6
麻薬取締官の名前を聞いたとたん、男が勢いよくスマホを放り投げ、玄関目がけて走り出した。
だが廊下に続く扉の前で俺がその足の動きを制止させる。
もちろん ”魔法” で。
「―――っ!?……んー、んんっ、んんんっ!!」
男は顔面を真っ赤にさせ、まだ自由の利く上半身をひねって激しくもがく。
いきなり足が地面に縫い付けられたように動かなくなったのだから、当然の反応だ。
けれどどんなにもがこうとも、”魔法” の前でその抵抗は無駄である。
この部屋に集まっていた他の人間も、男の顛末を目の当たりにしたあとでは、退室を申し出ることはできないだろう。
そうしているうちに、床に置き去りにされた男のスマホからは、向こう側の様子が伝わってくる。
『もしもし!?もしもし、答えてください!!こっちに麻薬取締官来ましたけど、どうしたらいいんですか?指示してください!!』
『………こちらのバッグはあなたのものですか?』
『いえ、それは………』
『違うのでしたら、どなたのですか?中を確認させていただいてもよろしいですか?』
『や、やめてください、それは預かってるだけなんです!!』
秘書がスマホを離したのか、音声は遠くなり、代わりに身動きする音が続いた。
『……たい、なん…………』
途切れ途切れに秘書の焦り声が聞こえたかと思えば、複数の人間が動きまわる音、そして、
『ありました!』
決定的なひと声があがったのだった。
そこでぷつりとスマホの通話が切れてしまうが、同時に、イヤホンからも報告が届いた。
《すぐチェックします。マンションからは誰も出さずに部屋に戻してください。全員の所持品検査と尿検査を行います》
「了解。MMMコンサルティング社員はサポートに入れ」
《わかりました》
「隣室に待機してる社員で手が空いてる者はこちらに移り、サポートを」
《了解しました》
《この女の人はどうしたらいいっすか?》
「お前はそこでその女を見ていろ」
《了解っす》
イヤホンでのやり取りが一通り終わり一時的に通話が中断すると、それを待っていたのだろう、部屋に残っていた警視庁の人間が全員に向かって告げた。
「みなさんこのままここで待機してください。詳しいことはのちに説明いたしますが、状況次第では、今夜この部屋にお集まりのみなさんに任意での事情聴取と尿検査をさせていただきます。もちろん任意ですので拒否していただくことも可能ですが、身の潔白を証明なさりたいのでしたら同意していただく方が賢明かと存じます」
まだ若そうだが相当場慣れしていそうな態度で、そこまで言われて拒否を示す人間は誰もいないように思えた。
彼はそれ以上は語らず、ジャケットの胸ポケットから取り出した白い手袋をはめ、スマホを拾い上げるとテーブルの上に置いた。
その落ち着きある動きはプロそのものだったが、それはイヤホンから検査結果が知らされるまでのことだった。
《ポジティブです。現行犯逮捕します》
ポジティブ……つまり陽性が出たと聞いた警視庁の人間は、瞬時に雰囲気を変えた。
令状がどうの、検査キットがどうの、応援がどうのという言葉が慌ただしく飛び交い、部屋の中にはさらにダークスーツの男達が入ってきた。
彼らはいち早く逃げ去っていた議員や秘書、会社経営者や団体代表などを連れており、丁重な扱いなれど不穏さは拭いきれない。
「いったい何事ですか?一階にいたこの者達に部屋に戻るように言われたのですが……」
「そういえば入れ替わりにエントランスが騒がしくなっていたようですね」
「自動ドアの故障みたいで我々は外に出ることはできなかったんですが………って、いったいそこで何をされてるんですか?」
彼らは玄関をくぐるなり連れ戻されたことを口々に訝しんでいたが、そのうちの一人がこの部屋の主の違和感に気付き、仰天した。
無理もない、男はポジティブという結果を聞いたとたん、床に足を張り付けたまま項垂れていたのだから。
「どうしたんですか?お気分でも悪いのですか?」
何も知らない者が親切心を見せるが、
「そいつのことは構わないでいい」
御大が静かな音圧を響かせた。
「え?」
「その男達は警察官だ。きみ達は彼らの指示におとなしく従った方が身のためだろう」
「ええっ!?警察!?」
御大の指示に、連れ戻された全員が顔面蒼白になる。
まだ違法薬物の件は何も知らされていないにもかかわらず、警察官と聞いただけでこの狼狽えよう……よほど後ろめたいことがあるのだろう。
「それは困ります!警察になんて関わったら、名前が外に出てしまうじゃありませんか!」
「残念ですが、今夜この部屋に集まっていた皆さんには所持品検査と事情聴取をお願いすることになっております。あくまで任意ですが」
警視庁の人間が告げる。
「所持品検査だって!?」
「任意……任意だったら名前が表に出ないようにすることも可能じゃないのか?」
「そ、そうだそうだ!任意でもどうせ拒否したら立場が悪くなるんだろ?そんなの強制と同じじゃないか!俺は名前を伏せるという確約がないなら事情聴取も所持品検査も受けないからな!」
「だいたいここはあなたの家ですよね?あなたからも何か言ってくださいよ!」
怒りの矛先は項垂れている男に向けられる。
だが俺により ”魔法” で発言を制御されている男は何も話せない。
「んんん………っ!」
「ふざけてる場合ですか!こっちはただあなたに誘われてここに来ただけなんですよ!?」
彼らは薬物のことを知らないわけで、今の言い分も尤もだ。
全員がある程度は世間に名を知られているのだから、任意といえど警察から事情を聞かれたなどと報じられれば相当なダメージは免れない。
すると、じっと彼らの主張を聞いていた御大がその想いを纏めあげるように発言した。
「この者達の言う通り、我々はそこの男に集められただけにすぎない。任意の調査には協力を惜しまないが、もしそれで何も見つからなければ、その者の名は表に出ないようにしていただきたい。例え警察では難しくとも、MMMコンサルティングならば、そうすることも可能であろう?」
それは警視庁の人間ではなく、俺に向けられた依頼だったのだ。
御大は俺にとってはそれが容易い依頼であると確信している。
確かにそれは間違いない。
だが、今の段階ではまだ主導権は警察側にあるのだ。
俺がダークスーツの男達に目を合わせると、彼は俺に代わって「……いいでしょう」と了承を返した。
だが、直後に唯一の条件も提示してきたのだった。
「ですがそちらの男は除外です。この男には殺人事件に関与している疑いもありますので」
誤字報告いただき、ありがとうございました。




