗かせていただけるのですよ」
「………は?」
「ですから、皆様の頭の中を覗かせていただいてるのです。そうしまして、その覗かせていただいた内容をご披露することで、皆様からの信用を頂戴しております」
「信用って………だいたい、さっきから何言ってるんですか?そんな頭の中なんか覗けるわけないでしょう?それに、万が一偶然言い当てたとしても、そんなのよけい不審がられるだけだと思いますけど?」
頭の中を覗くとか記憶を操作するとか、子供じゃあるまいし、信じる人がいるわけない。
でも…………確かに、この男は知り得るはずのない私の個人的な情報を知っていた。
信じ難いことだけど、もしかしたら数少ない私の事情を知る人物が、男に情報を与えたのかもしれない。
男に依頼したという誰かが、その数少ない人物である可能性はゼロではないのだから。
男はうんうんと頷き、私の言い分も否定はしないものの、
「仰る通り、はじめは皆様大変不審がっておられます。ですが、私が皆様の頭の中の内容をお伝えすると、大抵の方は信じてくださるようになり、お掃除させていただくことも多くございます」
輝かしい実績だと言わんばかりに自信たっぷりに述べてきた。
美声で愛想のいい柔和な雰囲気ではあるが、決して引きさがりはしなさそうだ。
そこで私は、方向転換することにした。
経験上、こういうおかしな人間を遠ざけるためには、正攻法よりも、あえて寄り添って、そののちに自ら退場していただく方向に導くというのが、最も有効な手段なのだ。
おそらく、男の言う『皆様』も、私と同じように適当に男を信じたフリをして厄介払いしていたのだろう。
私はまず、否定一辺倒だった姿勢を改め、男の話に乗るフリをした。
「それじゃあ………私の頭の中のこと、教えてくれますか?」
すると男は喜々として、「承知いたしました!」と美声を奏でたのだった。
「では、本格的に覗かせていただきますので、少々失礼いたしますね」
男はいかにもそれらしい前置きを告げると、私の前に片手をかざしてきた。
そしてその指の隙間から、じっと私を見つめてきたのだ。
にこにこ顔を封印した、真剣な双眸。
目と目が合うと、その鋭さに逸らせなくなってしまう。
次第に、目だけでなく、全身が捕らわれたかのように、身動きできなくなっていく。
やがてそれは、私から息までも奪ってしまうのではないかと、怖くなってきた。
…………もうやめてほしい。
そう口にする直前、男はフッと視線を和らげた。
「そうですか、ご親友を亡くされたのですね………。それは、さぞかしお辛い経験でしたでしょう。心よりお悔やみ申し上げます」
感情を込めてそう言った男は、頭を下げて黙祷した。
ほんの短いものだったが、私の胸にはくるものがあった。
けれどそのあとに続いた男の発言には、別の意味で胸にくるものがあったのだ。
「ですがそれは、決してあなたのせいなどではありませんよ。あなたのご親友がなさったことは、絶対にあなたのせいなどではありません。あなたは、ご自分の嘘を大層嫌う特性が、ご親友の死を招いたと悔やんでいらっしゃるようですが、そうではないと思います。ご親友があなたに相談できなかったのは、何もあなたが嘘に嫌悪感を持っているからではなく、おそらく、あなたを巻き込みたくなかったからではないでしょうか?ご自分に催眠をかけた男とあなたを関わらせたくなかった、そう考えるのが自然です。実際、日記や遺書にも、その男を警戒するような文言が記されていたのですよね?でしたら、あなたに男のことを相談した結果、親友思いのあなたが個人で男に抗議をしたり、訴えたりして、男と深く関わっていくのを阻止したかったのでしょう。そうすることで、あなたを守りたかったのだと思いますよ。そして自分の死後、その日記や遺書をもとに、あなた個人ではなく、おそらく学校、或いは警察といった公の組織に、男の罪を暴いてもらいたかったのではないでしょうか。その当時、意識を失っていた教え子のためにも………」
それは、見事に私の頭の中にあることを抜き出した内容だった。
でもそれに対する驚きよりも、私の心を騒がしくさせたのは……………
「私を、守りたかった………?」




