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怒ってはいるが、どこか場違いにも聞こえてしまうセリフに、誰かがフッと噴き出した。
それは意外にも、副大臣だった。
彼は弟を嗅ぎまわる警戒すべき女記者が同席しているせいで、いつものユーモア混じりの柔らかな雰囲気を封印していたが、今のパーカの男のひと声で何かが霧散したようだった。
「……失礼。言い方がちょっと……面白かったもので」
自身に集まった視線に言い訳すると、やおら女に向き直った。
「あなたは、これでもあの男を信じるのですか?」
二人の関係性を知らない者には副大臣の質問意図がわかるはずもないが、何らかの関係があるのだろうとは、誰もが察したことだろう。
女は黙ったままだったが、副大臣は特に返事を期待していたわけでもなさそうで、続けて、今度は部屋にいる全員に向かって告げた。
「今お聞きになった内容は、こちらの女性が騙されてあちらの駒にされそうになっていたということです。もちろんそれは彼女の本意ではなく、その証拠に、彼女は法案についての一切を知りませんでした。それはあなた方もご存じですよね?」
質問を投げられた大臣はじめ議員達は、これを肯定した。
彼らは皆、あの日スイートルームに居合わせていたメンバーである。
よって、彼女が法案に関するあれこれを何も知らないというのは承知しているのだ。
ただ、警察関係者の間ではこの情報を共有しているか不明だった。
副大臣はそのため彼女がいらぬ疑惑の目を向けられないように説明したのだろう。
あれほど警戒し、ある意味敵対していた相手をフォローするということは、彼の中で彼女に対する気持ちに変化があったのだろう。
俺の隣りの彼女も、いささか驚いた横顔だった。
すると、副大臣の危惧を杞憂に変えたのはパーカの男だった。
「その女の人のことなら、大丈夫っすよ?ちゃんともう説明済みっす。もしかしたら若い女の記者が現場にいるかもしれないけど、ウチの関係者なので心配無用っすよってね」
アイドル級の笑顔を添えてくるパーカの男。
それがあまりにも明るく照らしたせいか、副大臣も、女も、そして他の面々も、自然な空気を取り戻したようだった。
これなら俺が制御を解いても、女の ”魔法の元” はもう暴走の心配はなさそうだ。
俺は静かに ”制御の魔法” を収めた。
女の ”魔法の元” を制御し続けると、それだけ俺の力も消費し続けるのだ。
社内でも力の量は多い方だが、必要がなくなったのなら速やかに解除するに越したことはない。
このあと、どれだけの ”魔法” が必要になるのか予測できないのだから。
イヤホンの向こうでは、互いに牽制し合う不毛な会議がなおも続いていた。
だがここで、元政治家の御大がダンッ!とテーブルを叩き、我々の耳をつんざいたのだった。
《さっさと話を進めたまえ。いったいきみは何のために我々を集めたんだね?》
怒鳴るでもなく、叫ぶでもない窘めに、イヤホンの向こうはしんと静まり返った。
大声を張り上げたわけでもないのに、そのひと言は隣室にいる全員を竦ませてしまったようだ。
これが大物たる所以なのだろう。
たったひと言で、場の空気を変えてしまう。
良くも悪くも。
その事実を思えば、確かに彼は政治家という職業が天職だったのかもしれない。
無闇に権力を手にするまでは。
《そ、そうですね……申し訳ありません。お忙しいところをわざわざおいでいただいてるのですから、早速話を進めさせていただきます》
昼間秘書に当たり散らしていた人間と同一人物とは思えないほど、男の応対は恐縮しきりだ。
逆にこちらの人間は、ここからが今夜の本題突入だと誰もが身構えていた。
《実は、皆さんにはお知らせしておりませんでしたが、先ほどもちらりと話題が出ましたうちの息子が………今現在、意識不明の重体で入院しておりまして》
男は神妙な様子でそう告げたのだ。
それはまったく想定外の内容だった。
まさか、あんな隠すようにひっそりと入院させていた息子のことを持ち出すなんて思わなかったのだ。
男は悲しそうな、悔しそうな物言いではあったが、どうしても芝居がかっているように聞こえてしまう。
と同時に、今になってこのタイミングで男が息子の件を明かしたのは、間違いなく腹黒い動機があってのことだろう。
つまり、息子の身に起こった悲劇ですら、自分の目的の手段に利用しようとしているのだ。
どこまでも自分勝手で卑劣な男だ。
俺の隣では、女がイヤホンを耳の奥に押し当てながら、俺に視線を送っていた。
おそらく、男子生徒の意識が戻ったと俺がさっき教えたせいだろう。
他人の俺が知っていて父親であるあの男が知らないなんて、普通は考えにくいからだ。
ただ俺は、女に小さく首を振ってみせた。
すると女は、それだけである程度を察したようだった。
《それは心配ですな》
《はじめて聞きましたよ。もっと早く言ってくだされば…》
《命に別状はないんですか?》
《意識不明とは、大ごとですな》
《事故ですか?いや、これはプライバシーに値しますから、仰らなくて結構》
方々から、本気で心配してるのかただの野次馬なのか、見分けのつかない見舞い文句が飛び交っていく。
そして、さもそれらに感激した、という調子で、男がまた芝居口調で言ったのだ。
《ご心配いただきありがとうございます。ええ、幸い命に別状はありません。みなさんにお心遣いいただき、息子は幸せ者です》
ろくに見舞いにも訪れていないくせに、よくそんな息子が大事なんてフリができるものだ。
その息子が意識を取り戻したことも、入院先の病院を転院したことも、肝心なことは何もかもこの父親は知らないのに。
俺は、同じ親でもあんなにも我が子のことを心配していた母親を思い出していた。
いや、母親だけじゃない。
副大臣も、隣にいる女だってそうだ。
みんな、あの男子生徒のことをそれぞれに心配していた。
なのにこの父親は、いったい息子のことをどう利用しようというんだ?
俺の腹の中で、不快がはびこっていくのを感じていた。




