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魔法使いには向かない職業  作者: 有世けい
はじめての魔法使い
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「じゃあ訊くが、所属はどこだ?名刺は受け取ったのか?」

「それは……フリーランスの記者だと言ってました。急いでたみたいなので、お互いに名刺交換はしてませんけど……」


俺は女の言い訳に大いに呆れた。


「フリーの記者なんて言ったもん勝ちの肩書だろうが」

「それは………そうかもしれませんけど、でもあのとき会ってたのは間違いなく議員秘書でしたよ?私見たことありますから!」

「議員秘書が偽の記者に騙されていたとは考えなかったのか?」

「あ………。……すみません、その可能性は考えてませんでした」


女は俯いて自省し、そこでおとなしくなるのかと思いきや、すぐさま顔を上げた。


「それで、あの人達、何者なんですか?」


転んでも何も掴まずに起き上がるつもりはないようだ。

記者としての意地がそうさせるのだろう。

その心意気は俺にとっては懐かしくもあり、俺が志半ばで終了させた記者人生

を、彼女が今まさに歩んでいるのだと思うと、ここでその道を奪うのは気の毒に感じられた。


例え彼女が今日の件で何か情報を盗んでいたとしても、俺には特殊な方法(・・・・・)がある。

彼女の記憶の中から必要な部分を消せばいいだけのことだ。

俺にはそれができるのだから。

そのために今日ここにいるのだから。

どちらにしても、もともと捕らえた男達にもその処置を行う予定だったのだから、この女一人増えたところで大した違いはない。

三人まとめて行えば済む話だ。

むしろ、彼女を一時的にでもこちら側に付けておいた方が、あの男達の件は問題なく片付くだろう。

俺はサッと計画変更すると、女の体をまた前に向かせた。



「あいつらは工作員だ」

「は?それってスパイってことですか?」


女は俺に押し上げられて前に進むが、顔はどうにか後ろ向こうと抵抗してくる。

俺は客室フロアの廊下へと続く扉に手をかけながら告げた。


「そうとも呼ぶ。といってもあいつらは公的機関ではなく、おそらく誰か個人に雇われた連中だろう。どこかの組織に所属してる可能性はあるだろうが、どうせ名ばかりの探偵事務所だろう」


仕事があまりにも雑過ぎる。

うちの会社だったら、とてもじゃないが単独で任務に就いたりはできないレベルだ。


「スパイ……」


女は明るい廊下に出ると同時に呟いた。


「言葉も服装も仕草もどこからどう見ても日本人にしか見えませんでしたけど……」

「外見や態度が日本人に見えたところで実際の国籍までわかるわけない。それに、スパイといっても、国際スパイとは限らない」

「え?国内ってことですか?つまり、日本人が日本人をスパイするってことですよね?」

「何を驚いてるんだ?お前のいる報道の世界でも、お前が追ってる政治家の世界でも、ある意味スパイだらけじゃないか。実際お前もスクープ合戦になる前に他の連中を出し抜こうと必死なんだろ?」


信じられるのは仲間だけ。

いや、その仲間だって何がきっかけで寝返るかわからない。

その寝返り先にどんな大物フィクサーがいて、どんな裏切者が待ち構えているのか………

だがそれは、どこの世界でも同じだろう。


俺のセリフに女は完全に納得したようで、「それもそうですね…」と驚き顔を引っ込めた。

女のこの柔軟なものの捉え方、俺は嫌いじゃないし、記者としても大きな武器になるだろう。

俺はスイートルームに進みながら、さらに話も進めた。


「表には出てないが、今ある法案を巡って与野党だけでなく各省庁や関係先と揉めに揉めている最中だ。与党内では一応方向性は定まっているとのことだが、一部の人間がこの流れを面白くないと思っているようだ。だが表立っては拒否できないものだから、あらゆる手を使って妨害しているわけだ。今日みたいな雇われスパイもそのうちのひとつに過ぎない。だがある特殊な方法(・・・・・)によって、その策略は事前にこちら側の知ることとなり、大事になる前に餌をまいて罠を仕掛けた。そしてその罠にまんまと引っ掛かったのがあの男二人とお前だった」

