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魔法使いには向かない職業   作者: 有世けい
嘘つきな魔法使い
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14






男子生徒を診た医師と看護師は、何かあったらすぐにコールしてくださいと告げ、病室を出ていった。



「さて………」


絶妙な静寂が残された室内で、俺は全員の顔を見まわした。

男子生徒、母親、黒いワンピースの同僚、ソファで横になっている女、そして俺の5人しか、この部屋にはいない。

部屋全体に ”魔法” が施されており、室内での会話が外に漏れることはないし、無関係の者が入室することも不可能だ。

といっても、こんな真夜中に無断で病室に入ろうとする輩など、不審者以外の何者でもないだろうが。


ふと、俺の視線がベッドの男子生徒に留まる。

話に聞いていた人物像とはやや異なり、幼さの残る華奢な少年だ。

その表情は不安そうにも見えるし、色々と訊きたいことがあるんだと訴えているようにも見えた。



「てっきりきみはもう眠っていると思っていたから、詳しい説明は明日にでも改めて時間をとるつもりだったんだが………その様子では、気になってゆっくり眠ることも難しそうだな」


男子生徒はゆっくり頷いた。


「母に訊いても、先生に訊いても、何も教えてくれなかったんです。今はとにかくゆっくり体調を整えなさいとしか言われなくて、夕方まで一日中あちこち検査されたのはともかく、そのあとはテレビもネットも制限されてて、さすがに何だかおかしいと何度も言ったら、その女の人が教えてくれました。今夜ここにある男の人がやって来るからその人ならちゃんと説明してくれるかもしれないと。なので、ずっと起きて待ってました。ある男の人って、あなたのことですよね?」


その話し方も言葉選びも利発的で、頭がいいというのは間違いなさそうだ。

俺は同僚の女と目を合わせ「ああ、そうだな」と答える。

男子生徒の父親の件がどう転ぶか定かではなかったので、同僚も迂闊なことは伝えなかったのだろう。



「ところできみは、自分が長い間眠っていたということは理解しているのかな?」

「はい、わかってます」

「それじゃあ、どうしてそういう状態になったのかも?」

「……………はい」


そう言って俯く男子生徒。

その姿は、自分の行いを、とても悔いているように見えた。


だが彼の母親は違った。

息子と同じように表情を曇らせることはなく、


「あなたが自分自身にしたことでしょう?」


穏やかに、そして厳しく(たしな)めたのだ。

その姿は、自分の息子を、どうやっても支えていくという決意表明のようにも見えた。



「きみのやったことはこれから説明する内容には特に関係ない。今確認したのは、きみが当時の出来事を覚えているのかを確かめたかったからだ」

「それは…………覚えています。自分自身にしたことも、同級生にしたことも、自分がしたことは全部覚えてます」


男子生徒は後悔の色をさらに強めながらも、はっきりした口調で認めた。


「そうか、わかった。では今度はあなたに伺います。息子さんには今回の転院や出来事については何と説明を?」


俺は母親に尋ねた。

俺達が ”魔法使い” であることや、”魔法” を用いて目覚めさせ、快復させたことは今朝口止めしておいたが、男子生徒にどんな説明をするかまでは指示していない。

それによっては俺がこれから聞かせる話に齟齬が生じる可能性もあるだろう。

すると母親は一度息子を見やってから、俺を見上げ、答えた。



ある方(・・・)のご配慮により、MMMコンサルティングの方々をご紹介いただき、その伝手でこちらの病院に転院した直後、意識を取り戻したと。MMMコンサルティングには医師や看護師でなくとも医療方面にも明るい方がいらっしゃって、こちらのお医者様とチームを組んでこの子の意識が戻るように尽力してくださった……と、そう説明させていただきました」


それでよろしかったでしょうか?

言外にそんな確認も含ませて、母親は俺の反応をうかがっているようだった。

俺は安心させるよう、「ええ、大丈夫です。問題ありません」と、なるべく柔らかな物言いを意識して返した。

母親にしてみればはじめての ”魔法使い” で、対応に戸惑いがあっても仕方ない。

息子の意識が戻るかもしれない緊急事態の今朝は緊張感で気が張っていたのだとしても、意識が戻った今ではそれもなくなっているだろうし。

そしてそんな親子の様子は、今日一日ずっと彼らに付き添っていた俺の同僚が一番把握しているはずだ。



「お二人は、あなたがいらっしゃるのを今か今かとずっとお待ちでしたのよ?」


同僚の女は上品な微笑みを浮かべながらそう言うと、部屋の隅の簡易キッチンに向かう。

そして


「ですから、すぐにでもお話ししていただきたいところですけれど、その前に………お紅茶はいかが?」


慣れた手つきでカップに湯を注いでいった。

彼女が作る飲み物や料理は、それを口にした者を癒す効果がある。

状況から察するに、彼女は俺にその ”癒しの魔法” が込められた紅茶を飲ませたいのだろう。

俺自身は疲労を感じていなかったが、彼女がそう判断したからには従っておいて損はない。


「そうだな、いただこうか。だがそれが済んだら、彼女を頼んでもいいか?この後の話は、彼女も聞かせたいからな」


眠っている女の正面に位置するシングルソファに腰を下ろしながら言うと、同僚は「よろしくてよ」とにっこり笑う。


すると、やっと訊けるとばかりに男子生徒が身を乗り出してきた。



「あの、先生は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。ちょっと気を失っているだけで、じきに目が覚める。きみのようにな。だが、ひとつだけ訂正しておくと、彼女はもう、きみの学校の先生ではない」

「え……?」

「辞めたんだよ。きみが眠っている間に。きみが眠っている間に、いろんなことが起こって、変わっている。それをきみは、きちんと知っていく必要がある。その中にはきみにとってショックなこともあるはずだ。それでも、最後まで聞くことができるか?」



意識を戻したばかりの少年には酷な内容もある。

だが、今を逃せば、その真実がどこかでねじ曲がって彼の耳に届くかもしれない。

そうなったら今以上に彼を追い詰めてしまうだろう。

だからこそ俺は、今夜ここで、事実を事実として男子生徒に打ち明けるつもりでいた。

自身の自殺未遂のあと、女性教諭が亡くなったこと、父親が嘘を吹聴していたこと、それを信じた別の女性教諭が学校を辞め、父親にそそのかされて記者になったこと…………他にも、事実をありのままに、最終的には、父親の逮捕までを。


だが、いくら利口でもまだ未成年だ。

非常に大きなショックを受けるとわかっていることを、保護者の了承なしには行えまい。

俺は母親の意志をうかがうつもりでいた。

だが、俺が母親に問うよりも先に、男子生徒が真剣な面持ちで告げたのである。


「どんなことでも、ちゃんと最後まで聞く覚悟はできています。聞かなきゃいけないと思ってます。母にもそう言われましたが、自分でもそう思ってます。だから教えてください。お願いします」

「私からもお願いいたします。この子は、事実を受け入れて、反省して、謝罪して、自分のしてきたことと向き合いながら生きてほしいんです」



二人同時に頭を下げられて、俺は、この親子なら今後例え試練があったとしても、共に乗り越えていけるだろうなと思った。



「それでは、大切なお話の前に、しっかり喉を潤してくださいませね」


同僚の女がテーブルにカップを並べると、何とも言えない、和やかな香りが部屋を満たしていったのだった。









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