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関係者への事情聴取が済むと、大臣、副大臣はじめ議員や秘書、それに今夜の会合参加者は全員退室を命じられた。
警察関係者はこの後も現場である男の部屋や車などを調べるそうだ。
男のオフィスにも家宅捜査が入っているので、今後色々な証拠品が押収されていくだろう。
そして我々MMMコンサルティング社員も、警察担当者以外は解散となった。
警察担当は他にも数名いたのだが、気を失ったままの女記者を介抱していたパーカの男も念のためマンションに残ることになり、俺は女を引き受けることにした。
”魔法の元” の暴発がよほどダメージだったのだろう、女はピクリともせず、ただ深く深く意識を奥に閉じ込めていた。
もともとここでの仕事を終えたあとは男子生徒の転院先に移動するつもりで、女記者も同行させる予定だったので、俺は女を抱えたまま大臣、副大臣に挨拶に向かった。
だがそこで、御大に呼び止められたのだ。
「その彼女が、あやつの言っていた元教師かね?」
俺はゆっくり振り返った。
「ええ、そうです」
御大は女の血色の薄まった顔を見て眉を動かした。
「ご心配には及びません。少々 ”魔法” に当たってしまっただけですので。これからしかるべき処置を行います」
「そうか……」
「俺に何かご用でしたか?」
「ああ。最後にひとつ訊きたいことがあってな」
「なんでしょう?」
女から俺に視線を移し、御大は言った。
「なぜ、あやつがここに違法薬物を持ち込むつもりだと見抜けたんだ?」
「ああ、そのことですか……」
確かに何も知らない御大からしてみれば、俺が唐突に違法薬物だの厚労省だのと言い出したように見えるだろう。
だがその疑問は、MMMコンサルティング警察担当のパーカの男も抱いていたようだ。
「あ、それ、実はちょっと気になってたっす!警察との合同ミーティングでも薬物の話なんか全然してなかったじゃないっすか」
御大、パーカの男だけでなく、いつの間にか大臣、副大臣も俺の説明を待っているようだった。
俺は女を抱き直してから答えた。
「あのとき、MMM社員専用チャンネルにてマンション出入口に不審な車が停車したと報告がありました。その直後、あの男に着信があり、不審車に乗っているのは男の秘書だと判明しました。実は本日、ここに来る前に俺はあの男まわりを調べていまして、その際、男と秘書のやり取りを聞いていたんです。今夜の会合を反対する秘書に対し、男が何が何でも決行しろときつく命じていました。俺ははじめ、男が言った『決行しろ』とは、会合の開催を指しているのだと思っていましたが、聞きようによっては、会合の開催とは別に、男が秘書に何かの決行を指示したようにも受け取れます。だとしたら、男は今夜の会合にはじめから秘書を途中参加させるつもりだったとも考えられる。でも、なぜ?その答えが出せたきっかけは、大臣の証言でした。大臣によると、男は不正輸出だけでなく輸入でも不正を働いているということでした。そして男自身は、某有名記者の法に引っ掛かるような弱みを握っているとも言っていました」
「それで、違法薬物が関わっていると推察したのかね?」
「そうですね。ただ決定打は他にもありました」
「ほう………それは?」
「今夜このマンションで顔を合わせた人物の中に、以前、見かけたことがある人物がいたんですよ。彼らは今夜は警察関係者という立場だったり、おそらく何らかの団体職員として会合に参加していたり、俺が以前見かけたときとは別人になっていましたが」
「麻薬取締官か」
違法薬物専門の捜査官で、一般的な捜査とは異なり、潜入や囮捜査も珍しくない。
身分を偽り別人になるのは彼らの職務の一環だ。
「ええ。おそらくはそうだと思いました」
「………そうか、きみはとても優秀な記憶力を持っていたんだったな。一度見かけた人物の顔は忘れない、そうだったな?」
「恐縮です」
「いや………礼を言わねばならないのは我々の方だ。もしきみがいなければ、今頃あやつの策略に嵌っていたであろうからな。礼を言う。助かった」
そう言って、御大は頭を下げた。
それは品格と威厳のある礼だった。
「いえ。俺はただ仕事をしたまでです」
ほとんどのMMMコンサルティング社員が使用している常套句を告げると、御大は顔を上げ、フッと微笑む。
そこで俺は部屋を辞そうとしたが、ふと、思い直した。
「俺もひとつ、お尋ねしてよろしいですか?」
「何だね?」
「あなたは、最初からあの男を怪しんでいたのですか?それで、わざと近付いたのですか?」
「さあね。否定はしないよ」
「ですが、新法案には反対なのですよね?」
「無論。彼女にもそれは伝えてある」
彼女というのは、現職の内閣総理大臣のことだろう。
「伝えてらっしゃったんですか?」
大臣が驚きの声をあげた。
「ああ。だが彼女はそれを誰にも明かしてはおらんようだがな」
御大はそう言ったあと、小さな声で呟いた。
「…………実にあの子らしい」
だが、すぐに俺を見据える。
「きみとはこれで最後になるかもしれないな。きみのことは残りの生涯、ずっと覚えているだろう。………彼女にも、よろしく伝えておいてくれ」
そう言い残し、部屋を出ていったのだった。




