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「そろそろだな」
大臣は誰ともなしに言った。
そのひと言がきっかけで、副大臣が広いリビングを見まわしながら告げた。
「では最終伝達を行います」
MMMコンサルティング社員、議員、秘書、警察関係者、そして女、リビングにいる全員が副大臣に注目する。
「間もなく隣室にて、今回の対象者が一堂に会します。彼らの目的はここ最近続けざまに失敗している我々への妨害行為についての意見交換、あるいは失敗した者への制裁といったところでしょう。もしかしたらまた新たな妨害策を練っている者もいるかもしれませんが、今のところそのような情報は入ってきておりませんので、もし何か計画があったとしてもそれは今夜初披露されたものかと思われます。時間的な猶予がなくなってきていますので、彼らも相当焦っているはずです。中でも最も焦っているであろう男が、今夜の会合の主催者です。彼は先日、仕事関係で知り合ったと思しき若い男を二名、スパイとして我々に寄越した実績があります。が、失敗に終わり、とある政治家OBの大不興を買ったという情報も届いてます。まだ窮鼠猫を噛むといった状況にはなっていないようですが、今夜の会合でどう転ぶかはわかりませんので、こちらとしてはこのあたりで反対派の暴挙を終わらせるべく、主要メンバーが集う今夜で何かしらの決着をつけたいと考えております。それについてはそちらも同じ考えと伺っていますが、間違いないですね?」
副大臣が警察関係者の方に視線を向け、彼らも「問題ありません」と応じた。
「今回は警察とも連携しておりますが、もともと我々が動いていたということもあり、こちら主導とさせていただくことで了承を得ております。では、今夜についての最終確認に移ります。会合参加者については、今のところ全員を法案反対派と認識しております。つまり、これまで通り、もしくはこれまで以上に特定の国とのかかわりを深め、一部で法の抜け穴を利用し、個人的な利益を得ることを最優先としている者、というのが我々の認識です。その結果、多くの一般人に不利益を与えているというのが現状であり、それを改善すべく我々はもう何年も前から動いているわけです。ですがこれまで法案反対派の全容が掴めておらず、いたちごっこの様相を呈していたところ、先日、MMMコンサルティング協力の元、背後にいる人物が明らかになりました。そこで、防戦一方だった我々も反撃を開始するに至ったわけです。同時に、海外への不正輸出、外為法違反を追っていた経産省、警察とも目的の一致から連携を取ることになりました。不正輸出品の如何によっては、外患罪も視野に入れての捜査だと伺っております」
シビアな単語が放たれると、さすがに女も表情を強張らせた。
だが、女以上に驚きを隠さなかったのは、大臣と副大臣をのぞいた議員達の方だった。
「外患罪?そんなに深刻なんですか?」
「外患罪って、アレですよね……?死刑も有り得るっていう……」
今夜は重鎮の議員は出席しておらず若手議員ばかりなので、彼らの驚きも無理はない。
「あくまでもそれもあり得るということだ」
副大臣に代わって警察関係者で一番年高の男が答えた。
寡黙そうなその男を引き継ぐ形で今度は若い男が説明する。
「当該企業による不正輸出品の一部が、ある国の軍に流れているという情報を入手しました。情報源は明かせませんが精度の高さは間違いありません。あなた方が頼りにしてらっしゃる方々経由の情報ですから」
暗にMMMコンサルティングが絡んでいることを示唆すると、議員達は押し黙った。
「その情報の中には、当該企業だけではなく、複数の議員や官僚、団体職員、政治家OBが関与しているとも記されていました。現在その証拠も集まりつつあります。ですが、すぐに逮捕に至るだけの必要証拠を揃えることは困難な状況です。あまり目立った捜査をするとこちらの動きを勘付かれてしまいますので。我々としては連中が証拠隠滅に走る前に検挙したいと考えており、このたびの計略に参加した次第です」
「別件逮捕ということか……」
頷く議員に「必ずしもそうとは限らないさ」と柔らかな否定をしたのは大臣だ。
「”そんなつもりがなかった” としても、ルール違反だと認識しながら犯した行為であれば、それが帰結する事柄への責任は大いにある。”そんなつもりがなかった” が通用するのはルール違反だと知らなかった場合のみだ。連中が本気で知らなかったと思うか?」
「それはまずないでしょうね……」
「だったら、それが諸外国の軍に渡り、この国の安全に対する脅威になった場合、外患罪は成立するよな?」
声色は穏やかなのに、鋭く尖った口調と眼差しの大臣に、議員達は相槌も返せなかった。
だが大臣はすぐにフッと顔つきをゆるめた。
「きみ達も政治家なら覚えておくといい。己の利益や票のためにこの程度なら問題ないだろう、みんなやってるから平気だろう、そうやって犯したルール違反が、とんでもない大問題に発展することがあるんだよ。保身のためについたたったひとつの小さな嘘が、人の命を奪ってしまうかもしれない。政治家という職業は、それほど責任重大なんだ。でもそれは、ここにいる警察官や新聞記者にも言えることだ。常に誠実でなくてはいけない。国民のために。そして正義のために。なあ、きみもそう思うだろう?」
そう言って大臣が矛先を向けたのは、俺の隣りで黙ったまま戸惑いを浮かべている女だった。
女がちらりと俺に目配せしてきたので、俺は手のひらで発言を促す仕草を返した。
「…………そう、ですね………私も、そう思います。記者は、嘘をついたり、不誠実であってはならない。なぜならそれは、正義に反しますから」
女がそう断言したとき、俺は再度 ”魔法” の気配を感じた。
それは、この女の ”魔法の元” が ”強い正義感” であるということに他ならない。
俺は、大臣にも臆することなく凛と答えた女の横顔は、信じるに値すると思った。
魔法でも権力でも、他人にはない力を持った人間の中には、それを自己の利益のために悪用する輩がいるのだ。
まるで、どこかの誰かのように。
俺はこれまでに何度も、そういうケースに遭遇してきた。
だが………
彼女なら、”魔法” を悪用することはないだろう。
この件が片付いたら、彼女をMMMコンサルティングにスカウトしよう。
俺は密かにそう決めたのだが、それに反し、何も事情を知らない大臣は、
「いいね。記者の鑑だ」
ストレートに記者としての女を評価したのだった。




