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少なからず圧のある問い方だったが、その程度で狼狽えるようでは閣僚失格だと言わんばかりに、大臣は凛と答えた。
「法案反対派による妨害の黒幕、そして表立っては反対を表明せずとも反対派を掌握している人物のあぶり出し、この二点が我々の狙いです。……いえ、狙いでした」
まっすぐ見返す大臣に、御大は白髪を揺らした。
「ほお……。でしたということは、すでに目標は達成できたということかね?」
「そうなりますね」
一寸の迷いもなく大臣が認めると、「フ…ハハハハッ」と低い笑い声が響いた。
「面白い。つまりは、反対派をまとめ上げ暗躍しているその裏切者というのが、この私だと言いたいわけだな?」
「ここにはMMMコンサルティングの方がいらっしゃます。それがどういう意味を示すのかは、あなたもよくご存じでいらっしゃいますよね?即ち、我々に嘘は通用しないということです」
「ああそうだな。彼らのことも、この男のことも、よく知っておる」
そう言いながら、今度は俺をじっと見据えてくる。
「政府のため、国のため、国民のために働き、決して表舞台にあがることはせずとも、平和維持のために尽力してきた者達だ。今日の平和は彼らなしには成り立たないだろう。その実績が物語るように彼らの力は強大だ。だが同時に、もうひとつの事実も私は知っておる。彼らを敵に回して成功を収めた者はひとりもおらんということをな」
「―――っ!?」
御大のセリフに、あの男がビクリと肩を揺らした。
気付いたときにはその顔色は青ざめていたが、御大は一瞬たりとも男に視線を向けなかった。
「ではなぜ反対派にまわられたのですか?あなただって海外からの不正送金や違法取引にはあんなに反対してらっしゃったじゃありませんか」
大臣の訴えに、白髪がまた揺れる。
「ハッハッハッ、きみもまだ若いな。正攻法だけで物事が解決するわけではないのだよ。取締りが厳しくなれば厳しくなった分だけ、地下に潜ってしまうことも多くなるだろう。そうなれば、何の罪もない一般市民が巻き込まれるケースが増していく。違うか?」
「ですが!」
矢も楯もたまらずという勢いで口を挟んだのは副大臣だ。
だが御大は彼にも発言の機会を与えた。
「……ですが、MMMコンサルティングが介入しているとご存じなら、その時点ですでに反対派に勝機はないと考えるのが妥当です。あなただってそれはお気付きでしょう?なのにこうして反対派の代表みたいに振舞うなんて、まるで我々にご自身が黒幕だからはやく捕まえろと言っているようなものです。なぜそんなことを……」
「最後の悪あがきと捉えてくれて結構」
「どういう意味ですか?」
「引退したとはいえ、まだ底力があることをあの女総理に知らしめたかった………そうとでも言えばきみ達は納得するのだろう?」
笑い皺を走らせることもあった眼差しが一変し、鋭く厳しく、若い二人の政治家を刺しにかかっていた。
二人は即答を避け、代わりに年季の入ったため息が吐き出された。
「こうなった今も、取締りを強めるだけの法案には私は反対だ。ブレーキにだってある程度の遊びは必要だろう。白と黒だけではこの世は成り立たんのだよ。そもそも、もし白か黒どちらかしかない世界になれば、この男のようなグレーも皆、真っ黒になってしまうだろうからな」
そう言いながら彼が指差したのは当然、この部屋の主であるあの男だった。
唐突に話を向けられた男は肩を震わせ、キョロキョロと小刻みに左右に顔を回した。
まさに挙動不審以外に表現しようがない様は、自身にも思い当たることだらけだと暴露しているようなものだ。
「な、何を仰るんですか!?グレーだなんて、そんな、ご冗談が過ぎますよ!」
男は挙動不審そのままに反論する。
「そうかね?」
「そ、そうですよ!何もグレーなことなんて、ありませんよ」
いけしゃあしゃあと返しながら、男は何気なく腕時計を掠め見る。
それが焦っているようにも見えて引っ掛かったが、そんな些細な仕草でも見落とさなかったのは、俺だけではなかったようだ。
「おや、こんなときに時刻を気にするとは、ひょっとしてこの後何か予定があったのかね?」
「え?いえいえ、別にそういうわけではないんですが……いや、本当にただ、つい癖で……」
挙動不審を引きずりながら否定しても誰も信じるはずもない。
「ほう……?ではなぜ、きみはそんなに焦っているんだ?そういえば、さっき警視庁だと名乗りを受けたときも同じように焦ってはいなかったか?」
「なっ……!そんなことありませんよ!それは断じて違います!……少々、おふざけが過ぎやしませんか?これではまるで、何かよからぬ計画を立てているような言われ様じゃありませんか」
男が否定しながらも更に挙動不審度を増すと、扉口に控えていたダークスーツの男のうちひとりが眼光を鋭くさせた気がした。
だがそのとき、イヤホンのMMMコンサルティング社員専用のチャンネルから報告が入ったのだ。
《こちら地下駐車場に続くゲート前ですが、住民登録されていない国産SUV車がゲート付近に停車しました》
イヤホンを装着していない者、そしてMMMコンサルティング社員でない者には当然聞こえない情報だ。
ゆえに、俺も極小の囁くような声で応答した。
「ナンバー照合は?」
《未登録です。おそらく個人の自家用車かと》
「わかった。監視を続けてくれ」
《了解です》
通話が終了する。
ところが、今度はこの部屋の主のスマホが鳴り出したのだ。
一斉に全員の冷ややかな視線が集まる。
「やれやれ、きみはマナーモードの設定方法も知らんのかね?」
「申し訳ありません、すぐに切りま…」
「切らないでください」
反射的に着信拒否しようとした男を俺が制した。
「は…?」
「ですから切らずに電話に出てください。スピーカーにして」
「は?何言って…」
「それはいい。きみ、そうしたまえ」
俺の指示に全面的に乗ってくる御大。
だが俺達は何も示し合わせたりはしていない。
ただただ単純に、この目の前の男の怪しさを警戒しているだけなのだ。
「いや、そんな、皆様のお耳に入れるような立派な内容の話ではないかと……」
「だが、やましいことがないのならできるだろう?それとも、何か私達に聞かれてはまずいことがあるのかね?」
「そういえば、さきほど時刻を気になさってるようでしたね。もしかして、あなたはこの時間に電話がかかってくることをご存じだったのでは?」
御大に続き俺が追及に加わると、大臣も参戦してきた。
「でもこの時間、本来ならばまだこの部屋で会合が続いていたはずですよね?」
「それもそうだ。ということは、きみが今夜ここに集めた人間とその電話は関係があるということだな?早く出たまえ。スピーカー通話でな」
「それは……」
「早く出ないか!!」
「っ………」
ついに有無を言わせぬ威圧に屈した男は、鳴り続けているスマホを操作し、画面を上向けた。
「………俺だ」
『お疲れさまです。ご指示された時間になっても連絡がありませんでしたのでこちらからお電話させていただきましたが、何か問題でもありましたか?』
男のスマホから流れてきた声は、俺の記憶に今日加わったばかりのものだった。
それは、今日、男のオフィスを覗きに行った際に聞いた、男の秘書と思しき人物の声だったのだ。