「え?罠?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


女が体を大きくよじらせるものだから、仕方なく俺は廊下の真ん中で立ち止まったのだった。



「………例えばこの廊下。大臣や副大臣が複数参加する会合が行われるホテルの部屋の前に、警護担当者が一人もいないなんてあり得ると思うか?」

「―――っ!」


女はあたりを見まわした。


「………本当だ、言われてみれば………」

「加えて言うなら、お前が見かけたという議員秘書の男は、こちら側(・・・・)の人間だ。餌をまくには持ってこいの立場だからな」


女はきょろきょろするのをやめ、硬い表情で俺を見上げてきた。


「待ってください。さっきも言ってましたけど、こちら側(・・・・)って、どういう意味ですか?いや、意味はわかるんです。でも、あなたがどうしてこちら側(・・・・)なんて言うんですか?いくら元記者で議員に顔が利くとはいえ、今はMMMの社員なんですよね?」

「それがMMMコンサルティングの業務、今の俺の仕事だからだ」

「……は?」

「MMMコンサルティングについて何も知らないんだな」

「日本有数の人気企業でしょ?でも新卒採用も中途採用もなかなか実施されないから、都市伝説みたいなものだって聞いてますけど……」

「それも先輩から聞いたのか?」

「だけじゃありませんよ。それくらい高校生だって知ってましたけど?」


やや感情が乗った女の反論も、嘘ではないだろう。

実態の掴めない存在は、それだけで噂の的になりやすい。

人は、知ることに対してどこまでも貪欲なのだ。

だからこそ、記者や報道機関の働きが求められる。

より素早く、正確に。



「MMMコンサルティングはその名の通りコンサルティングファームだ。クライアントは政府や自治体、警察、法曹、マスコミ、教育関係、それに大小問わずあらゆる企業。そのうち今の俺の担当は政府で、依頼内容は法案成立を妨害してる者とそのバックにいる議員を明確にすること。そして、今日罠にかかってここに侵入してきた者を全員政府側に引き渡すことになっている」

「え?それって私も入ってるんですか?」


女が顔面を蒼くさせる。


「当たり前だろう。まいた餌に引っ掛かったのは奴らだが、お前が奴らの仲間でないと証拠は何ひとつないからな」

「でも私、法案なんて知りませんよ!本当です!」


狼狽える女こそ、俺が餌をまいたことに気付きもしない。

今日捕まえた連中を政府側に引き渡す決まりなんてないのだから。

だがこう言っておくことで、次の段取りがスムーズにいくはずだ。


「そんなことは向こうにとったら些細なことだ。例えお前の記者生命が今日で終わったとしてもな」

「ちょっと待ってください、そんなのあんまりじゃないですか!こんなの、他の記者だってやってることでしょ?」

「みんながやってるから自分もやっていいなんてルールはないんだよ。違法は違法。グレーゾーンなんてないんだ」

「それは………」

「だが、まだ一年目の新人だということで、俺が今から言う指示に従うんだったら、お前の処遇については考えないこともない」

「本当ですか?指示って、何ですか?」


餌の食いつき方はあの男達以上だなと思いつつ、俺は女の背中を押して歩かせた。


「俺がいいと言うまで、何もしゃべるな。何を聞いても、何を知っても黙ってろ。できるか?」


女は「そんなことでいいんですか?」と拍子抜けしたように訊いてくる。

それがどんなに困難なのか知る由もなく。


「ああ。これから俺達はあの偽記者の男達を取り調べる。そこでお前は今まで聞いたこともなかった話を聞くことになるだろう。だが驚いても声には出すな。例え目の前で魔法のようなこと(・・・・・・・・)が起こったとしても、決して口を開くな」

「わかりました。絶対に口を開きません」

「よし。じゃあ偽記者達がどうなるか、特等席で見学してるんだな」


俺は片手で女の手首を拘束したまま、スイートルームの扉を開いた。

取っ手に触れるだけで自動的に解錠される扉。


「え?鍵は……?」


女が小さく呟くも、俺が一瞥するとすぐに唇を噛みしめた。

やれやれ、本当に大丈夫か?

そう訝しみながらも、どうせこの女も最終的には他の男達とまとめて記憶を消すのだから、大した問題じゃないと切り捨てる。



さて、ここからが今日の本題のはじまりだ。









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