赫い月夜の魔法使い
「ねえ、これって一日限定10個しか販売されてない超人気で超レアなプリンじゃない!?」
「ああ、最近ネットでよく見かけるね」
「あまりに人気過ぎてテレビ取材は全部NGって言われてる、あの幻のプリンっすか?」
「そうそう、その幻のプリンよ。それがここに5個もあるなんて、どういうこと?」
同僚の三人が騒いでる中、黒いワンピースの女だけはクスクス笑っていた。
「あ!何か知ってるっぽいっすね?」
「ふうん………ということは、例の未発見の女の子が関係してるんじゃない?」
「おそらくそうだろうね。それ以外でこの二人が関わっていることはないはずだ。で?いったい何があったんだい?」
「そんなことは後でいいのよ。それより、この超入手困難なものを、どうやって5個も手に入れたの?そりゃ、仕事がらみの伝手を使えば何とかなるかもしれないけど、もしそうなら…………その伝手、私にも教えて?」
「え、そんな伝手あるんすか?知りたいっす!」
「いや、それよりも、二人の間でいったい何を……」
「いいえ、それより入手方法よ!」
「ぜひ教えてほしいっす!」
三人がいっそう騒がしくなると、黒いワンピースの女が「みなさま、そこまでになさって?」と笑い混じりに制した。
「お紅茶が冷めてしまいますわ。さあどうぞ、超人気で、超レアで、超入手困難な幻のプリンと一緒に召し上がれ」
彼女のひと声は、まるでもうそれだけで三人に癒し効果を発揮したようで、全員がおとなしくなってしまう。
それを見計らって、彼女は優雅に歌うように同僚達に告げた。
「こちらは、私があの日、未発見の女の方をご自宅まで転移でお送りするよう頼まれましたので、その報酬といったところですわ。私は頼みをお引き受けする際に、差し入れを期待しておりますという主旨の言葉をお伝えしておりましたので。ですが、まさかこのように希少なものをお持ちいただけるとは思っておりませんでしたのよ。感謝申し上げますわ」
彼女が説明すると、三人はそれぞれ納得したようだった。
そして三人のテンションがひと段落したところで、俺も当たり障りのない返答をした。
「知り合いに相談したらその店を紹介してもらっただけだが、そこまで喜んでもらえるならよかったよ」
「それで、その知り合いって誰なの?」
「もしかして、あの未発見だった記者の女の人じゃないっすか?」
「可能性はなくはないかもね。新聞記者なら情報通だろうし」
「あら、あの方と連絡を取ってらっしゃるの?」
黒いワンピースの女も三人に加わってくる。
放っておくと四人があらぬ方向に話を展開させていきそうで、俺はかすかな嘆息とともに否定した。
「あの女とはあの日以来会うことも連絡を取ることもしてない。そもそも個人的な連絡先も知らないし、聞くところによると、彼女は新聞社を退職したそうだからな」
「え、そうなんっすか?でもあの夜のことをまだ記事にしてないっすよね?」
パーカの男が首を傾げる。
この男はあの日の関係者でもある。
あのときマンションで起こった出来事を記事にしてもいいと、大臣が女に許可を出していたことも知っているのだ。
そして彼の言う通り、女はまだ自身の署名入りの記事を出してはいなかった。
そんな状況で新聞社を辞めるなんて、確かに意外にも思えるだろう。
「俺も本人から直接聞いたわけではないが、大きな団体に属している限り、その団体の意向に反する記事は出せないと学んだらしい。この記事に関する連絡は大臣の秘書が窓口になっていたようだが、先日、退職の報告を受けたと言っていた」
「あらそうなの?それじゃ、これからはフリーで活動するのかしら?」
「そのようだ」
「確かに新聞って、ちょっとそういうとこあるっすよね」
「政治が絡むと特にね。だが、フリーとなると、記事を発表する媒体が限られてしまうんじゃないのかい?」
「そうならないように、大臣側もできる限りの協力はすると言っていたが……まあ、あの女らしい選択だな」
あの日から一度も会ってはいないが、あの女のどこまでもまっすぐな性格は忘れようがない。
