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《だいたいあの女が何年も総理の椅子に座り続けているのが間違いなんだ!!そう思わんか!?》
パワハラ丸出しの怒鳴り声が誰かにぶつけられると、イヤホンの向こうでは複数名の声が反応した。
《まったく仰る通りです》
《国民の人気取りに必死なのは実に見苦しい》
《まさに今の状況が長期政権の実害でしょうね》
元大物政治家にすり寄るセリフが続いたが、意外なことに風向きは徐々に変わっていく。
《ですが、彼女の人気に助けられた議員が多いのは事実ですからねえ》
《総理の人気はそのまま票に直結しますからな》
《おかげで我々もなかなかいい思いをさせていただいたわけですし》
《世間では彼女のおかげで景気が良くなったという認識ですから、そこの点では文句はないんですけどね》
聞き覚えのある声もあれば、はじめて聞く声もあった。
おそらく、今の総理人気を評価している面々は、政治家ではなく、既得権益が絡んでくる企業や団体の人間だろう。
今の女性総理が就いてからは経済的には上向きが続いており、彼ら懐に入るものも増える一方、しかも世間が景気が好調だと、わざわざ彼らの利権を脅かすものいないのだから。
彼らのような経済関係の人間にとっては、今の総理をあえて排除する対象にはなり得なかったわけである。
だが経済が上向くと同時に、大物や古株、OB達がまるで手柄を横取りされたかのように総理に対する陰口悪口、妬み嫉み節を口にしはじめたのだ。
中でも、女のくせにとか若いくせにとか、本人の資質以外の点を悪し様に言い合っている姿はまるでオモチャを横取りされて当たり散らしている子供のようで、この上なく見苦しかった。
この国も人も、決して彼らのオモチャなんかではない。
《ですが、いくら票を集められるからといっても、さすがにあの法案はやり過ぎでしょう?》
イヤホンの向こうでそう言ったのは、あの父親だった。
それは元大物政治家、経済関係者、どちらもに添っているように聞こえるが、実際は自分にとって都合のいい話題に導いてるだけだ。
この男は、そういう男だ。
《そうそう、今夜はあなたがその法案の件で何か話があるとか?》
《そうなんですよ。実は……》
《きみが雇った人間はことごとく役に立たんと聞いてるが、どうなんだ?》
元大物政治家がやたらゆっくりと勿体ぶって尋ねた。
あの父親は、軽く咳ばらいをしてから答えた。
《それはどなたが仰ってたんでしょう?私が雇い入れた者は皆役に立ってくれてますよ?といっても、最近見つけた二人の男達にはまだ何も指示を出していませんが。でも他の人間は、何かしらの成果は出してます。あの新聞記者に転職させた女なんかそのいい例ですよ》
悪意しか感じられない言葉に、俺の隣りでは女がグッと体を硬直させていた。
無理もない。
今の言い方では、あの父親が自身の目的のために女を教師から記者に転職させたと白状したことになる。
ここに来る前、女は俺から話を聞いたうえでも、まだあの男を信じたいという思いが残っているようだった。
だが今の白状を聞いたからには、さすがにその気持ちも崩れるだろう。
イヤホンの向こうでは、当然我々に聞かれているとは思いもしない連中が、女の話題に便乗して互いを牽制し合いはじめた。
《ああ、あの新人の女記者ですか。コソコソとあの副大臣の周りをうろついてるみたいですな》
《そんなに目立って大丈夫なんですかね?》
《最近になって秘書から聞きましたが、なんでもあなたのご子息が通われている学校の元教師だったとか?》
《それは初耳ですね。あの大臣副大臣コンビの弱みを探るためにちょうどいい人間が見つかったと仰ってましたが、それがあの女記者というわけですか?ですが当の副大臣には警戒されてるそうじゃないですか。彼女には少々荷が重たかったのでは?》
《だいたいあんな若い素人の女に何が探れるというんですか?》
《やはりきみが雇った人間は役立たずなんじゃないか?今夜我々を集めたのは、その弁明でも聞かせるためかね?》
散々な言い様に、さすがに俺も女が気になった。
だが、女は思いの外冷静さを取り戻しているようにも見えた。
その代わりに、イヤホンを押さえていない方の手はきつく拳を握っていた。
すると、大臣が感心するように言ったのだ。
「ハムスターちゃんは、人気者だな」
皮肉でも茶化したわけでもなさそうな大臣に、女はにわかに戸惑ったのち、極小の会釈で応じた。
自分がハムスターと呼ばれている理由も知らないのに、俺との取り決めを遵守して何も訊かない、話さない。
別に ”魔法” をかけているわけではないので女が話そうと思えばいつでも話せるのだが、そうしないのは、女の生真面目な性格、あるいは ”魔法の元” である正義感の強さが反映しているのかもしれない。
だが、
《あの女は副大臣に恨みがあるのでこれ以上ない適任ですよ。そのうえ、なんでも信じる単純なタイプなので扱いやすい。先ほどもお話ししましたように、彼女はこちらの思い通りに動いてくれるいい駒ですよ》
イヤホン越しにそう聞こえた瞬間、女からはこれまでにない強烈な ”魔法” の気配を感じた。
まずい!
俺は咄嗟に ”魔法” で女を制御していた。
今にも暴走しかねない激しい気配が、パッと薄まる。
例えるなら、女から放たれる ”魔法の元” ごと、女を透明のフィルムで包み込むようなものだ。
フィルムを隔てた周囲には、もう彼女の ”魔法の元” は感じられない。
あともう少し遅かったら、周囲の人間はもちろん女自身にも何らかの影響が及んでいただろう。
”魔法の元” の暴走は、これまでにも多くの人間に悪影響を与えており、それを防ぐためにも我々MMMコンサルティングは存在しているのだ。
彼女に関してはそこまでの暴走はないと踏んで制御することはしなかったが、
さすがにあの男の裏の顔を見てしまったら、彼女も真面目なだけではいられなかったようだ。
だが、俺と女の間に起こったことなど、非魔法使いの人間は何も感じないだろう。
この部屋の中でMMMコンサルティングの社員だけが、女から漂う ”魔法” の気配、”魔法の元” の気配と、俺が行った ”制御の魔法” を察していた…………はずなのだが。
「いやぁ、あの男、かなりいけすかないヤツっすねぇ!!」
パーカの男は、”魔法の元” などお構いなしに、ただただイヤホンから聞こえた男の発言に憤慨していたのだった。
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