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俺はまさか女がこうも素直に認めるとは思わず、不覚にも驚いてしまった。
「……えらく素直なんだな」
不安になったり強気に出たり、かと思えば素直になったり、コロコロ変わる感情を隠さない女は、記者としてはどうかと思うが、若さゆえと思えば理解できないこともない。
去年記者になったばかりということは女の年齢はおおよそ二十代前半から半ばだろう。
もちろん年齢を言い訳にできることではないが、女の見せた素直な態度は評価してもいい気がした。
女は顔だけでなく上体ごとひねって振り向いた。
「素直とかじゃありません。ただ、身に覚えがあっただけです」
「先入観を持っていたと認めるんだな?」
「そうですね……そもそも、先輩の話自体に先入観があったこと、私も本当は気付いてたんです。先輩の話には個人的な感情が含まれていて、先輩は、あなたのことを、その……」
「嫌っていた?」
言いにくそうに視線を彷徨わせる女に助けを出すも、女は首を振った。
「いえ、嫌うというより、あなたの優れた記憶力を羨んでたというか、……妬んでたというか………」
「ああ、なるほど」
俺の絶対的な記憶力は、今となれば ”魔法の元” だったと承知しているが、魔法使いの存在を知る前、つまり記者をしていた頃は、親しい間柄の人間にしか打ち明けていなかった。
子供の頃からの経験がそうさせたのだが、そうと知らない人間からは、時に面白くない相手として疎まれることもあったのだ。
「ある意味名誉なことだ」
どちらにせよ俺の能力を高く評価していたことに変わりはないんだから、陰口や噂話をいちいち気にしていたらきりがない。
俺はそんなに暇じゃないんだ。
「でも!私はそんな先輩の悪意に気付きながら、心のどこかではあなたのことをそういう人なんだと勝手に決めつけてました。これは、記者としてだけでなく、人としても褒められたことではありませんでした。すみませんでした」
俺に手首を拘束されてる状態なのでぎこちなくはなりながらも、女は頭を下げてきた。
俺は女のそんな姿勢に、いくらかの好感を覚えた。
彼女の心の内に、嘘は見当たらなかったからだ。
だが、彼女が今日の案件に関与している以上、ここで解放するわけにも手加減するわけにもいかない。
「今さらしおらしくなっても無駄だ。ほら歩け」
女は「わかってますよ」と返しながらも再び階段を上りはじめた。
「でも、私はいったい何の罪で訴えられるんですか?不法侵入?偽計業務妨害?」
「さあな。それは俺の管轄じゃない。だが偽計という認識はあるわけだな?」
「まあ……。人を騙してここに入り込んでるのは間違いありませんから」
「いったい誰を騙したんだ?」
大方、ホテル従業員だろうとは思ったが、彼女の返答は意外な相手だった。
「私と一緒に捕まった男達ですよ」
客室フロアに通じる扉を目前にして、今度は俺が足を止めることになった。
握っていた手首を引き戻し、体をこちらに向かせると、女と目を合わせて訊いた。
「あの男達をどう騙したんだ?」
スイートルームにはその男達がもう連行されている。
奴らと鉢合わせする前に、この女から情報を吐かせるだけ吐かせておきたいところだ。
すると女はもう観念してるのか、渋ったりせずにさっさと打ち明けた。
「こうなったからには全部話しますけど……。私、最近ある件で追っかけてる議員がいるんです。まだどこにも出てない件で、これを記事にできたらはじめてのスクープになるんです。でも相手は二世議員でガードが固いし、私みたいな新人記者が気軽に取材できる相手じゃなかったんです。そのうえもしかしたら次の組閣で初入閣するかもしれないなんて言われ出して、はっきり言って焦りだしてました。だって大臣になったらきっと私以外の記者も身辺を嗅ぎまわるだろうし、この件だって気付いてしまう。そうなったら、私がいくら先に取材してたと訴えたところで、一年目の新人記者なんか無視されて終わりですよね?」
「まあ、そうだろうな」
俺は記者OBとしての見解をそのまま述べた。
女は「ですよね?」と同意を得られたことに食いついてくる。
「だからちょっとでも早く記事にしたかったんです。あ、もちろん私の暴走なんかじゃありませんよ?上にはちゃんと了承済みです。まあ、ネタがネタなんで知ってる人間はごく少数ですけど」
「それであの男達とはどこで繋がるんだ?」
あまり時間をかけてもいられず、俺は先を促した。
女はことさらその特ダネに含みを持たせてるようにも聞こえたが、そんなのは俺の知ったことではない。
女は俺がさして自分の特ダネに興味なさげであることに一瞬は意外そうな反応を見せたが、すぐに説明を再開した。
「私、聞いたんです。議員がよく出入りしてる飲食店で張ってたら、あの男達が議員秘書らしい男と同じテーブルに着いていて、今日、このホテルのスイートルームで大臣や副大臣に有力議員、官僚が集まる会合が行われるようだって相談してるのを」
女は超特大の秘密を披露するかのようなテンションだったが、残念ながらそれについては大いに心当たりがあった俺は、「へえ。それで?」と、なおも先を急がせた。
「そのメンバーの中に、私が追ってる議員もいたので、私はその店を出て秘書が立ち去ってから男達に声をかけました。自分も情報を持ってるから、共有しないかと持ち掛けたんです。その代わり、今日の会合について何か動くなら同行させてほしいって」
「それがハッタリだったわけだな?」
「全部がハッタリだったわけじゃありませんよ?ちゃんといくつかの情報は提供しましたから。でもまあ、一番大きいのは今日の取材が成功してからだとも言いましたけど」
「それで奴らは納得したのか?」
「即答ではありませんでしたけど、数時間後には了承の連絡がありました。たぶん、上に確認を取ったんだと思いますけど」
「なるほどな……」
上と言っても上司ではなく、おそらくは雇い主だろう。
「で、お前はあの男達の正体を知ってるのか?」
俺の問いに、女は口を半開きにさせたまま、瞬きを何度かしてみせた。
「………正体って…………私と同じ記者じゃないんですか?」
やはりこの女は、記者としてはまだまだ学ぶべきことが多いようだ。