すると、あの女と面識のないはずの同僚が、しきりに頷いた。
「うんうん、しょうがないわよね。だって嘘がつけないんじゃ、そんな偏向報道みたいな真似はできないもの」
「そっすよね。嘘がつけないって、記者にとったら好条件と思いきや、実は悪条件っすよねぇ」
「我々 ”魔法使い” が嘘をつくことは、このプリンを作るパティシエが仕事前に手を洗うくらい、当たり前の作業だからね」
「でも………嘘をつけないというのが ”魔法の元” だったなんて、きっと、これまでご苦労も多かったことでしょうね………」
黒いワンピースの女は、あの夜病室で女が取り乱した様を見ているわけで、あんな常軌を逸した言動に至ってしまうことに同情を禁じ得ないのだろう。
あの女記者に ”魔法の元” があると知り、俺は、それが強い正義感だと推察した。
実際、あの女は事あるごとに正義感の強さを発露させていたのだから。
それも、俺がこれまで出会ってきた人間の中でも群を抜く強さの正義感だったのだ。
そのせいで、俺は女の ”魔法の元” を強い正義感だと断定してしまい、他の可能性を考えなかった。
だからあの夜、男子生徒の病室で激しく取り乱す女を目の当たりにして、ようやく自分の誤りに気付いたのだ。
女の ”魔法の元” は、おそらく、嘘をつけないこと。
或いは、嘘に対する強い嫌悪。
どちらにせよ、嘘に関することに間違いない。
それが、俺の出した結論だった。
だがそれと同時に、俺は、この女は ”魔法使い” にはなれないという結論にも至ったのだった。
さっき同僚が言っていたように、俺達 ”魔法使い” そしてMMMコンサルティング社員にとって嘘をつくということは、日常的にありふれていたからだ。
クライアントを含め我々の事情を承知の相手ならば、嘘をつく必要はないのかもしれない。
だが、それ以外の人間に対し、全員に ”魔法” や ”魔法使い” のことを喧伝してまわるわけにはいかないだろう。
”魔法” を全人類に受け入れてもらえるなんて、そんな夢物語みたいなことはあり得ないのだから。
それゆえ、嘘をつく必要があるのだ。
場合によっては相手の記憶を操作することもある。
それが、互いのためなのだ。
要らぬ争いが嘘ひとつで回避できると考えれば容易いことだろう。
だが、女にはその容易いことが困難だった。
なにしろ嘘がつけないのだ。
それだけでなく、自分以外の人間がついた嘘に関しても、相当な嫌悪感を抱いていたのだろう。
思い返すと、女が ”魔法の元” を暴走させたり体調を崩したりするのは、誰かが嘘をついていた事実が明らかになったときだった。
ただ、人は、”魔法使い” でも非魔法使いでも、多かれ少なかれ嘘はつくものだ。
それは何も自己の利益のためではなく、相手を思いやる優しい嘘だってあるだろう。
その嘘はもしかしたら誰かの命を救うかもしれない。
だが逆に、たったひとつの嘘で誰かが命を落とすかもしれない。
今回、女性教諭が亡くなったように。
だから俺は………
「だから、その女性の ”魔法の元” を封印したんだね?」
「ああ、そういうことね。てっきり、”魔法の元” を暴走させたからだと思ってたけど」
「あら、それも間違いではありませんわよね?あの夜、男の子にも嘘をついたことを詰め寄ってらしたから、この先の人生でまた同じようなことが起こらないようにという配慮もおありだったのでしょう?」
「やっぱ優しいっすよね」
「うん、優しいね」
「優しいわよねえ」
「お優しいですわ」
四人がプリンを頬張りながら俺への賛辞を口にする。
「お前ら……断っておくが、そのプリンはこれが最初で最後だからな」
「ええっ!?嫌っすよ!また差し入れしてほしいっす!」
「そうよそうよ!勿体ぶるなんてひどいわよ!こんなに美味しいものを!」
「だったら、彼にまた何か恩を売っておけばいいんじゃないかい?」
「そうですわね。そうでなかったら、力ずくで何か弱みを握ってしまうのはいかがでしょう?」
