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「なんだと?」
殺人事件への関与と聞き、さすがの御大も声を荒げた。
御大がこうなのだから、他の人間は議員やMMMコンサルティング社員でさえも騒ぎはじめる。
今日の本社でのミーティングでも、このマンションに場を移してからも、警察関係者から殺人事件を匂わせる発言は何ひとつなかったが、ただ一点、俺には思い当たることはあった。
「それは、あの女性教師の死亡についてですか?」
この男の周りで人が亡くなっているといえば、彼女の件しかないだろう。
「ええ、そうです。これまで事故か自死かの判断ができない状況でしたが、殺人の可能性も否定できなくなりましたので」
警視庁の人間がそう言うと、とたんに、足と口の動きを封じ込まれた男が激しく暴れ出した。
「んんん―――――っ!!んんっ、んんん、んんっ!!」
持てる限りの力で、全身全霊で何かを訴えているようだ。
すると御大の男を見る目が怪訝そうに細められた。
「また女性教師か。話は見えんが………その男は疑惑を否定したいのではないか?」
「んんっ!んんんんっ!!」
男が首振り人形のように何度も何度も頷く。
その必死すぎる形相に、俺は警視庁の人間達に目配せした。
彼らは互いに顔を合わせ、二、三言交わすと、やがて俺に向き直った。
「申し訳ありませんが、しゃべれるようにしていただけますか」
「あと体の動きも。拘束はこちらで行いますので」
「わかりました」
俺は言われた通り、すぐに ”魔法” を解こうとしたが、警視庁の人間が「あ、ですが…」と続けたのだ。
「外為法違反と違法薬物についてはこちらで取り調べますが、殺人関与については……」
「もちろん我々も解決のために協力は惜しみませんよ。どうぞご安心ください」
外為法違反や薬物はともかく、あの女教師の死に関することなら、MMMコンサルティングの介入なしでは解決に至らないだろう。
なにしろ女性教師の遺体からは ”魔法” の痕跡が発見されていたのだから。
ただ微量だったことから、それが誰のものだったのか、どのようなものだったのかまでは明らかにならず、事件性もなかったことからMMMコンサルティングにまで報告はあがってこなかった。
そしてあの女記者が ”魔法の元” の持ち主とわかってからは、そのせいで、友人である女教師にも ”魔法” の気配が移ったのだろうと思われていた。
少なくとも俺はそう思っていた。
だが、もう一人、すぐ近くに ”魔法の元” の持ち主がいた。
それがこの男だ。
そしてこいつは意のままに相手を操ることができた。
つまり、男が彼女を操って死なせた……という可能性も出てきたのだ。
そうなると、これは完全にMMM案件である。
どんなに優秀で権力のある機関でも、”魔法” が関わっている事件を解決することは不可能だからだ。
俺は、警視庁の彼らの中に流れる幾ばくかの不安を感じ取りながらも、男にかけていた ”魔法” をすべて解除した。
すると、自由を与えられた男の絶叫が部屋中に響き渡ったのだった。
「俺は殺人なんてしてない!!絶対にそれだけはしてない!!あの女は自殺したんだ!!証拠ならあるぞ!!あの女が日記に書いた遺書は俺が持ってるんだからな!!」
遺書だと?
女性教師のことを知る誰もが、男の言葉に耳を疑った。
だが
「遺書があったんですか!?」
誰よりも早く、大声をあげたのは副大臣だった。
彼は男に掴みかからんばかりの勢いだったが、男はすでに警察官によって両腕を後ろに拘束されていた。
「間違いないんですか!?彼女の遺書には何と書かれていたんですか!?」
副大臣は男の顔を覗き込み、男以上に必死の形相で問い詰める。
「ああ、ああ!!間違いない!!」
殺人の容疑を晴らせると思ったのか、男が副大臣に大きく頷いてみせる。
「部下が持ってるUSBを調べたらすぐにわかる!!あの女は自分の日記の最後に遺書を書いていたんだ!!」
「だから何と書いていたんだ!!」
「おい、落ち着けって」
感情まかせに怒鳴り上げた副大臣だったが、大臣が親しい口調で窘めた。
俺はその隙に ”魔法” で男をチェックする。………どうやら嘘はついてないようだ。
心の声も、ただひたすらUSBを確認しろと訴えているのみ。
ならばすぐにでもそのUSBの中身を確認させてもらおう。
「部下というのは、今電話で話していた、違法薬物所持の現行犯で逮捕された男のことですか?」
俺が具体的に問うと、男は一瞬怯んだが、
「………あ、ああ…ああそうだ!!あいつに預けてる!茶封筒に入った白いUSBだ!」
もう薬物に関しては観念したのだろう、素直に白状した。
そしてそれを聞いた警視庁の人間がイヤホンで伝達する。
「車内に茶封筒があればすぐに持ってきてくれ。中に白いUSBメモリが入っているはずだ」
《了解。―――――ありました。薬物と同じバッグの中に入ってました。中には………白いUSB、確かにあります。今すぐお持ちします》
「頼んだ」
イヤホンでの通話が終わると、今度は男に尋問口調で問いかけた。
「なぜ彼女の日記をお前が持っているんだ?」
「っ………」
男はわざとらしく顔をそらしたが、代わりに俺が述べた。
「この男にとって都合の悪い内容がその日記に記されていたんじゃありませんか?そうとしか考えられない」
男はグッと歯ぎしりで答える。
だが、これには副大臣が疑問を呈した。
「それならなぜ、廃棄しなかったんだ?そんな自分の立場が危うくなる内容なら、とっとと処分すればよかったものを。なぜだ?」
その言葉遣いや声のトーンから、副大臣が相当な怒りの感情を持っているのは明らかだ。
それでも男は一言も発さず、副大臣はさらに苛々を募らせていく。
そんな副大臣を宥めるのは、やはり大臣だった。
「まあ、消したくても消せなかった……というのが本音だろう」
けれど、その答えは間もなくイヤホンから届けられたのだった。
《あの、このUSB、変形してますが間違いないですか?》




