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男子生徒は恐々尋ねながらも、どこか確信しているような、でも俺に否定して欲しそうにも聞こえた。
青くて若い感情の中、必死に葛藤しているようでもあり、俺は若干の躊躇を過らせた。
だが、そんな俺に母親が言ったのだ。
「どうかすべてを、包み隠さずすべての真実を、この子に教えてやってください。どんなことでも。それが父親の秘密でも、この子自身に責任があることでも、ちゃんと向き合わなければならないんです。それが、自分で自分の命を終わらせようとしたこの子の償いだと思いますから。もし、この子がそれを知ってまた同じ過ちを犯そうとしても、今度は私が命に代えても止めてみせますから」
さきほどとその意志は変わらないようで、しっかりした口調で、男子生徒を見つめながら告げた。
男子生徒は言葉にはせず、葛藤を抱えたままでも俺にこくりと頷いてみせた。
まだ幼さの残る顔に、大人の雰囲気も混ざっている。
すると、女も前のめりになりながら訴えてくる。
「私も……私も知りたいです!なぜ彼女があんなことになったのか……教えてください!」
男子生徒よりも積極的な女に、俺は躊躇でなく警戒を抱いた。
だがそれを察していたかのように、女は付け加えてきたのだ。
「………もしも、それが誰かのせいだったとわかっても、故意でない限りはその人を責めるようなことはしませんから」
ただ真実が知りたいんです。
あの男の言ってたことは、本当に全部でたらめだったのか。
だったらなぜ、彼女は死ななきゃならなかったのか………
女が言った。
彼女も薄々は勘付いているのだろう。
父親だけでなく、父親の催眠にかかっていた男子生徒自身も間接的に親友の死に関わっていることを。
念のため ”魔法” を使ってみたが、彼女達のセリフに嘘はなかったし、三人の心の声もその通りで、どこも違和感はなかった。
そのせいで、俺は警戒を溶かすことにしたのだった。
「わかりました。ですが、ここにいる皆さん、そして亡くなった女性教諭も、全員が一種の催眠状態にあった時の出来事です。それを決して忘れないでください」
そうして俺は、女性教諭が残していたUSBの日記のことを、遺書のことを話していったのだった。
異変が起こったのは、最後まで話し終えた直後のことだった。
ピシッ! …………ピシピシッ!!
細く、異音が走った。
それが病室の窓ガラスのひび割れだと気付くまでの、ほんの一瞬の隙が、俺の出遅れを生んでしまった。
「ぅうわあああぁあああああぁぁぁっっっっ!!!!!」
突如、女がソファから転げ落ち、激しくのたうちまわったのだ。
さすがにその瞬間には俺も同僚の女もすぐに何が起こっているのかを察し、俺は女に、同僚は男子生徒と母親に駆け寄った。
女からは並々ならぬ ”魔法” の気配が噴出しており、さっきと同様にハァハァハァ…と息を刻みながら、全身で苦痛の吐き出し口を探し求めている。
”魔法の元” の暴走だ。
俺は女を抱き起こし、すぐさま ”制御の魔法” を施した。
さっきはパーカの男に任せていたが、女が気を失っていたこともあり、そこまで強力なものはかけていなかったのだろう。
それに時間も経過している。一時的な ”魔法” であれば薄まっていてもおかしくはない。
ただ完全に消えてはいなかったおかげで、さっきのような爆発的なものではなかったと考えられる。
「嘘…………嘘よ………」
俺の腕の中、”制御の魔法” がかかった女からは ”魔法” の気配も鎮まりはじめ、呼吸も落ち着いてはきたが、その様子は芳しくはなかった。
何かに取り憑かれたように、まるで意識外のところでうなされ続けているのだ。
「おい、しっかりしろ。俺がわかるか?」
「だめ………嘘…………」
「おい、聞け!」
「いや……………許せない…………」
「おいっ!!」
俺が声を荒げて揺さぶると、女はハッとしたように目を見開き、俺の顔を凝視した。
