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「それより、このあとの段取りのすり合わせはよろしいのですか?」
大臣に他意はなかったのだろうが、俺はこれ以上女を話題の主役にさせることは避けたかった。
今夜が終われば、俺は彼女に記者か魔法使いかを選ばせなくてはならないのだから。
すると、話題を変えたかった俺の意を汲んでくれたかのように、副大臣が再び業務連絡に戻ってくれたのだった。
「隣室にて何らかの密談が行われることは間違いありませんので、その内容によっては警察判断で任意同行、もしくは現行犯逮捕もあり得ると考えております。隣室の内容を把握する手段ですが、みなさんもご存じの方法となっておりますので、問題はないと思いますが、今一度イヤホンの音声に不具合がないかをご確認ください」
副大臣ひと言に、イヤホンを触る者が数名見られた。
俺は彼らのために「チャンネルを変える必要はありません。こちらで操作しましたら、必要な音声が届くようになります。今俺の声が聞こえているのなら問題ありませんが、大丈夫でしょうか?」とややゆっくりと説明した。
イヤホンを使ったことはあっても、今回のような使い方がはじめての者もいるのだろう。
”魔法” のことを知らない女がいるので副大臣は詳細説明は伏せたようだが、隣室の音声が ”魔法” によってこのイヤホンに届くことになっているのだ。
遠く離れた場所の様子を探る、いわゆる千里眼のような ”魔法” も存在するが、生憎俺は習得していないし、もし使えたとしても、長時間使用するのは効率的とは言えない。
そのため、”転移の魔法” が仕組まれていたあの扉のように、道具を使用することにしたのである。
そしてその道具を介した隣室の音声が、同じく ”魔法” をかけられているこのイヤホンに届くというわけだ。
「…大丈夫です」
「問題ありません」
どのイヤホンにも異常はなさそうだ。
すると、おとなしくしていたパーカの男が興味津々を隠さずに話に入ってくる。
「それにしても、例のアレを、どうやって設置したんすか?うちは道具を用意しただけっすよね?いくら特殊な道具でも、対象者の近くになきゃ役に立たないっすよ?でも設置するのは、MMMコンサルティングの社員じゃなきゃ難しいっすよね?」
男が疑問に思うのももっともだろう。
”魔法” が仕組まれた道具を隣室、あるいは対象者の近辺に設置しない限り、彼らの音声をイヤホンで聞くことは叶わない。
だが、男も言ったように、今回我々は道具の提供はしたものの、その設置までは行っていないのだ。
これは、今夜の会合が急遽行われることになったので、設置に必要な ”魔法” を使える社員が間に合わなかったせいだ。
今日、俺があの父親に一方的に会いに行ったあと、本社に戻り女をピックアップするまでの間に、この道具の設置について大臣と連絡を取っていた。
その時点で設置できる社員が間に合いそうになかったので、俺が会合の直前に設置するつもりでいたのだが、それを聞いた大臣側から意外な提案があったのだ。
『直前となると、何かトラブルが起こった際のフォローが難しい。こちらにひとり、寝返ったネズミがいるんだが、ひと働きしてもらうのはどうだ?』
寝返ったネズミというのが何を指すのか、それはあの日スイートルームにいた人間ならすぐにわかるだろう。
大臣の話では、あの日の記憶を消された二匹のネズミ達の片方に接触を試みたところ、買収に成功したということだった。
俺はあの日のことを、二匹のネズミとハムスター…つまり記者の女の記憶から消去した。
そのあと、三名にはそれぞれMMMコンサルティング社員が監視にあたり、三人の周囲の人間についても、あの日に関する記憶を操作していた。
中には少々手こずった対象者もいたようだが、最終的には、今現在把握できている関係者からは記憶を消去できたと報告はあがっている。
よって、二匹のネズミにスパイ行為を命じたあの父親も、それ自体を今は覚えていないということだ。
だが、命令は覚えておらずとも、都合のいい捨て駒として彼らをしっかり囲っているという。
大臣は、それを逆手に取ったのだろう。
向こうよりも高い金額で、”魔法” が仕込まれた道具を、ネズミの出入り可能なあの父親の関係先に設置させたのだ。
その一つが隣室の別邸である。
まさかネズミの分際で自分を裏切るなんて夢にも思わないだろうし、ネズミ自身は ”魔法” が仕込まれた道具を持っているのだから、万が一また寝返ったとしてもこちらには筒抜けだ。
もちろん、”魔法” のことはネズミは何も知らないが、もし都合が悪くなれば再度記憶を操作すればいい。
こうやってみると、確かにあのネズミの再利用は、非常にコスパがいいと言えるだろう。
俺と副大臣があの女の対応をしている間に、大臣は大臣で効率よく動いていたと言うわけだ。
「寝返ったネズミに協力を要請したまでだ」
大臣がまたそのワードを用いて答えた。
だが、パーカの男はあの日スイートルームに居合わせておらず、顔中に?マークを広げるばかりだ。
パーカの男以外にもあの日不在だった人間は複数名いたが、こちらは誰もが、詳しい説明を求めてこなかった。
寝返ったという言葉と、ネズミが暗喩するものを繋げると、自ずとその意味に辿り着けるのだろう。
よほどの察しの悪い者でない限りは。
「え?寝ぼけたネズミがひっくり返ったんすか?」
パーカの男がそれこそ寝ぼけたことを言うが、俺の隣りでは女もまったく理解できてなさそうな表情をしていた。
「……お前にはあとでゆっくり説明してやるから、今は黙ってろ。いいな?」
俺がひと睨みすると、
「……リョ…ウカイ…っす」
パーカの男はビクビクしながらもおとなしく従った。
そして女も、何も訊くまいという風に唇をしっかり閉じていた。
そんなやり取りを見ていた大臣はフッと唇の端を持ち上げると、次の瞬間には引き締める。
「では、そろそろはじめようか」
俺に目配せする大臣。
それを受けて、俺は自身のイヤホンに指を当て、”魔法” を注いだ。
すると…………
《あんなクソガキどもに大臣なんかさせるから付け上がるんだ!!》
今はもう引退しているはずの元大物政治家の、感情むき出しで怒鳴り散らしている声が、我々の鼓膜を容赦なく殴ってきたのである。




