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俺は咄嗟に、男と秘書の会話を反芻した。
『だから何度も言わせるな!つべこべ言わずに指示に従ってればいいんだ!』
『ですが社長、その件に関しましては、あの大臣が勘付いている様子があります。今夜はキャンセルなさった方がよろしいかと……』
『馬鹿も休み休みに言え。あの面子が揃うのは今夜しかないんだぞ。しかもあの若造ども、最近は胡散臭いMMMの連中とつるんでるそうじゃないか。これ以上好き勝手させてたまるか』
『もちろんそれは仰る通りですが、前回のバイトの失敗もありますので、ここは慎重に事を運ばれた方が……』
『うるさい!これは命令だ!今夜は、何が何でも決行しろ!いいな?』
『………承知いたしました。では、そのように』
今夜
決行
面子が揃う
指示………
それらの言葉は、男と秘書が今夜の会合をキャンセルするか否かという話をしているのだと連想させた。
だが、今の秘書の発言から、どうやら彼は今夜の会合に関して何らかの命を受けていたようだ。
となると、あの会話は、その命についての指示だったのかもしれない。
会話の内容で、男があの二匹のネズミの失敗を取り返そうと躍起になっていたのは間違いない。
つまり相当焦っていた。
だからこそ、これまで身バレしないように細心の注意を払って目立たぬように動いていたにもかかわらず、今回は一気に表に出てきたのだろう。
息子の自殺未遂を利用するほど、なりふり構わずに…………いや待てよ、さっきあの男は何と言っていた?
それに、あの秘書も、大臣が何かに勘付いている様子だと訴えていたよな?
だったら………
「大臣。この男について最近何か情報を得ましたか?」
俺はイヤホンを利用しての囁き声ではなく、ダイレクトに尋ねた。
もちろん、部屋にいる誰もが、そしてイヤホンを装着している者全員が俺の質問を聞いたはずだ。
「この男の情報……?」
「ええ。どんな小さなことでも構いません。裏取りが取れていなくとも結構です。何かありませんか?」
静かに答えを思案する大臣とは真逆に、男はカッと頭に血がのぼったような顔で激高した。
「おいお前何を言い出すんだっ!!MMMか何だか知らんが、勝手に人の家に手品みたいな真似して不法侵入してきたうえに好き勝手な言いがかりつけるんじゃない!!出ていきたまえっ!!」
男が怒鳴るが、それに気を取られたせいかスマホの通話を切ることは失念していたようだ。
『ど、どうされました!?MMM?もう着いてますよ?駐車場入り口前ですけど、ここは侵入禁止エリアでしたか?』
スマホからは、自分が怒鳴られたと勘違いした秘書の気の毒なほど混乱した声が聞こえてくる。
すると男が今度は正真正銘スマホの秘書に向かって怒鳴った。
「お前はもうい――――っ!?」
お前はもういいからそこから離れろ!
お前はもう行け!
男が何と叫ぶつもりだったのかは知らないが、大方そんなところだろう。
だが男の声は、俺の ”魔法” によって封じられたのだ。
「っ!?―――――っ!!」
何がどうなってるのか、自身の体に起こっていることがわからず半狂乱になりながら首元を掻きむしる男。
俺はその行為で負傷させてはならないと、仕方なく男の手も ”魔法” で拘束しようとした。
だが、
「やめたまえ。静かにしていれば彼らは決して手荒な真似はせん。よいか?静かにしているんだ。静かに。わかったか?」
御大の威厳ある制止が、男の狂乱を収束させ、男はコクコクコクと頷いた。
『もしもし?もしもし?』
スマホからは秘書の呼びかけが続いている。
俺は大臣にもう一度「何もありませんか?」と確かめた。
すると、大臣が男に目をやりながら、ひょっとしたら……という感じに答えたのだった。
「不正輸出だけでなく、不正輸入の疑いを指摘する者が出てきたそうだが………まだほんの一部でしか取り沙汰されていない内容で、証拠も何もない。まさかこのことを言っているのか?」
それを聞いた男は目玉がこぼれそうなほどに目を見開き、声に出さずに発狂した。
そして俺は、男が今夜この部屋で企てていた計画の手がかりを、やっと見つけた気がした。
「MMMコンサルティング社員に告ぐ。ゲート前の不審車をそこに留めろ。すべての関係者に伝達です。警察関係者の方で手が空いている方は駐車場ゲート前に。もし厚労省の方がおられるようでしたら至急ゲート前国産SUV車を確認願います」
俺が言い終わるや否や、部屋からはダークスーツの男が駆け出していった。
《なんでここで厚労省が出てくるんすか?》
イヤホンからは隣室で女の介抱にあたっているパーカの男が尋ねてくるが、こいつより勘のいい人間はほとんどが思い当たったようだった。
「違法薬物………か」
誰もが強張った表情を浮かべる中、御大はおもむろに腕を組んでソファの背に深く身を預けた。
まるで深い深い諦めを受けれるかのように、深く深くため息を吐きながら。
《ええっ!?薬物って、マジっすか!?》
「お前は黙ってろ。いいな?黙って話を聞いておけ」
《……了解っす》
渋々の了承が聞こえてくると、こちらでは大臣、副大臣が顔色を濁らせて互いに見合わせていた。
「まさか、不正輸入品の中に違法薬物があったということか?」
まじまじと男を見つめる大臣。
それは諦観というよりも、純粋な吃驚だと見て取れる。
そして副大臣は俺も引っ掛かった男のセリフに気が付いたようだった。
「そういえばさっき、あの男はばれたら逮捕につながりかねない重大な弱みを握っている有名雑誌記者がいると…………まさか、それが違法薬物に関係することだった………?」
呟きにも近いその発言に、大臣はじめ他の人間はハッとし、御大はまたも深い息を吐いた。
「もしかしてご存じだったのですか?」
大臣が御大に尋ねた。
彼が握っていた情報は不正輸入の件のみだったようで、薬物と聞き驚きを隠していないが、この元大物政治家の御大だけは、そこまでの驚きを感じさせないのだ。
すると御大は背もたれから身を起こし、静かに答えた。
「疑念はあった。先の厚労大臣は昔からよく知る者だからな。ある違法薬物とその入手ルートについての疑義で相談を受けたことが何度かあった」
「では、今回の内偵も?」
大臣が短く問うと、即座に否定が返される。
「さすがにそれは聞いておらん。秘密裏に行われていたことだ」
「――――っ!?っ!っ!!」
自分自身が内偵調査の対象だったと聞かされて、男は聞こえない叫びをあげた。
「………きみは今夜ここで、その記者と同じ重大な弱みを、我々にも握らせるつもりだったんだな」
冷たく言い放たれた言葉は、問いかけではなく確信だった。
そして繋ぎっぱなしにされているスマホからは秘書の異変を察する声が。
『もしもし?もしもし?今薬物と聞こえたんですが、大丈夫ですか?もしも……………え?な、なんですか?なんなんですか!?』
『麻薬取締官です。車の中を見させていただいてもよろしいですか?』




