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魔法使いには向かない職業   作者: 有世けい
【番外編】魔法使いにしかできない職業
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暦が移っても、騒がしい夏の残像はなかなか消え去ってくれなくて。

でも、今朝は確実に、秋が深まっている気配が漂っていた。



壁に掛けてある日めくりカレンダーは、去年のあの日(・・・)で時を止めたままだけど、静かに、勝手に、季節は進んでいるのだ。



私の心と、彼女(・・)の時間を奪ったまま……………










彼女とは、大学時代に何かの説明会で出会った。

お互いに教職を志していて、プライベートの連絡先を交換し、ときどき情報を教え合う仲になるまでは、そう時間はかからなかった。



彼女は、嘘をつくのが苦手で人付き合いが得意でない私のことを、ただ正直で誠実で、ちょっと不器用なだけだと言ってくれた。

その言葉が、たまらなく嬉しかった。



いつからだったかは覚えていないけど、たぶん……ううん、きっと、物心ついた頃にはもう、私は、嘘というものに尋常じゃない嫌悪感を抱くようになっていた。

私自身が嘘をつくことに強烈な罪悪感や不快感に襲われ、それは、誰かが嘘をついたときも同様だった。

そんなだから、幼い頃はずっと、周りの人達とうまくコミュニケーションを取れなかった。

だって、人は、多かれ少なかれ嘘をつかずにはいられない生き物だったから。

というよりも、大なり小なり、良くも悪くも、嘘をついていないと良好な人間関係を築いていけないのだ。

私の忌み嫌う嘘の中には、相手のための優しい嘘だってあるのだから。

それをできない私が周囲の輪の中に居続けるためには、とてつもない嫌悪感や不快感を堪えるか、嘘をつかずに誰も傷付けない術を身に付けるしかなかった。

そうやって生きていくうちに、私は、後者の嘘の回避術を磨いていったのだ。



例えば同級生が新しいヘアスタイルについて意見を求めてきたとき、たとえ似合ってなかったとしても、似合ってるとは言えない。

それは嘘になるから。

そんな些細な嘘でも、私にとっては鋭利な刃物以上の武器になってしまうのだ。

だから私は、「あなたが気に入ってるならそれが一番だと思う」「大人っぽく見える」「いつもと違って新鮮でいいと思う」そんな言葉で返していた。

嘘はつかずに、誰も傷付けない。

そのために私ができる、唯一の手段だった。


ただ、YESかNO、どちらかで答えを求められるときは、苦痛を堪えるしかなかった。

すると自然に、白黒はっきりしたがるような性格の友人達とは距離ができてしまっていた。


仕方がない。

頭ではそう諦めても、気持ちはなかなか吹っ切れないことも多かった。



そんなふうに学生生活を送っているうち、ひょっとしたら私以外にも同じように嘘をつけない人がいるのかもしれないと思いはじめた。

大人だったら、私みたいに回避術を習得できているかもしれないけど、もしそれがまだ精神的に未成熟で多感な十代の子供だったら?

私だったら、そんな子供の手助けができるかもしれない………


そう思ったことが、教職を志す動機だった。


そしてその動機を、あるとき、彼女に打ち明けたのだ。

彼女は、私が嘘を嫌っていることに何となく気付いていたらしい。

だから自分も、せめて私に対してだけでも嘘は言わないようにしようと、そう心がけてくれていたそうだ。

それを聞いて、私は、ああ、この子とはひょっとしたら一生の付き合いになるのかもしれないな………なんて期待して、本当の意味で心からの親友になれるんじゃないかと、胸を弾ませたりしていた。



だから、奇跡的に同じ学校の高等部と中等部に採用が決まったときは、本当に驚いたし、たぶん、これまで生きてきたなかでもトップ5に入るくらいは嬉しかった。


そのときのことは、今も、はっきりと覚えている。



彼女は中等部、私は高等部の新任教諭として、憧れだった教師人生をスタートさせた。


とはいえ、同じ学校といっても中等部と高等部は校舎も別棟で、部活や委員会もそれぞれ独立しており、全体会議や合同行事でもない限りは彼女と顔を合わせる機会はあまりなかった。

ただ、職員の全体会議については、想像していたよりは回数が多かったような気もしていた。

というのも、私達の勤める学校には、著名人を家族や親族に持つ生徒が大勢いて、彼ら彼女らの日常を守るために学校側の配慮が必要な場面があったからだ。

もちろん、細かな内容はプライバシー保護の観点から秘匿されるべきだけど、共有できる情報はなるべく中等部高等部で共有し、生徒達の学校生活を大人の都合から切り離して守っていくのが学校側の方針だった。