どうにか落ち着いてくれたかと思った刹那、
「いやああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
一度は鎮まっていたはずの ”魔法の元” が、再び噴き出してきたのだ。
「私、私、嘘ついてた!とんでもない大嘘を!!どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしよう!!!嘘なんて嘘なんて最低最悪なことなのに!!!嘘つくなんて絶対にしちゃいけないことなのに!!!どうしよう、許せない!ありえない!気持ち悪い!!!いやあああぁぁぁっ!!!」
女の取り乱し様は尋常ではなかった。
本気で ”制御の魔法” をかけないと女を抑えきることは難しいと判断した俺は、女の両腕を掴み、全身から ”魔法” の力を込めた。
だが、女は俺が ”制御の魔法” をかけ直すよりも先に、渾身の力で俺の手を振り払おうとしたのだ。
「―――っ!」
思いの外女の力が強く、俺の手がわずかにゆるむ。
その隙に、女は男子生徒のいるベッドに向かっていった。
だが当然俺がこれ以上女を自由にさせるわけはない。
女は三歩と進まぬうちに俺が羽交い絞めにした。
それでも、女はまだベッドに、男子生徒に向かおうと全力で抗った。
「ねえ!あなたもなんでしょう!?あなたも嘘をついていたのよね!?酷い嘘を!!嘘なんて最低なのに!!いくら催眠術にかかっていたって、ずっとよ?私達はずっと嘘ついてたのよ!?私はそんな私を許せない!!嘘なんて、絶対に許せないっ!!!許せないのよ!!!」
女は許せない、許せないと叫びながら、その場にへたり込んでいった。
女を抱え込んでいる俺も引きずられて床に膝をつく。
それでもなお、女は取り乱したままだ。
「許せない!嘘なんて許せないっ!!」
女の絶叫に、男子生徒の母親は息子を守ろうとベッドの前で両腕を広げ、男子生徒は青白い驚き顔で女を見下ろしていた。
それは、不安と恐怖の入り混じった顔だった。
俺は親子と女の間に立っていつでも動けるように備えている同僚の女に、ひと言、「頼んだ」とのみ伝えた。
それだけで理解し合えるのがMMMコンサルティング社員だ。
同僚の女は「承知いたしましたわ」と答えるなり、男子生徒に向かって手のひらを掲げた。
すると、数秒とたたずに、男子生徒はベッドに引き寄せられるように静かに倒れていった。
「っ!?どうしたの?具合が悪いの?」
母親が慌てて男子生徒を揺さぶるが、ベッドからは男子生徒の寝息が聞こえていた。
「ご心配には及びませんわ。ただ眠っているだけです。数時間で自然と目が覚めますから、ご安心くださいませ。目が覚めたときには、今の出来事はすべて忘れていらっしゃるはずですわ」
同僚の女は母親に微笑み、安心させてから、俺に振り返った。
「そちらはいかがかしら?」
俺が抱きかかえて物理的に動きを封じていた女は、もう荒い呼吸をしていなかった。
ただ、「嘘は嫌………嘘はだめ………許せない…………」ぶつぶつと呪文のごとく繰り返してはいるが、”魔法” の気配は完全に消滅している。
俺が全力で制御にかかったのだから、消滅していないとおかしいのだが、ひとまずはこれで落ち着いただろう。
呟きも暴走の残り香のようなもので、次第になくなっていくはずだ。
同僚の女は ”魔法の元” の暴走が収束したのを悟り、微笑みを濃くさせ、スッと腕を窓の方へと伸ばした。
すると静かに、無音のまま、窓ガラスのひび割れが跡形もなく消えていく。
もともとこの病室は ”認識阻害の魔法” が設定されていたので、室内の物音が室外の人間に届くことはないが、原状回復は必須だ。
間もなく、女も俺の腕の中で健やかな寝息を奏ではじめた。
「お眠りになったようですわね」
同僚の女がホッとしたように言うと、男子生徒と窓ガラス、そして女を順に見ていた母親が、「あの、いったい………」と俺の顔色をうかがってきた。