「………にっこり笑いながら、よくそんな物騒なセリフ言えるわよね………」
「けど、真面目な話、いったい誰に頼んだらこんな貴重なプリンを五つも買えるんすか?」
「そうね、私もそれは知りたいわ。いったいどんな伝手を使ったのよ?」
同僚達の騒がしさが一段と盛り上がってきたところで、ちょうど俺のスマホが鳴りはじめた。
まさか狙っていたんじゃないだろうな?と疑いたくなるほどのタイミングに、同僚の四人は訝しそうに俺を見てくる。
が、俺は彼らの眼差しを何事もなくスルーさせ、着信画面を確認した。
するとそこには、よく知る人物の名前が。
「………噂をすればだ。ちょっと出てくる」
そう告げて、俺はソファから立ち上がった。
背後では同僚達がまだ何か喚いているが、聞こえないことにする。
そして、満月の夜にいつも同僚達と過ごしている洋館のテラスに出た。
館の奥にはサンルームもあるが、なんだかこの人物とは、夜風に当たりながら
会話したい気分なのだ。
「――――――こんばんは。お待たせして申し訳ありません、赫原総理」
電話越しに、フッと笑った気配を感じた。
「……………ええ、そうです。でも今外に出ましたので構いませんよ。………………そうですか、それは、お役に立てたようで何よりです。……………いえ、俺は自分の仕事をしたまでですので。それより、新法案についてマスコミにも情報を提供することにされたんですね。先日テレビで拝見しましたよ。……………賢明なご判断だと思います。もちろん我々も引き続き報道内容に偏りがないか監視はさせていただきます。…………そうですね。良くも悪くも、人は無意識のうちに何事も自分の考えや価値観に偏らせがちですから。それに気付いて修正をかけられる公平な人間はほんのひと握りです。あなたはそれができる人だと、信じておりますが。……………いえ、そんなつもりは……………そうですか?それはそうと、この度はいい店を紹介していただき、ありがとうございました。早速今夜差し入れに使わせていただきました。……………ええ、それはもちろん。全員が大喜びしておりました。喜び過ぎて、俺がいったいどんな伝手を使ったのかと探っていましたところへ、ちょうどこのお電話でしたから、おそらく、あなたのことは気付かれたと思いますが………………そうですか?お手数おかけいたします。………………ありがとうございます。ですが、俺がこの伝手を使わせていただくことはもう、ないかもしれません。…………………俺がMMMコンサルティングに入って、もう十年が経つからです」
その事実に、彼女はハッとし、もう十年も経つんですねと呟いた。
「ええ、そうなんです。それで、あなたもご存じのように、弊社ではおよそ十年ごとで配置換えを行っておりまして……………そうですね、俺以外の政府担当者に引き継ぐことになります。あくまで弊社内での人事ですので、ひとまずはこちらで担当者を決めさせていただき、その後そちらで面談して採用、不採用を決めてください。まあ、あなたならもうその辺りのことはご承知だとは思いますが。……………そう言っていただけて光栄です。……………そうですね、おそらく、この電話が最後のご挨拶になるかと。直接お伝えできずに申し訳ありません。そういう決まりごとのようでして。みなさまにもよろしくお伝えいただけますか。最後の案件は、俺にとってもいろいろ勉強させていただきましたので。…………………そのお言葉には何とお返しすべきなのかわかりませんが、何かが終わる時は何かがはじまる時ですから。もうお会いすることはないかもしれませんが、あなたがどのようにこの国を守っていくのかを、ずっと見守らせていただきます。どうぞ、お体にはお気をつけて………………こちらこそ、大変お世話になり、ありがとうございました。ご一緒に働けましたことは、一生の名誉です。ありがとうございました。え?……………ああ、本当ですね。今夜は月食でしたか。……………そうですね。では………どうぞお元気で」
俺はいつもの煌めきを封印した赫い月を見上げながら、名残惜しさを断ち切るように通話を終えたのだった。
