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俺が話している間、女も男子生徒も、ひと言も声を発しなかった。
男子生徒の母親はひとつの新しい情報が出てくるたびに表情を変え、逆に俺の同僚は柔和な笑みを崩さなかったが、女と男子生徒は一切顔つきを変えず、感情の揺れは掴めなかった。
もちろん ”魔法” を使えばそれぞれが何を思っているのかは容易くわかるが、今はそれをしても意味がないように思えた。
今朝の段階で、母親には ”魔法” のことを知らせていたが、俺は男子生徒には話すつもりはなかった。
まだ精神的に未成熟な彼にはこの真実が正しく受け取れないからだ。
なので、父親のことも、他者を意のままに動かす一種の催眠術のようなものを使っていた……そういうことにして話を進めた。
その催眠術によって、男子生徒も、母親も、女性教諭も、自分の意とは異なる言動をしていた可能性が高いと説明すると、母親はようやく腑に落ちたという反応をしていた。
夫の言うことを全面的に信じ、盲目的に従っていたという自覚が強いのだろう。
俺は、父親が違法薬物の取引に関与していた事実は伏せ、ある目的のために大臣や副大臣の弱みを探っていたと説明した。
そこで、息子と副大臣の弟が同学年であることを利用し、同じ学校に進学させたこと、副大臣の弟がいじめ加害者であるとでっちあげ、たまたま彼らの祖父が遺言に記していた学校への寄付にも言いがかりをつけ、大々的にネガティブキャンペーンを行っていたこと、そのために息子や女性教諭に催眠を施し、都合よく動かしていたこと、だが学校関係者には催眠がかからず、思ったような展開にならなかったこと、そんなとき、男子生徒が自殺未遂を起こし意識不明になったことを続けざまに話していった。
俺はそこで一旦話を休め、紅茶をひと口含んで喉を湿らせた。
男子生徒ははじめて表情を動かし、きゅっと唇を結んだ。
そんな息子の肩に、母親はそっと手を乗せ、女は膝の上に置いた手をぐっと丸めていた。
俺の同僚の女が、すっとティーポットを差し出し、空いたカップに紅茶を注いでくれる。
俺はカップに紅茶が満ちるのを待ち、再び口を開いていった。
ここからが、正念場だ。
説明している間、男子生徒、女、母親の三人に振り分けていた目線を、俺は彼一人に集中させた。
彼と、しっかり目が合う。
そしてゆっくりと、はっきりと、彼が意識を失った後のことを彼自身に聞かせていったのだった。
彼のことをずっと気にかけていた女性教諭が、亡くなったことを。
「…………え?」
男子生徒の感情がようやく動いたが、彼は呆然唖然と、そう呟くのがやっとだった。
だが俺は、間髪入れずに説明を続けた。
女性教諭が車の事故で亡くなったが当時は事故か自死か判別できなかったこと、
その死が大きなきっかけとなり女性教諭と同期だった高等部の教諭……つまりここにいる女が男子生徒の父親と接触するようになったこと、
またもや父親から催眠のようなものをかけられ、副大臣が弟のいじめを寄付金で隠蔽したと思い込まされたこと、
その件で学校や副大臣側を非難した挙句教師を辞めて新聞記者に転職させられたこと、
記者になってからの女は副大臣のスキャンダルを狙っていたこと、
副大臣と仕事をしていた俺が女と偶然鉢合わせし、転職の件が副大臣側にも伝わったこと、
副大臣から事情を聞いた俺が男子生徒のことを知り、父親を不審に思いはじめたこと、
総理や大臣副大臣が進める新法案に対し根強い反対派がいる中、裏で反対派を支援している人物が掴めないでいたが、それが父親だと判明したこと、
実は父親は不正取引で捜査関係者からマークされていたこと、
父親の催眠術に俺が気付いたこと、
その催眠を解く方法を知っていたこと、
女性教諭の死に父親の催眠が関与していた可能性が出てきたこと、
真実を明らかにするために父親の催眠にかかっているであろう人物を正常に戻し、事情を聞く必要があったこと、
そのためにも男子生徒の意識が戻る可能性がより高い治療を行うことになり、父親の邪魔が入らぬようこの病院に転院したこと、
先ほど父親に対する警察の捜査が入ったこと、
女性教諭の死に直接の関与はなかったものの間接的に父親の催眠が影響していたこと、
そして、違法薬物を所持しており、逮捕されたことまでを、一気に伝えた。
真実の中に、ほんのりと虚実を混ぜ、ところどころ順序を入れ替えながら。
だが、すぐには誰も大きな反応を見せなかった。
あまりの情報量で、処理に時間を要したのかもしれない。
男子生徒は心がどこかへ行ってしまったように、宙の一点を見つめたままだ。
片や母親の方は処理を終えたのだろう、どこか予想はついていたかのような諦めにも似た表情で、
「逮捕は、会社関係者から連絡を受けて知っておりました。おそらく自宅の方にも家宅捜索が入るだろうからと………」
しぼり出すように告げた。
「そうなるでしょうね」
俺が頷くと、母親はベッド脇の椅子から静かに立ち上がり、もう何度目になるかわからない会釈をした。
「………ご迷惑を、おかけいたしました…………」
妻として近くから夫を見ていた彼女には、例え催眠をかけられていても、思うことはあったのかもしれない。
違法薬物や逮捕と聞いても驚かないのがその証拠だ。
「いえ、俺は俺の仕事をしたまでです」
いつもの言葉を返した俺だったが、母親とは違い、親友の死の真相にはじめて触れた女は、まだ少しも納得できていない様子だった。
「…………あの子の死に間接的に影響しているって、どういう意味ですか?」
低く問う女。
まあ、そこに疑問を持たないのは不自然だろうな。
だがその直後、男子生徒からも問いが放たれたのだった。
「…………間接的とはいえ、まさか、僕のお父さんのせいで先生が……………死んだってことですか?」




