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魔法使いには向かない職業  作者: 有世けい
はじめての魔法使い
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扉のすぐ向こうでは、あえて(・・・)廊下側には出ていない護衛担当者が数名待ち構えていた。

ダークスーツのいかにもな風貌の男達だ。

彼らを見るや否や、女が唾を飲む音が聞こえてきそうだった。

だが、声を出すなという指示を守り、女は一言も発さなかった。



「お疲れ。ああ………彼女だったのか」


ダークスーツの壁からひょいと抜け出してきたのは、さっき俺を見送った男だ。

どぶ臭くないネズミがいいと言ったこの男は、議員の中ではかなり若い方だが、これでも現職閣僚である。

父親も祖父も母方の祖父も政治家という、どの角度から見ても世襲議員の代表格のようでありながら本人はそれを断固として受け入れず、祖父や父親とは異なる、自身が学生時代を過ごした選挙区から出馬し、圧倒的な強さで当選して以来一度も落としていない、地元からの支持も相当な人気議員だ。

ゆえに、最近投票率が伸びてきている若手層からの支持を得ようと、人気にあやかる意図で初入閣させられた(・・・・・)のだが、それはそれでチャンスだとポジティブに捉えるような男だった。

その彼も、この女には見覚えがあったらしい。

若手議員の行く先々でよく出没している女性記者を警戒し記憶するのは、危機管理的には当然なのかもしれないが。



「あれ?やっぱりハムスターだったんですか?」


大臣の背後から姿を見せたのは初当選から史上最速で副大臣となった男だ。

彼もまた父親が元官房長官だった。

本人は政治家になるつもりなど微塵もなく大学卒業後は教師になったが、その数年後、突然父親が病に倒れ引退することになったので、党のお偉いさん方からの熱烈な説得により、父親の地盤を引き継ぐことになった。

大臣の男よりもさらに若く、童顔の外見はアイドルグループに混ざっていてもわからないほどだが、その甘いルックスとは裏腹に、なかなかシビアでシニカルな一面もあった。

そしておそらく、女がマークしていたスクープネタになりそうな議員とは彼のことだろう。

彼は女性誌やファッション誌にもたびたび特集されるほどなので、もし何かスクープされたなら、それがどんなネタでもその媒体はかなりの売り上げになるはずだ。

だが本人もそれはよく理解しており、俺の知る限りでは、公的にも私的にも、彼は相当に用心深く生活しているように感じていたのだが。

まあ、俺の知る限りが彼のすべてではないのだから、この先どんなスクープが飛び出してもあり得ない話ではないのだろうけど。


ただひとつだけはっきりしている事実は、この二人が中心となり、旧態依然の政治体質の刷新を図ろうとしていることだった。



だが、なにも若さゆえの勢いで彼らが無謀に画策したわけではない。

なにしろ、この改革の発案者は彼らのボス、内閣総理大臣なのだから。

以前から何かにつけて口出しはするのに責任は取らない、面倒極まりない存在をどうにかできないかと考えていたらしい。

とはいえ相手は大物中の大物。

タイミングを見誤れば、逆に自身の政治家人生が終了となってしまうかもしれない。

そうならないためにも、慎重に種をまき、同志を見極めていたところ、総理の椅子を手に入れ、(くだん)の面倒な存在に「若者の票獲得のために若者に人気の議員を入閣させてはどうか」と意見されたのを好機と捉え、いよいよ動き出すことにしたのである。

今回の新法案についてもその一環だった。

現役議員から反発必至の法案でもあり、表立っては動きにくい総理に代わりこの二人が具体的に動いていたのだが、傍から見ると議員としては年若い二人の暴走にも見えたのだろう、面倒な存在はあの手この手で若手二人をどうにか操縦しようとしてきたのだ。

総理側もある程度は想定していただろうが、あまりにもたちが悪い妨害が続いたため、今の総理とは長い付き合いになる我々MMMコンサルティングに依頼があったわけだ。



我々MMMコンサルティングは、この改革プランには賛成の立ち位置だった。

というのも、もうずいぶん昔から政府とはコンサルティングファームとクライアント、という関係が続いていたのだが、どうも現総理より前の近年の総理や政府、政治家の面々はは我々魔法使いのことを便利な助っ人感覚で利用しているふしがあったのだ。

もちろん、議員や政府関係者のすべてがMMMコンサルティング、魔法使いのことを承知しているわけだはない。

一旦は知っても、いろんな事情から最終的には記憶操作の魔法をかけられて、魔法使い、MMMコンサルティングのことのみを忘れさせられた者も大勢いる。

だが中には、現総理のように、友好的な関係を築いている者もいたのだ。

コンサルとクライアントといっても、依頼内容によってはMMMコンサルティングに拒否権がある。

あくまでも立場は対等、若しくはMMMコンサルティング側に秤は傾いているだろう。

現総理は、それをよく(わきま)えている人だった。



その総理から、どうも、例の面倒な存在の人物以外にも、身内に裏切者がいるようだと相談を受けた。

そして、ちょうど一部議員との関係性を見直すべきだと仲間内で話していた俺がこの案件を機に引き受けることとなったのだ。


総理側もある程度の調査は行っており、およそ記者らしくない男が数名浮かび上がってきたというので、実際の大臣秘書を使って餌をまくように提案したのは俺だったが、まさかこうも上手くいくとは思わなかった。

しかも、ハムスター(・・・・・)のおまけ付きだ。



「ひまわりの種、まだ用意できてないんだけどな」


副大臣の男がなぜか楽しそうに言う。


「このハムスターはおとなしいので()後まわし(・・・・)でいいですよ」


俺は返事しながら、リビングルームに続く廊下に女を促した。


「へえ、じゃあ、まずはあっちのネズミ達を片付けようか。お前も、回し車は回すなよ」


大臣の男が暗に釘を刺すと、「わかってますよ」と不服そうな了承が返ってくる。

その刹那、女が副大臣をちらりと盗み見たのを、俺は見逃さなかった。

やはり女の目当てはこの副大臣の男で間違いなさそうだ。

俺は女が想定外の動きをした場合は即座に記憶操作を行うべきだと認識しながら、二匹のネズミが待つリビングに向かったのだった。












誤字報告いただきありがとうございました。

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