そのまま夜風にしばらく当たっていようかとも思ったが、館の中からひと際賑やかな声が届き、仲間の元に戻ることにした。
「なんだ、ずいぶん騒がしいと思ったら、お前が来てたのか」
さきほどの面子にひとりの若い女が加わっていた。
彼女はこの中では一番の新入りだ。
それまではMMMコンサルティング歴でいうと俺が一番の若手だったので、俺にとってははじめての後輩にあたる。
「こんばんは。ところで、私のプリンはないんですか?」
彼女はテーブルを指差しながら訴えてきた。
その反応があまりにも想定通りで、俺は思わず苦笑いがこぼれてしまう。
「なに笑ってるんですか?」
「いや、お前がそう言うだろうなとは思っていたからな。そこにひとつ余ってるだろう?」
「あら、でもこれはあなたの分じゃないの?」
「俺は甘いものは好みじゃないからな」
「え、じゃあもともとそのつもりだった…ってことっすか?」
「ああ、そうだ」
「なんだ、ずいぶん男前なことをするね」
「普通だろ」
「あなたにとっては普通でも、普通は、普通ではないのかもしれなくてよ?」
「まるで早口言葉みたいだな」
「本当にもらっちゃっていいんですか?」
「構わないよ」
「じゃあいただきます!ありがとうございます!」
女はそれはそれは幸せそうにプリンを頬張りはじめた。
「やっぱり、新人ちゃんは可愛らしくていいわねぇ」
「新人といえば、今年の入社試験も合格者は出なかったらしいね」
「え、そうなんすか?もう三年連続じゃないっすか?」
「それだけ狭き門ということですわね」
「ただでさえ長生き集団なんだから、毎年毎年増えてたら収拾つかないだろ」
「まあ、それもそうね。でもだからこそ、あの未発見の女の子が入社してくれたら嬉しかったんだけど」
「そっすよね」
「でも仕方ないさ。嘘をつかない ”魔法使い” なんていないんだから」
「でも考えようによっては、これでよかったのかもしれませんわ。だって、記者というのは真実を追求するものでしょう?でも、私達 ”魔法使い” は時にはその真実を隠す必要がありますもの。もしかしたら記者というのは、私達 ”魔法使い” には一番向かない職業なのかもしれませんわね」
黒いワンピースの女の言葉に、誰もが納得していた。
だが、若い女が急に大きな声をあげたのだ。
「あ!!」
「今度は何だい?」
「プリンですっかり忘れてました!今、月食中ですよ!月が赤くなってます!」
「ああ、そういえばそうねぇ」
「すっかり忘れてたっす」
「え……感想、それだけですか?」
「まあ、我々はもう何年も、何十年も、こうして満月の夜に集まってるわけだからね。月食も何度見てきたことか」
「ですが、あなたを見ていたら、初心を思い出しましたわ。みなさん、テラスに出て一緒に赫い月を見ませんこと?」
「いいですね!行きましょう!」
「そうね、たまにはいいかもね」
「右に同じっす!」
「では参りましょう………あら?」
「外は冷えるかもしれないから、こちらをどうぞ」
「でもジャケットがありませんと、あなたが………いえ、ありがたく使わせていただきますわね」
賑やかな声々が、テラスに移動していく。
俺が最後にテラスに出ると、全員が夜空を見上げながら騒がしくしていた。
今夜、長い付き合いの相手と別れの言葉を交わしたけれど、今夜みたいな満月の夜の仲間達との集いは、これからもずっと続いていくのだろう。
俺が ”魔法使い” でいる限りは。
そうして何度めかの満月には、またこうして月食が巡ってくる。
そのときはまた、俺達はこうしてまた赫い月を見るのだろう。
例えそれが数年後だろうと、数十年後だろうと、数百年後だろうと……………
俺達は、”魔法使い” なのだから。
魔法使いには向かない職業(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
番外編も更新予定ですので、またお付き合いいただけましたら嬉しいです。