私も彼女も、その方針には大賛成だった。

二人とも新任なので担任ではなく副担任だったけれど、もし生徒達に何かあれば全力で力になるつもりでいた。

そう意気込みを語り合った私達に、絶対に嘘はなかった。



だけど、中等部でいじめ問題が発覚したことがきっかけとなり、私達の憧れだった教師人生が大きく変わってしまったのだった。




それは、ひとりの男子生徒がいじめ被害を訴えたことからはじまった。

もちろん学校側は即座に対応し、調査を開始した。

デリケートな問題だからと、当初は、いじめを訴えてる生徒がいる、という事実しか我々高等部職員には通達されなかったけれど、私も含めほぼ全員が、そこまでの深刻さを感じてはいなかった。

でもそれは、なにもいじめ問題を軽んじていたわけではなくて、生徒最優先のこの学校では、過去に生徒間のトラブルがあった際もきちんと対応してきたという実績と自負があったからだ。

私立学校なので教職員の入れ替わりも少なく、少人数制なので学年問わずほとんどが顔見知りというアットホームな環境も、私達に安心感を与えていたのかもしれない。

きっと、そう時間はかからずに解決するだろうと、誰もがそう思っていた。



ところが、事態はまったく予想だにしていなかった展開になったのだ。


被害を訴えていた男子生徒が意識不明の重体で緊急搬送されたのである。


私は、彼女がその知らせを受けたときたまたま隣にいたので、一緒に病院に駆けつけた。

そして後に知ったことだが、彼女は、集中治療室の男子生徒を窓越しに見舞っているとき、母親から、男子生徒の遺書と思しきメッセージを見せられていたそうだ。

ロビーで待っていた私はそんなこと知る由もなく、ただ集中治療室から出てきた彼女の方こそ、今にも死んでしまいそうな顔をしていたのは憶えている。


彼女は激しく自分を責め、私は必死に彼女を励ました。


でも、その励ましが彼女に届いていたのかはわからない。

今となってはもう、確かめようもない。

それを尋ねる前に、彼女はこの世を去ってしまったのだから。



自身の運転する車での単独事故で、彼女は短い生涯を終えた。


不運による交通事故。

彼女を知る者は誰もがそう残念がっていた。


でも、この数年、家族よりも一緒に過ごす時間が多かった私には、彼女がそんな事故を起こすとは考えられなかった。

事故現場は彼女の生活圏内ではなく、深夜という時間帯も不自然だ。

なにより最も信じ難かったのは警察からの「おそらく居眠りによる事故の可能性が高いでしょう」という言葉だった。

彼女が、居眠り運転するなんて、到底信じられなかったのだ。


その疑念は彼女のご両親も感じていらっしゃったようだった。

警察からも「おそらく」という言いまわしでしか告げられていない。

そこで私は、もう一度警察に詳しく確認してみようと思った。

そんなとき、いじめを訴えていた男子生徒の父親から連絡があったのだ。

彼女の死について誰も知らない情報がある………そう言われて、私は素直に父親に会いに行った。



そしてそこからの私は、私であるのに私でないような、記憶はあるのに覚えていないような、自分が話した言葉なのにまるで他人の言葉を聞いているような、私の中にもう一人の私がいるんじゃないかと、そんな不安がつきまとうようになっていった。


そうして自分なのか自分じゃないのかわからない思考で、あんなに希望していた教師という職を辞したのだ。



すべてが明らかになった今となっては、それが、男子生徒の父親による一種の催眠術や暗示のようなもののせいだったとわかる。

催眠により私に教師を辞めさせ、記者の職をあてがったのも、その男の自分勝手な目的を果たすためだった。


でも、当時の私は、親友を失った悲しみ、悔しさ、怒り、虚しさ、やるせなさに満ちていて、そんな心が弱り切っていた状態で、自分が催眠にかかっているなんて見抜けるはずもなかったのだ。

親友の死の真相を明らかにし彼女を死に追いやった者達を世間に知らしめたい、その一心で、勧められるままに新聞記者への転職を受け入れたのである。



けれど、彼女の日記と遺書が見つかり、真実が判明したとき、私は、彼女の苦悩に何ひとつ気付いていなかったのだと思い知らされた。

親友のくせに、一番彼女の近くにいたと思っていたくせに、何もわかっちゃいなかった。

彼女がどんな思いでいじめ案件と向き合っていたのか、被害を訴えた男子生徒と接していたのか、彼のとった行動に、どれほど自責の念を持っていたのか………

親友なら、もっとできたこともあったはずなのに。

どうして気付いてあげられなかったんだろう。

どうして彼女は私に何も話してくれなかったんだろう。

どうして…………


そうやって彼女のいない世界で悔しさを爆ぜさせるとき、私はいつも最後の問いに突き当たってしまうのだ。



もし私の嘘に対する拒否感がなければ、嘘に対する嫌悪感を彼女に打ち明けていなければ、彼女は私に何か相談してくれていたのだろうか?


そうしたら、私は、親友を失わずにいられたのだろうか………



その問いに答えが出ないまま、今日、彼女の命日を迎えたのだった。










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