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区切りの関係で短めです。
男子生徒が意識不明の重体で緊急搬送された―――――その報せは、なんの前触れもなく彼女のもとに届いた。
女性教諭はすぐに搬送先の病院に駆け付けたが、家族以外は面会謝絶。
彼女のことを心配し、付き添ってくれた同期の教諭とともに真夜中の病院のロビーで、ただただ、男子生徒の無事を祈り続けるしかなかった。
やがて、夜が明けはじめる頃、意識は戻らないままだが命の危険は回避できたと知らされる。
男子生徒の父親はそれを聞くや否やすぐさま帰宅してしまい、彼女は残された母親の配慮により、ICUにいる男子生徒と窓ガラス越しに面会することができた。
ドラマや映画でしか見たことのない医療器具がまだ幼さの残る男子生徒の顔や体に装着されている。
その姿を見るだけで、彼女の胸は締め付けられた。
だがそこで、生徒の母親から、男子生徒が自殺をはかったのだと告げられたのだった。
それを聞いた彼女は衝撃を受けたが、心のどこかではそんな気もしていたと、日記に吐露していた。
男子生徒は日頃から父親に対する畏怖の念を抱いており、尊敬が勝つ瞬間と、恐怖が勝る瞬間が日に何度も交差していたのだという。
彼女はそれをとても案じてはいたが、どうしても父親の前に立つと己の意志とは無関係のベクトルに思考が進んでしまい、男子生徒を優先する言動に移せなかった。
彼女はそれを、日記でいつも悔やんでいた。
だが、今夜は、父親と対面していながらも、いつもとは違っているようにも感じた。
たとえば、いつもは心や頭にうっすらと靄のようなものがかかっているのに、それをあまり感じなかったというのだ。
なぜだかはわからない、彼女は日記にそう記していたが、俺は、男子生徒が自殺をはかったのかもしれないというショックが、彼女を支配していた男の ”魔法の元” から解放させたのだろうと考えていた。
そして彼女は、男子生徒が母に送信した遺書にも目を通した。
そこには、数々の『ごめんなさい』が羅列されており、どれほどに男子生徒が追い詰められていたのか、苦しんでいたのかを思い知り、胸が苦しむなんて言葉では表現できない感情が彼女を激しく叩きつけてきた……日記にはそう書いてあった。
また、男子生徒を追い詰めていたのは周りの大人であり、彼女自身であったことも痛いほど感じ、取り返しのつかないことをしてしまったと後悔が止まなかったと、日記からは彼女が心の底から悔やんでいるのが見て取れた。
そして、その次に男と顔を合わせたとき、男の供述にあったように、父親としてもっと息子と向き合ってほしいと訴えた。
だが男からは逆に息子を追い詰めたのは教師や学校側だと詰められ、彼女はこれまでになく狼狽えた。
自分でも、じゅうぶんに自覚があったからだ。
そうして、その狼狽えはどんどん大きく暗く重くなっていき、やがて彼女自身を追い詰め……………
日記は、そこで途切れていた。
その続きに記されていたのは、彼女の最期の言葉だった。
彼女は、男子生徒を追い詰めてしまったことを悔い、強く強く懺悔していた。
幸い一命はとりとめたものの、もし男子生徒が意識を戻し目覚めたとき、また追い詰めてしまうかもしれない。
あの父親を前にしたとき、また催眠状態になってしまうかもしれない。
それがたまらなく怖い。
今は催眠状態ではないけれど、また催眠状態になったとき、男子生徒を追い詰めたくない。
でも、もう二度と催眠状態にならないとは言い切れない。自信もない。
そんな、自分自身をコントロールできない自分がたまらなく怖い。
また男子生徒を追い詰めてしまいそうで、怖い。
自分は、自分でなくなってしまったのだろうか。
どうしたらもう二度と、男子生徒も他の生徒も、子供達を傷付けずにすむのだろうかと、そればかりを考えてしまう。
こんな自分は教師失格だ。
もう二度と、誰も追い詰めないように、傷付けないように………
そんなやりきれない想いが、切々と綴られていた。
それを読んだ誰もが、顔色を沈めた。
誰もが、たまらない気持ちになっていたことだろう。
そして誰もが、彼女の死に事件性がないことを確信していた。
誰かの鼻をすする音が聞こえるまで、俺達は、彼女の最期の言葉から目を逸らせないでいたのだった。