訊いていいのかわからない、でも訊かずにはいられないという様相だ。
母親には俺達MMMコンサルティングのことも ”魔法” のことも知らせてある。
ここで下手に誤魔化す方が不信感を芽生えさせてしまうだろう。
俺は女を横抱きにして立ち上がりながら答えた。
「もうお気付きだとは思いますが、あなたのご主人は我々側の人間でした。まさかそれが ”魔法” と呼ばれるものだとは想像もしていなかったと思いますが、自分が他者にはない不思議な力があるとは自覚していたはずです。そしてそれを長きに渡り悪用していた。この彼女もまた、あなたのご主人と同じだったのですが、彼女の場合は、自分に特殊な力があるとは露ほども思っていなかったようです。それゆえ、内にある ”魔法” をうまくコントロールできず、今のように暴走させてしまったのです」
事情を知った母親は率直に驚いた反応をしたが、自分の夫よりも、ほとんど知らない息子の学校の元教師の方を心配した。
「そうだったんですね………。でも、そちらの先生…もう先生ではないようですけれど、そちらの女の方は、すぐに良くなるんですよね?」
「ええ、問題ありません。あなたの息子さんと同様に、数時間のうちには、目覚めるはずです。そのときには、自分が取り乱したことはすべて忘れています。ですので、どうぞあなたも忘れてください。それから最後に……この先、MMMコンサルティングや ”魔法” のことを知ったあなたには、息子さんの経過観察も含め、ときおり関係者から接触があるかもしれません。ご了承ください」
「わかりました。あの……」
女を抱え直し、退室の雰囲気を整える俺を引き止めるように母親が言った。
「なんでしょう?」
「魔法のことは、いつか、息子に話して構わないでしょうか?」
母親はベッドで眠る男子生徒の前髪を愛おしそうに撫でた。
彼女は、もう夫を失ったも同然だ。
だがそれよりも、息子を失わずにいられたことの方が大きいのだろう。
俺は腕の中の女にそっと視線を落とした。
「………そうですね。いつか、彼が大人になって、嘘をついてでも守りたい、心から大切な何かを見つけた頃に」
何かを、誰かを守りたいと強く願ったとき、人は最も心を強くできるはずだから。
ただ残念ながら、この女には、それは当てはまらないのかもしれないが………
「わかりました。ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「お母様、私達は仕事をしたまでですのよ?もう感謝のお言葉はじゅうぶん頂戴しましたわ。さ、あとはどうぞ、息子さんに付き添って差し上げてくださいませ」
同僚の女は母親をベッド脇の椅子に座らせ、”魔法” を使ってカップ類を一気に片付けた。
「それでは、我々はここで失礼いたします。病院の方々にもよろしくお伝えください」
「ごきげんよう。お大事になさってくださいませ」
そう別れを告げ、俺達は病室を出たのだった。
「それでは、とりあえずは本社に戻られますわよね?」
人気のない廊下で、女が小声で言った。
「いいや。この女は本社には連れていけない」
俺の返答に、同僚は黒いワンピースの裾を翻した。
「まあ、それはどうしてかしら?」
「この女の ”魔法の元” は、封印する」
女の穏やかな表情が強張る。
「………それは、”魔法使い” にはなれないということですわね?」
「ああ。だから悪いが、この女を自宅まで転移で送ってやってくれないか?さすがに緊急時でもないのに男の俺が自宅に立ち入るのはまずいからな」
同僚はわずかに思慮したが、そう間を置かずに「わかりましたわ」と承諾し、女を ”魔法” で抱き上げた。
「次の満月、楽しみにしていますわよ?」
にっこりと、暗に交換条件を置き土産に、同僚は ”転移の魔法” で立ち去ったのだった。
たったひとりになった真夜中の病院の廊下で、俺は、この選択が正しかったと自分に言い聞かせていた。




